真央
自分の首を絞めてきた男と、定期的に寝るようになるとは思わなかった。
首を絞めてきたとき、男は真っ青な顔をしていた。これまで真央の首を締めてきた男たちは、どれも性的な興奮やスリルで歪んだ顔をしていたのだけれど、この男は違った。真っ青な顔には表情と呼べるものがなかった。ただ、真っ黒い二つの目が、爛々と光っていた。だから真央はそのとき、殺される、と、本気で覚悟を決めた。真央の首を追加料金を払って締めてくる客とは全く違う感情で、この男は動いているのだと分かって。走馬灯みたいなものは過ぎらなかった。ただ、半年前まで付き合っていた男の顔が一瞬浮かび、昼間の生活をしていたらここで死ぬこともなかったのだろうな、とだけ思った。あまり自分は、生きていたくないのかもしれないとも。
それでも男は、真央が完全に呼吸を止める前に手を離した。急に肺に空気が入ってきて、真央は派手にむせた。両目からぼろぼろと生理的な涙を流し、身体を半分に追って咳き込む真央を見て、男は茫然としていた。まるで自分のやったことが信じられない、みたいな、ぽかんとした顔をしていた。
警察なんか行かないから、とっとと帰りな。
なんとか咳を収めた真央は、燃えついたように痛む喉を両手で押さえながら吐き捨てた。今目の前に立っている、途方に暮れた男からは、もう殺気みたいなものは感じ取れなかったので、怖くはなかった。ただ、目の前から消えてほしかっただけだ。自分は売春なんかやっているのだから、こういう目にいつあってもおかしくはないのだと、常日頃から思ってはいたので、恨みみたいな感情はなかった。ベッドの上に蹲り、残りの咳を吐き出す真央を凝視していた男は、やがて踵を返して部屋から出て行った。真央はぜいぜいと息を弾ませながら、とりあえず生き残った、と思った。それが喜ばしいことなのかどうかはまた別の問題として、ただ。
それで終わりの話だと思った。男の反応を見て、もう二度と自分の前にも、貴子の前にも姿を見せることはないだろうと半分確信していたからだ。それなのに、男は一週間後にまた観音通りの街灯の下にやってきた。狙いすましたように、貴子が他の客とホテルに行った直後だった。まだ消えきらない首の痣を、マフラーを巻いて隠した真央は、目の前に立つ男を驚いて見上げた。
「なにしにきたの?」
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