第19話 交わる事件
わたし、平泉理沙は、告発予告を出した犯人と対峙していた。
犯人とわたしの前には腰ぐらいまであるテーブルがあり、お互い椅子に座っていた。もっともわたしは手足を縛られていることもない。とはいえ、ここは完全な密室。密室の扉はこちらからしか開かない……というかわたしが扉の取っ手にある銀色の平たんなつまみを縦にすれば開くのだけど。
扉側には犯人がいて、わたしは奥側にいた。
左側は透明なガラスがこの部屋を覆い、犯人の右手側には精密機械が並んでいる。
犯人はふと、ガラスの向こう側にあるデジタル時計に目をやっていた。わたしもその視線に釣られるように時刻を確認する。十八時十分を越している。タイムリミットが近づく。
わたしがここに入ってきた時、犯人は眉一つ動かさずわたしを招き入れた。
当然です。わたしに対してのメッセージだったんですから。
やっぱり、わたしへの恨みだったんだな。
そう理解できるほど、犯人の顔はわたしが見たことのない怒りを表していた。
くるん、となっているダークブラウン色の髪を神経質そうに犯人は触った。
俺はスマホをポケットから取り出し、電源ボタンを軽く押す。十八時十五分。
先生に絶対叱られるような走りを更に加速させる。京夏の部活が切り上げる時刻は十八時四十分。十九時には完全下校となっている。だからだろう、廊下を歩く生徒もチラホラいた。
そんな中、ようやく目的地へと辿り着く。
扉の上部には、ステッカーの白い背景に『放送室』と赤文字で書かれていた。
感情という回路がほつれているのか、あまり緊張を感じないたちだが、今は強く感じる。平泉がここに居ないでくれ、という願望に近い緊張だった。
扉の取っ手を回して引く。聞いていたとおり、やはりここには、鍵がないので開いた。
中へ足を踏み入れると、明かりがついている。左手にある放送スペースにも明かりがついており、そこではテーブル越しに二人が何かを話している。
やっぱり、いるよな。
ここに来るまで、俺たちのクラスやゼミ室、演劇部の部室へと回ってみたが平泉は居なかった。昇降口には平泉が履いていたスニーカーがまだ置かれていたので、いるとは思っていた。
俺が来たことに気づいたふたりは口を閉じてこちらへ顔を向けてくる。
「すみません、間違えました」と、部屋から出るような素振りをして見せるも誰も笑ってくれないので、やめた。
ガラス越しのふたりに再度言葉を変える。
「あの〜告発の会場はここで良いですよね?」
アンサーをふたりは出さないが、なぜ分かった? と言いたげな、くる女子
「では、ご期待に沿って、解決編を始めさせていただきます」
ネクタイを締め、気取った会釈をした。
「まず、なんといっても大事なのがあの告発予告文でしょう」
炭鉱のカナリアに込められた意味から解き明かす。
そのためにも、スマホで告発予告文を読み上げた。平泉が写真で撮ったものだ。
「『告発予告。炭鉱の奥に輝かしいモノがあると言っていたのに、無かった。だから私は、とある人物の恨みを告発する。四月二十八日、カナリアが糸切れたように鳴き止んだ頃、またお会いしましょう』これが告発予告の全文です。ここで引っ掛かるのが、カナリアが糸切れたように鳴き止んだ頃でしょう。多くの学生も着目していた部分です。ただ、彼らはあまりにも軽視していたのです、『糸切れたように』という箇所を」
高島の表情はあの時のような気だるさはなく、俺をただただ睨みつけていた。
「糸切れたとは、張り詰めていたものがプツリと切れたことを意味するものだ。なんでこんな言い回しをするのだろうと思った。カナリアが鳴いていたけれど急に鳴き止んだことを説明する表現。生徒達も不要な部分と切り捨てて『カナリアが鳴き止んだ頃』と口々に言っていた。だけど、確かに意味があった。それは__カナリアを漢字で書くと、金糸雀だから」
まさか朝霧先生が話してくれたことが繋がるとは思いもしなかった。
「鳴き止んだ頃とは、炭鉱のカナリアの話を聞けば死んだ頃だろうと分かる。であれば、この漢字の雀の部分を消す。すると、金糸という文字が残る」カナリアは鳥類分類では、スズメ目に属されている。ウィキで調べた。「ただこれで終わりじゃない。さっき言った通り、糸切れたが大事だ。糸が切れる。糸を外すと、金が残るんだ」
彼女が平泉を視界で捉えたことを俺は見逃さなかった。
ビンゴ、と俺が指パッチンして高島を人差し指を指すと、彼女は明らかな動揺をみせた。
「金だけになりました。もしかすると、ここまで辿り着いた賢い生徒もいたでしょう。ですが、もう一歩。考えるべきはこの告発が起こる時間です」
告発までのタイムリミットが近づくのと逆行するように、早くしろ、と念じた。
「よくあるじゃないですか。漫画やアニメとかで予告状が届き、いつ怪盗が宝を盗みにくるのか、いつ殺人鬼が殺人を起こすのかと、探偵役が推理する場面。でも、この告発予告文には日付だけが書いてあった。しかし、オカシイ。時間を指定しないとわざわざ集めた注目も雲散してしまう。では、書いてなかったのか。否。書いてあった。それがこの金というワード」
回りくどい説明は、俺が気持ちよくなるためじゃない。
俺は自分の焦りがバレるのを必死で抑えるように、後ろに回した腕をたぷたぷ叩く。
「金に隠された時間とは。ここで俺の解決に寄与したのが、平泉のお母さんの話。ペンネームは
金の頭の冠を八とする。あと、もう一つ、明らかに八の逆っぽいやつがある、これも捻くれた八だ。残るは、二と十が浮き出てくる。
「金を分解させると、八、八、二、十になる。時間ということも踏(ふ)まえると、一つの時間が導き出される」額の淵をどろっとした汗が滴る。「八時二十八分。……十八時二八分という考えもあるがこれは不適。時に十としているのに、分で十を使っていないからだ。これでは、十八時にーはちふんになってしまう。では、八時二十八分に起こったか? 否。なぜなら、陸井明のアナグラムでは、二十六日の十を省いて、二六日と見立てたからだ」
2月26日のアナグラムで陸井明だからな。
「えっ、そうだったんですか」
初めて平泉が声を出した。すぐに口を左手で抑えたけど。
おそらく、今朝、平泉が昇降口で急にどこかへ行ったのは、ここへ向かったためだろう。八時二十八分に起きるかもと思って。
だが、この謎はどこまでも精密に作られている。歪なほどに。
「これではなかった。では、まだ数字が隠されているか? ある。八、二つはそのままで、三と一が出てくる。これをまた並び替えると、一つの答えが導かれる。一八時三八分。まぁ、デジタル時計みたいな感じだ」
ちらりと、放送室にあるデジタル時計へ目をやる。18:26と表示していた。
「時刻は分かった。じゃあ、どこでその告発をするのだろう。多くの学生が意識もせず、昇降口に屯した。だが、これも違った。告発予告にそれは書いていないかったか? 否。書いてあった。そこでまた登場してくるのが、この文だ」
俺はスマホに書かれた『カナリアが糸切れたように鳴き止んだ頃』を拡大する。
「カナリアが泣き止む。それは死んだことを意味するが、もう一つの意味もある。音による告発だと、直接的に示す狙いだ」
鳴き止む、と知覚するのは、耳という器官しかない。
「では生徒達に音が直接的に伝わる場所はどこか? この放送室しか無いんだよ」
高島は驚きの表情もなしにじっと俺を見つめている。
俺の顔が意外にタイプで見惚れてたりして……無いな。
「わざわざ生徒会が放送室で部活動の優先告知をするタイミングに告発予告をしたのは、放送室でやるというメッセージも含んでいたんだろ?」
呆れたようにふん、と高島が鼻で笑う。
その小さな選択が、運悪く生徒会長が激おこぷんぷん丸になり、蒼馬が痛い目をみた。
「じゃあ、誰が放送室を使うことができるか。あんたしかいないんだよ。高島先輩」
天井を見上げた高島は、ふぅっと息を吐く。その状態で俺へ視線を向けた。
「なるほど。じゃあ、なぜ、あたしはこんなことをしたの?」
防音室になっている筈だが、声は問題なく聞こえた。
おそらく、この放送室の前室には聞こえるよう設定しているのだろう。
「動機は犯人が暴かれた時に、勝手に語り出すもんじゃないです?」
高島が黙り込んだ。
一分一秒でも伸ばすためにやれることをやってやる。
てか、早くしろよ。
最悪のケースを想定して、俺は高島の動機に踏み込む。
「あんたの狙いは、演劇部のリハーサルの最中に、告発をすること」
その言葉と同タイミングで後ろから扉の開く音と荒れた息が聞こえた。
「はぁはぁ……はぁ」
真っ黒のシャツを着た男が入ってくる。
「遅いんですよ」
「わるい」
清水の汗だくの顔など気にせずに、そうぼやいた。
高島は目の前で幻でも起きているかのような表情をしていた。
息を整えた清水は呼吸を正常に戻した後、高島へ真っ直ぐな眸で捉える。
「紗凪ちゃんに非道いことをしてしまって、ごめん」
清水は静かに頭を下げた。
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