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「あんた、ゲイだったの?」
貴子がぎこちなく言って、真央は、そうじゃないだろ、と思わず口に出しそうになった。貴子だって、弟がゲイじゃないことくらい分かっているはずだ。だったら訊くべきことは、ゲイかどうかなんかじゃない。もっと端的に、貴子を抱きたいのかどうかだ。男を恋愛対象としているかではなくて、実の姉を恋愛対象としているかどうかだ。
「……貴子、」
貴子の弟も、同じようなことを思ったのだろう。彼の声は寂しげですらあった。現実逃避をする貴子を責めることもできず、自分と向き合ってくれないことを悲しんでいる。真央はもちろん、姉弟の間のことに口出しする気はなかったので黙っていたけれど、もどかしいな、とは思った。真央の腕を掴んだままの男の手は、微かに震えていた。それを真央は、憐れんですらいた。
血のつながった身内に愛されない苦しみなら、真央にも分かるつもりだ。でも、愛しすぎてしまった場合の苦しみは、真央には分からない。ただ、きっと苦しいのだろうと、絶望的に苦しいのだろうと、推測するだけだ。
「ねえ、あんた、真央が好きなの?」
まだ貴子は、現実から逃げている。そうじゃないことくらい自分でもよく分かっているくせに。真央はただ、ちょっと話に巻き込まれただけの脇役に過ぎない。こんなふうに舞台の真ん中に押し出されても、困惑するだけだ。
「……うん。」
貴子の弟は、また嘘をついた。この嘘も本当に下手くそで、この男は根っから嘘をつけない性格なのだろう、と、真央は半分くらい感心しさえした。
「……なんで? あんたは、普通に女の子を好きになって、それでいつかは結婚して、子どももできて、ずっと、幸せに……、」
真央の胸が、ちくりと痛んだ。貴子が口にした未来予想図は、かつて真央の両親が真央に被せたそれを酷似していた。貴子にだってそれが分かっていないわけもないだろうに、真央がその未来予想図にどれだけ苦しめられたかを知っているのに、それでも同じ夢を見ずにはいられないのだろう。そこには、一滴の悪意もなく。
ぐっと、真央の腕を掴む男の手に、力がこもった。
なにか、言うつもりだ。
真央ははっとして、男の端正で線の硬い横顔を見上げた。
貴子を傷つけないでほしい、と思う。それは、彼女に対する友情と感謝ゆえに。そして、彼にも傷ついてほしくはない、とも思う。それは、こんがらかって自分にもなにがなんだか分からなくなった情ゆえに。
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