第13話 容疑者たちのアリバイ

 俺は帰るつもりだったが、生徒会長がミルクティーを掲げ、にっこり笑ったため仕方なく俺も同行することになった。この人、ほんと性格悪い。清水やメガネん然り、三年生ってなんでこう、独特な人が多いのだろう。


 最初に向かったのは、部活が一番早めに終わるだろう放送部の高島へ会いに行くことに。放送部って昼休みに愉快なラジオをするぐらいしかやることなさそうだが、何を残ってやるのだろうと凄い偏見をもって放送室を訪れた。


 放送室はくるん女子が言っていたように扉は鍵が掛かっていない。中に入ると、くるん女子ひとりだった。


「どしたの〜?」

「他の人は帰ったのかしら?」

「まぁね〜、ウチは緩さが売りだから」


 確かに、生徒会長や平泉と見比べるとリボンが緩いし、ブラウスも一番上を閉めていない。足を組んでいるからか、スカートがあと三センチ上だったら危なかっただろう。

 俺としても、真面目二人組の横にいるのは疲れたので、近くの椅子に腰を下ろした。


「俺も、こっちに入ろうかな」

「いいよ〜、君、カッチリしていないから、入っても〜」


 俺たちふたりは突っ伏して、ぐだぁ〜となった。ぐだぁ〜友達を初めて作ることができた。くるん女子の顔が結構近くに寄る。やはり、化粧が施されていた。平泉が進学し都会に出れば、化粧を覚え、こんな風に垢抜けるのだろうか。


「早速だけど、一昨日の八時十五分から八時二十三分までの間、どこにいたか覚えてる?」


 八時十五分は、カナリアの告発予告の騒動があった時刻。八時二十三分は、平泉が生徒会室でクジを引いた時間。その間に生徒会室に侵入したと思われる。この時間のアリバイが大事になってくるのだ。


「ん〜あぁ〜あの件の話ね。番号を引いた後は〜〜教室に居たよ〜?」

「証明してくれる人は?」

「友達のゆうかっちと一緒に喋ってたから、証言してもらえるよぉ〜、鉄壁のアリバイ。いえぇ〜」顔の横にピースサインを揚々と作った。


 早速電話でもして裏取りをしてもらおうと思ったが、生徒会長が自分のスマホを操作する。


「ゆうかっちって言うのは、三年二組の村中優香さんね?」

「そうそう。一緒に眠たいねぇ〜って話してたの〜」

 俺も眠たかったなと思い出していると、生徒会長が電話のコール音をスマホから鳴らす。


「知ってるんですか?」

「まぁね。三年生全員とLONEは交換してる」

 信じられない発言に、唖然とした俺だったが、平泉は瀬戸に尊敬の眼差しを送っていた。平泉は瀬戸を自分の理想だと思っているのかもしれない。


 ただ、村国が出るも友人のような親しみやすい口調ではなく、業務的な口調だった。彼女が三年生全員の連絡先を知っているのは生徒会長になるための一種の戦略ではないか、と思案していると、『裏取れたわ』という瀬戸の声が聞こえた。


「分かりました。じゃあ、高島先輩はアリバイ成立です」

「ん〜〜あたしがアリバイ工作してるかもよぉ〜?」まだぐだぁ〜となっているが頭はしっかり動いているようだ。

「まだ、三人いますからね。全員にアリバイがあった場合は、考えますけど、今は残りの三人の方が怪しいので、アリバイを深掘ることは今すぐにしませんよ。それより、先輩はなぜ帰らないんですか?」


 一人でここにいる理由が気になった。昼休みにここで一人いるのは午後の授業があるという理由で理解はできるが、部員が帰った放課後にここで一人残る理由が分からなかった。


 初めてくるん女子が、にこやかな形相を崩した。

「……あたしは四人兄弟でね。家に帰ると小学生の弟と妹がいるんだよ」

「?」何を言いたいのか分からないので、顔を傾けた。


「君、兄弟は?」

「一人っ子です」

「そう」短く呟き、続けた。「兄弟ってすぐ気づくのよ。いつもより元気が無いことも、落ち込んでいることも。だから、今はダメなの。ここでじっくり、失恋の悲しさを出し切っとかないと」微笑む彼女を見て、悟った。

 この笑顔やさっきまでのゆるふわな態度は全て強がりだったのでは、と。


 平泉が俺の視界の淵で慌て出した。


「もっもう、行きましょう。メガネんさんが卓球に飽きて、帰っちゃうかもしれませんし」

「あぁ」「そうね」俺と瀬戸が同意し、平泉に背中を押される形で放送室を後にした。


 俺と瀬戸が先頭で卓球部がいるだろう第二体育館へ向かう。平泉は後ろからついてきているが、ずっと俯いていた。人の感情に敏感すぎるがゆえに、一緒に落ち込んでしまったのだろう。恋愛モンスターは失恋話が嫌いなのかもしれない。


「化粧をしていたのも、自分をポジティブにさせるためだったり、疲れた顔を隠すためだったり、そういった理由かもね」

「なるほど。……女心ですね」自分には到底分からない感覚だと思っていたが、彼女のあの頑張って作っただろう笑顔を見ればなんとなく理解できた。もしかすると、ぐだぁ〜としていたのや語尾を伸ばしていたのは、悲しみ、疲れ、脱力していたからかもしれないな。


 __若しくは、この一件を犯したことによる後悔か。



 

 第二体育館にいる卓球部はステージ側の方で卓球台四つを作り、練習していた。手前側ではバドミントン部がいる。シャトルが自分の顔面に打ち込まれないかビクビクしつつ、端を通り過ぎていく。体育館の中央ではシャトルやピンポン球がもう片方の部活を邪魔しないようにと、緑色のネットが伸びていた。


 卓球部は半袖短パンの青いユニフォームでダブルスをしている。激しいラリーと点を勝ち取った時の雄叫びは、凄まじい熱気があった。バド部よりも部員は半分だが盛り上がっている。


 メガネんはその中でも異彩を放っていた。点を取るなり、『ジャストミーツ』と相手陣営の台を指差すのだ。頭には黄色の鉢巻が付けられていた。優等生の堅物タイプかと思いきや、意外に熱い奴のようだ。


 試合が勝って終わると、鉢巻を取り『休憩』と部員に伝える。まだ隣の試合が終わっていないようだが、構わないようだった。端に置いたカバンの中からスポドリと黄色のタオルを取り出す。ガブガブ飲んで、首や顔から滴る汗を拭いながら、こちらに近づいてきた。


「なんだ、俺に用か」

「えぇ、まぁ。それにしても、カッコいいすね」

「お前も入るか、部員があと一人は欲しいんだ。雑用係として」

「……考えときます」


 どうやら、俺があの放送室でぼこぼこに推理を否定したので、嫌われたようだ。ここは一旦下がっとこうと、平泉の隣についた。すると小声で、『いっちゃ、ダメですよ?』と本気で心配された。


「錦戸さん、聞きたいことがあるのだけど、今いいかしら?」

「あぁ、三分ぐらいならいいぞ」メガネを取り、目元に溜まった汗をタオルで拭う。

「一昨日の八時十五分から八時二十三分までの間はどこにいたかしら?」

 錦戸はスポドリを首元に当て顔を上向ける。思い出したのか顔を戻し、口を開いた。


「その時の不在証明なら、同じ卓球部の新沢がしてくれる」錦戸は後ろを振り返り、『新沢』と叫び、手招きする。すると、錦戸と似たようなフォルムの新沢が現れた。兄弟と言われても納得してしまいそうだ。


 錦戸の話を少し聞いた新沢が頷く。


「確かに、その時間ならいつも通り社会科の一問一答を出し合ってたな。間違いないよ。……あぁ〜でも、一度だけトイレ行くとかで席立ったけど」

「おいっ」錦戸は新沢の胸を軽く押し、自分の後ろへと隠す。「と言うことだ、アリバイはある」


 俺は顔をひょっこりとだして、新沢に問いかける。


「トイレ長かったです?」

「いや、一分ほどだ。多分、小だったんだろうな」

「言わなくていい、そんなことは」

 錦戸が『お前だけ早めに練習しとけ』と厄介者を払うように新沢を退散させた。


「とはいえ、教室から生徒会室までは行って帰ってだけで、最低でも一分はかかるでしょうね」

 口の字型の新校舎の左側にクラスが並ぶ。三年生は四階にあり、生徒会室は新校舎三階の右側にある。ちなみに、二年が三階で、一年が二階だ。


「そう言うことだ。色々と生徒会室で工作する時間はない」

「同じ卓球部なので、先に口裏を合わせることもできそうですけどね」

 卓球部の人員確保のためにと、新沢へ協力依頼した可能性もあり得る。


「__ッ、だったら他のクラスメイトに聞け。……そうだ。隣の席の山城も一問一答に参加してたから知ってる筈だ」


 生徒会長が万能スマホで連絡すると、裏取りができたようにマルを人差し指と親指で作る。


「確かに、小便で一分ほどしか席を立っていなかったそうよ」

「……小便って言うのに恥じらい無いのかよ」

「恥じらい? なんで?」


 絶対に言わないであろう平泉は見事、赤面していた。自分ではなく、他人が言うことでさえ、この有り様だった。平泉は赤面克服のために、瀬戸と一緒に行動した方がいいかもしれない。


「アリバイ確認なんかよりももっと早く解決する方法があるぞ。俺もあの後、考えて閃いた」首にタオルをかけた錦戸が得意げな顔になった。また、推理を披露するようだ。


「なにかしら?」瀬戸が興味五割、面倒くささ五割といった声色で聞く。

「それはな、カプセルの色だ」

 俺を含め三人は誰も否定せず、次の言葉を待った。


「思い出してほしいのが、全員の色だ。そこのちっさい……ヒラメ氏だっけか、覚えてるか?」

「ひっ、ヒラメ……」と呟くも名前を訂正する勇気がなかったのか、錦戸の問いにだけ答えた。「たしか、兼国くんが赤で、メガネん先輩が黄色」メガネんと言われ、錦戸が鼻を鳴らした。平泉がビクッとするも、続ける。「清水先輩が青で、わたしと紗枝ちゃんがピンク」


「紗枝ちゃんってのは……高島先輩か?」

「うん」

「名前呼びとは、仲良くなったんだな」平泉は上唇を中に入れた。俺が『仲良くなった』という言葉を出したのが嬉しいようだ。


「気づかないか、スポークスマン」片方の口角を上げている。対抗意識を持たれたようだ。

「平泉と高島先輩が同じピンク色のカプセルだから怪しいってことです?」

「そうだ。カプセルの色と軽視されがちだが、そこが大事なのだよ」

 メガネのブリッジに人差し指を当てながら、言葉を紡ぐ。


「生徒会長、聞くが、このカプセルは全何色だ?」

「全四色よ」

 メガネのブリッジを押し込み、さらに追求する。


「その色はランダムだったのか? それとも、必ず同じ番号が入っているカプセルの色は別々の色になるようにしていたか?」

 息を呑む音が平泉から聞こえてくる。


「後者が正しい。必ず、別々の色になるようにしたわ」

「やはりそうか。瀬戸、君は想像以上にクレバーなようだね」

「褒めてくれるのかしら?」

「賛辞ではなく、君に振り回されてイライラしていると言う皮肉なのだがね」

 錦戸が鋭く睨む。瀬戸は臆することなく見返していた。


「今ので分かったとおり、一色が複数あるのはあり得ないのだよ。仮に招かれざる生徒が籤箱の中身を確認して、五番だと知り、五番の紙を生徒会室で作ったとする」俺と同じ推理だ。「だが、となると、どうなる? そう、犯人が正式に引いたカプセルをあの放送室では持って来たのだよ。だとすれば、あとは簡単だ。複数あるピンク色を引いたどちらかが犯人。ヒラメ氏をこの一件から除外して考えれば、彼女と同じ色のカプセルを持っている高島が、招かれざる生徒だとはすぐにわかる」


 平泉は『えっえっ』と驚く。俺の顔をチラチラと窺ってきた。


「この事実を伝えず、楽しんでいたんだろ? まったくいい迷惑だ」

「……明智さんは何か言いたいことある?」

 俺に視線が集まるも、『別に』とだけ言い、踵を返した。


「どうやら、反論ができないから、逃げたようだな」




 三番目の容疑者である清水が所属する演劇部へと向う。後ろからは瀬戸と平泉も付いてきている。演劇部の部室へと辿り着いた。


「お邪魔しま〜す」ノックもせず踏み入れる。二教室ほどの横に長い部屋。奥にあるステージで演劇部は練習していた。私服姿の彼、彼女らは俺に気づくなり、動きを止める。ざっと見たところ、部員は十二人。演劇部にしては少ない人数だろう。そこには、清水の彼女である加藤の姿もあった。心地良さそうな汗をかいている。


 平泉の話によれば、最近、演劇部に入ったらしい。


「みんなは稽古続けて。僕に用みたいだから、ごめんね」


 そう清水が全体に指示を出すと、再開し始めた。黒の半袖を着た清水はこちらへ駆け寄り、外を指差す。どうやら室内では邪魔になると判断してのことだろう。しっかりしている奴だな。


 清水が扉を閉め、『どうしたの?』と小首をかしげた。


「一昨日の八時十五分から八時二十三分までの間、どこにいましたか?」

「おととい……、まだ探っているの?」俺が肩を竦めると、彼はすぐに答えた。


「一限目が理科だったから、その時間は青木先生と理科準備室にいたな。エタノールでDNAを出す実験の用意。一限に入って準備してたら時間が無いからね」

「エタノール? そんなので出せるんですか?」

「そうだよ。エタノールと果汁百パーセントのジュースで取り出せれるんだ。理由はねっ__」

 俺は気になっていたが、『その話はまた今度にして』と瀬戸が打ち切った。


「あぁ、ごめん。その時間は青木先生と一緒にいたから、聞いてみればわかると思うよ」

 話し終える前に、瀬戸はスマホを取り出して電話しだした。まさか全先生の連絡先も知っているのか? と思っていたが、どうやら担任なので緊急連絡先を知っていただけのよう。電話が終わった後に、そう教えてくれた。清水の裏付けと共に。


「ただ、八時十五分に集まってすぐ、オレンジジュース三本をグラウンド側にある自動販売機に買いに行ったその二分間は知らないそうよ。すっかり買うのを忘れてたって」

「あぁ、そうだね。この実験に冷えたジュースはダメみたいだから、常温にするためにも早めに買いに行ってたっけ。青木先生が居なかった二分間は理科準備室をぶらぶら見回ってた。意外にあの部屋、面白い物が多くて飽きなかったよ」


 この京夏高校の建物の配置を東西南北で再度整理する。

 東から西へ、グラウンド、縦に長い旧校舎、口の字型の新校舎、自転車小屋の順に並ぶ。

 新校舎の右の縦棒側の三階に生徒会室がある。理科準備室は旧校舎の三階にあった。通常なら、一分で往復できるが、今は旧校舎と新校舎を繋ぐ通路が通行止めになっている。ゆえに、理科準備室から生徒会室に向かうとなれば一階まで降り、新校舎の昇降口から入らないといけない。昇降口は、口の字の一番下側の真ん中にあるのだ。あまりにも遠すぎる。


「二分では無理ね」

 うむと、俺は顎の下に右手を添えて考え込んだ。


「どうしたんだい……明智君?」

 彼は眉尻をさげて問いかけてきた。

「いえ、それよりも仲直りできたみたいで良かったです」

 清水は目と口を開いて驚いてしまったのを隠すように俯く。横顔を見せた清水は首をぽりぽりと掻き、『どうだろうな』と意味深なことを呟いた。


 恋人繋ぎをし、同じ演劇部に彼女が入ったってのに、まだ仲直りしていないとでも言うのだろうか? まぁ、女子は分からんからなと、高島の一件を思い出し、改める。


「明智君、あの件は忘れて欲しい。君が気づいていたとしても」

「……あの時は普通に間違えてただけですけどね」


 平泉の方へ振り返るも、彼女は俺に背を向け、廊下の壁に貼っている演劇部のポスターを眺めていた。四月二十九日の昭和の日、十三時半。百人ほどが収容できるホールで演劇を披露するようだ。祝日なのに、大変だな。


「そうなのかい? 僕は今日の推理を見て、敢えてあんな頓珍漢な推理をしたのかと」

「悪かったですね、頓珍漢で」

 清水の話を切り上げた。




「残すは、一人ね」

 昇降口を抜け、俺達はグラウンドへと向かっていた。陸上部はグラウンドの北側で練習する。やはり昇降口から北側のグラウンドまでは意外に遠い。先頭にいた俺は、新校舎と旧校舎の間を横切る。


「どうして、こんなとこ通るのです?」ひょこひょこと俺の隣へ来た平泉が尋ねてきた。

「ちょっとな」


 旧校舎一階の入り口へ入ると、やはり色々な上履きが棚に入れられている。踵にはその持ち主の名前が書いてあるが、その中でも名前の書いていない靴を探す。幾つか取り出すと、其の内の一番高い位置にある靴が牛の柄のように塗料がかかっていた。

 俺はそれをそっと戻す。すぐ近くにあった階段を一瞥し、旧校舎から出る。


 女子ふたりが不思議そうに顔を見合わせていた。


 日陰から抜け出し、グラウンドへと踏み入れる。ざざっと、足音が聞こえると同時に、陽光が爽やかに駆け抜ける彼の姿を照らした。清涼感のある短髪から飛び散る汗。オレンジ色のタンクトップが太陽のように輝いていた。


 心地よさそうな蒼馬に俺はつい、綻び、思う。

 お前は犯人じゃないって。


「よう蒼馬っ」

 俺の声が届いたのか、駆け寄ってきた。


「どうしたんだ、栄助? それに、平泉ちゃんと会長も」

 走り終わった後でさえ、息は乱れていない。流石と言ったところだ。二百メートルのスタート付近には部員たちがいないので、短距離ではなく長距離を走っていたのだろう。


「大丈夫。他の子らは、もう三分ほど後に来るはずだから」

 タンクトップの裾を掴み、蒼馬は汗を拭う。チラリと見えた腹は奇麗に割れている。はぁぁっと声をあげた平泉は、恥ずかしそうに口元を押さえていた。


「単刀直入に聞くが、一昨日の八時十五分から八時二十三分までの間はどうしてた? あの時は俺より後に来たはずだけど」

「……その話か。その時間なら俺は__」蒼馬が目線を俺達から逸らす。足音がする。


 そちらへ顔を向けると、すらっとした体躯の少女が駆け寄ってきていた。


 上はオレンジ色で下は黒のジャージ。萌え袖の手からは透き通った白い肌。その手は足を弱めながら、そよぐ長い髪の毛を梳いた。夕陽色に染まる髪の毛は、まるで夕暮れの湖面を想像するほどに奇麗である。幼さが残る顔はきょとんとしつつも、蒼馬へ青のスクイズボトルを渡す。蒼馬は微笑んだ。


「ありがとう、美沙みさ

「どうしたの?」美沙と呼ばれた少女は俺たちを一瞥する。


「紹介遅れたな、栄助。彼女の美沙だ」

「あっ、初めまして、栄助さんですね。いつも蒼馬さんから話聞いてます。一年一組の佐々木美沙です」


 手本のようなお辞儀をする蒼馬の彼女に俺もついつい、お辞儀をしてしまう。マネージャーと付き合い始めたとは言っていたが、まさかこんなにも美人な子で、然も一年生とは。


「聞いてくださいよ、栄助さん」俺に近寄ってきて、右手の甲を自分の口元の前へ持ってきた。「付き合ってて一番楽しいゼロヶ月目の時期なのに、自分の話よりか栄助さんの話ばかりするんですよ、蒼馬さんったら」冗談っぽく呟く彼女に、俺はつい乗ってしまう。

「こりゃまずいぞ、蒼馬。俺の横腹が、会う度に殴られるかもしれない」

「サンドバッグ代わりになってくれ、栄助」

 三人で無邪気に笑う。平泉も優しく微笑んでいた。

 愉快な彼女のようで俺は良かったなと、心の底から思う。


 話を幾つかしていたら、痺れを切らせた瀬戸が割って入る。


「で、どうなのかしら?」

「……その時は、美沙にタイムを測ってもらってました」


 詳しい時間帯を伝えると、頷く。


「今さっき、蒼馬さんが走ってたコースです。このグラウンドの北側から敷地内を反時計回りに走るんですけど、丁度十二時の方角に裏校門があるじゃないですか、そこから出て、学校の外をぐるっと外周するんです。そして、南側にある正面校門から敷地内に入り、旧校舎の横を通り、グラウンドの二百メートルを走ってフィニッシュ。ほらっ、今来る先輩たちみたいに」


 ちょうど俺たちは二百メートルを突っ切る部員たちを見た。みな息を荒らし、かなりのエネルギーを消耗している。同じペースで走ることが長距離では求められるが、今は体力作りのため全力で走る練習のようだ。


「一昨日は八時十六分にはみんな戻ってきて、そのあと蒼馬さんが『もう一本走る』と言ったのでその後は私と蒼馬さんの二人だけでした。でも、いつも一周するのに五分は掛かってますが、あの時も丁度五分でゴールしてましたよ」


 頷いた俺に瀬戸は視線を向け、意見を述べ始めた。


「もし彼が、さっき歩いた旧校舎と新校舎の間を抜け、南にある昇降口から入り、三階にある生徒会室まで向かい工作する。その後、昇降口から降りて帰ってくる。あの日は、昇降口が混んでいたから五分では厳しそうね」満員電車のようだったなと思い出す。


 出来たとしても、行って帰ってくるだけで五分はかかりそうだ。


「確実なアリバイとは言い難いけれど、不可能に近いわ」

「えっ、アリバイ? 蒼馬さん何か悪いことしたんですか?」

「まさか。なんでもないよ、ただの推理ゲームだ。それより、みんなにスポドリ渡しに行ってきてくれないか?」すっかり忘れていたのか、美沙ちゃんは俺たちに『失礼します』と言って、部員達の方へと駆け寄っていった。手には保冷ボックスがあった。


「いい子だな」

「あぁ」

「大切にしろよ」

「ありがと。でも、惚れんじゃねぇぞ」

「そんなこと、できねぇよ」


 献身的に部員たちへ明るい笑顔を向けている彼女が向日葵のように思えた。

 太陽が向く方向へ必ず満面の笑みを向ける、その姿が似ていた。

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