「ただいま。お腹空いてない?」

 「空いた。すごく空いた。」

 「夜食にしましょうね。」

 「うん。」

 子供みたいにこくりと頷いた真央が、貴子について台所までやってくる。ごく狭い台所は二人の人間でいっぱいいっぱいで、ちょっと動きずらいくらいだったけれど、二人ともそんなことは気にしない。貴子は昼間作っておいた野菜スープを温めた。最近、昔と違って少しばかり太りやすくなった気がして、気分によってなんでも食べていた頃と違い、夜食はカロリーの低い野菜スープに決めている。まだ育ちざかりといっていい真央は、それでは足りないのではないかと思うのだけれど、いつも、姉ちゃんと同じの食べる、と言って貴子の隣でスープを啜る。

 「今日はなにをしていたの?」

 「いつもと同じ。テレビ観てたよ。姉ちゃんは? いいお客ついた?」

 「私もいつもと同じ。そんなにひどい客もいなかったけど、運命の出会いもなかったわね。」

 「そんなものは、観音通りには転がってないんだよ。」

 クールに言った真央が、冷蔵庫から水出しの緑茶を出してリビングへ運んでいく。真央が一緒に暮らしていたという昼職の男とは、観音通りで知り合ったらしいのだけれど、そこにろくな顛末はなかったのだろう。貴子は真央の隣に毎日立っているので、その相手の男の顔も見たことはあるはずなのだけれど、どんな顔をしていたのか見当もつかなかった。客の顔なんて、自分のもひとのもまるで見ていないせいもあるだろう。見ていない、というか、見えない、というのが正解かもしれない。いつも客の顔にはぼんやり霧がかかっている。それが防衛本能かもしれない、と思うこともあった。

 温めたスープを二つの皿についだ貴子は、慎重にそれを持ち上げ、リビングに向かう。真央はソファに座って、二人のコップに緑茶を注いでいた。

 「いただきます。」

 きちんと手を合わせた真央が、背筋を伸ばしたままきれいな動作でスプーンを使う。このこは、食事のときは特に育ちの良さが出る、と貴子は思った。

 「姉ちゃん? 食べないの?」

 「食べるわ。」

 二人は真央が観ていたニュースの内容と、貴子についた客の印象について、話すともなく話しながら夜食をすませた。それから貴子は化粧を落としてシャワーを浴び、リビングの隅に敷いた布団に入る。

 「お休み、姉ちゃん。」

 「お休み。」

 自分の四畳半に引っ込んで行く真央を見送りながら、こんなふうに誰かと暮らしたのははじめてだ、と、貴子は真っ暗な天井を見つめる。

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