そろそろ限界かもしれない。あの男と寝るのも、貴子と暮らすもの。

 そもそも真央は、誰かに馴染むのが得意ではない。実の家族にさえうまく馴染めなかった。自分がゲイなのを隠しているからこんなに居心地が悪いのだろうか、と、考えたこともあるけれど、多分そうでもない。家を飛び出した15の春、一人で家も借りられなかった真央は、客の家を転々として暮らしていた。ひどく優しい客もいた。しばらく一緒に暮らした相手もいた。もちろん彼らは真央の性的指向を知っていたし、それを当然のものと受け入れてくれてもいた。それでも、誰にも馴染めなかった。そして、半年以上前にはなるが恋人として同棲していた昼職の男。きちんと恋人として誰かと暮らすのははじめてだった。嬉しかった。真人間になれるかもしれないと思った。料理も掃除も洗濯もきらいだけれど、主夫の真似事だってしてみた。それでも、馴染めなかった。だからきっと、そういうふうにできているのだろう。真央の身体か心が。貴子なら、と、思うこともあった。自分がもしも、おんなを好きになる男なら、彼女とずっと一緒に居られるのだろうか、と夢想したことすらある。けれど真央は男を好きになる男だから、貴子の面倒見のよさや、やさしさに触れれば触れるほど、苦しくなっていった。自分の手には絶対に届かないしあわせを、目の前に広げられている気がした。

 「……もう、」

 だめなのだろう。

 寒々しいラブホテルの中、ひとりで呟くと、絶望的な気分になった。

 春なのに、今夜は冷える。もうあの男を入れて三人客を取った。疲れた。身体が、とも、心が、とも、言い切れないようなどこか深い所が。だからもう、帰ってもいいだろう。貴子が与えてくれた四畳半。あそこに。もうだめなのだろう。思いはする。思いはするのだが、まだ真央だって、諦めきれてはいない。ひとりは、さみしい。貴子と暮らすようになって、はじめて芽生えた感覚だった。これまでは、ひとりが嫌いではなかった。なんなら気楽でいいとすら思っていた。

 俺は、弱くなったのかもしれない。

 真央はため息をつき、ホテルの部屋を出た。

 大人になるって、嫌なことだ。ぼんやり、思う。大人になればなるほど、弱くなる気がする。15の真央はもっと向こう見ずで、なにも怖くなかったし、さみしさなんか知らなかった。

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