精神科病棟の塚本邦雄~あるいは現代のプロレタリア短歌

まず、塚本邦雄の代表作を二首引用する。

 日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも

 馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ

前者は10・9・8・7で34音であり、後者は7・7・5・5・9で33音である。

愚生の記憶によると、塚本邦雄は、インタビューアーが自身の歌を引用する爾時、『5・7・5・7・7で読みなさい』と激昂したそうだが、そもそも、塚本短歌のおおくは、31文字ですらないのである。

塚本邦雄の特長として、正字正仮名による耽美主義があげられるとともに、上記の極端な破調があげられる。

つまり、塚本短歌には伝統とともに革新があったのである。

その革新性についての先駆となったものは、おそらく1928年から1932年に擡頭したプロレタリア短歌であろう。

『プロレタリア短歌 (コレクション日本歌人選 79)』から三首を引用する。

 プレスにねもとまでやられた一本の指の値が八十円だとぬかす

 裏小路のゴミ溜にきて何かあさる痩せ犬の目が人間らしかつた

 ひどい病気は好きだと言ふのだ聞けば米のまゝが食べられるつて児童の話にうたれる

音数を逐一かぞえるのが面倒なので明記しないが、この音数の破調と超過は、短歌として異常である(念のために注釈しておくが、一種目のプレスは鉄工所の機械、二首目の痩せ犬はおそらく人間、三首目の歌人は学校教諭である)。

そもそも、短歌の歴史は、神話上におけるスサノオノミコトによる『八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を』からはじまったのであり、その起源からして保守的で、万葉歌人のおおくも皇室のものである。

つまり、保守主義と結託したブルジョワと対峙していたプロレタリア短歌においては、57577という『形式』そのものが伝統的であり保守的であると見做され、破棄されたのである。

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本作『生きる才能』における短歌のほとんどは、破調のうえに31文字でもない。

極端なところだと、

 オセロの黒が俺だとしよう 盤面の全てが白で埋め尽くされても俺は諦めない 死んでもな
 ↓
 【謝罪】四十八文字の短歌になってしまった。もはや短歌ではない。ん……? 四十八? AKB48……? なにかがおかしい。

がある。

現代短歌オタクのかたがたならば、後者の『【謝罪】~』の一文も一首の短歌であることを認められるだろう。

では、Unknown氏の短歌はプロレタリア短歌であるかというと、とくに、資本主義への怨嗟も、マルクス主義についても詠っていない。

最近では、プロレタリア文学とフラワーしげる氏の短歌の共通点が指摘されることもあるが、Unknown氏はフラワーしげる氏ほど意識的な前衛歌人ともおもえない。

矢張り、本作の特徴は、そのほとんど(すべて?)が、歌人が精神科の病棟内で詠まれたということだ。

フーコーの『狂気の歴史』などによれば、そもそも、近代において、罪人用の監獄が、精神疾患者用の病棟になったことから、狂気という概念が生まれ、『狂気が生まれたことと同時に、相対化された正気という概念が生まれた』という。

つまり、本作では、『プロレタリアとブルジョアジー』というプロレタリア短歌の構造が、『狂気と正気』という階層秩序的二項対立に(デリダ的にいえば)横滑りしているのである。

かように観れば、本作の短歌が革新的であることにも納得がゆく。

同時に、マルクス主義のように、たった四年で寿命をおえたプロレタリア短歌が、『障碍者短歌』として蘇生される可能性がここにはあるのである。

愚生としては、Unknown氏の短歌はまだまだ定型的であるとおもう。

つまり、革新的だが、まだおおきな可能性を秘めている。

ここから、Unknown氏の尊敬されている萩原慎一郎氏のような定型にむかって洗練される可能性もあるし、上記のプロレタリア短歌のような、さらなる前衛にむかう可能性もあるだろう。

すくなくとも愚生は、Unknown氏のさらなる新作短歌を希望するものである。

(あくまでも、Unknownさんの心身の健康に害がおよばない程度にです)

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以下、個人的に秀作を挙げておきたい。

 俺は燃えるゴミじゃない だから燃えるゴミの日に首つりロープ捨てた
 ねえ聞いて この世は精神病院に一生涯いる人もいる
 俺の心の中では 第千次世界大戦が勃発中だ
 もしも俺が全世界の大統領になれたら銃は花になる
 放送禁止ワードを叫ぶおばさん 病状が強いね
 並行世界の俺もきっとアホな夢を本気で追いかけてるのだ
 風の歌は聴かなくていいから俺の魂の歌を聴けよ
 テレビで昭和歌謡を見てる車いすのばあさんが可愛い ははは
 自殺した友達が俺に言うんだ「死なないでよ」って夢の中で
 ここは宇宙や十一次元やマルチバースより複雑
 刑がいつまでも執行されない死刑囚の気分で生きている
 「笑点」のBGMって絶望のメロディに他ならねえよな