第12話 おどし


 俺は放送室の一件を考えなかった。この事態を招いた生徒会長である瀬戸の管理不行き届きだからだ。瀬戸は責任を取り、通常通り明日、優先告知をすると決定した。これ以上遅くなると、どの部活に入るかの意思が形成してしまうためだそう。


 三、四人の優先告知と周知していたのに、五人となれば反発が起きる。だから、生徒会長が謝罪でもするのだろう。


 そう思っていたが__放課後、瀬戸がひらいゼミへやってきた。


「へぇ〜ここが」

「こっこんにちはっ」

「こんにちは、平泉さん」

 はにかんだ瀬戸の挨拶に平泉は左胸をキューピットの矢でも射抜かれたように抑え、机に上半身が倒れた。なにしてんだ、こいつ。

「……すてき」と平泉の掠れた声が俺の耳に届いた。


 瀬戸はキョトンした顔をするので、俺は平泉の隣へ『どうぞ』と手をやる。平泉が緊張しまくる姿を鑑賞したいからだ。

 机に突っ伏した平泉が顔を横に振ってきた。隣はマズいらしい。

「やっぱ、こっちで」右手で一番廊下側の短辺の席へ誘導する。瀬戸は座った。


「あっ」と平泉が声をあげ、隣の部屋へと向かおうとする。

 アイツまさか__右手を伸ばし、声をかけようとした。


「お願いできないかしら、明智さん」瀬戸が話しかけてきたので、右手を戻す。

「……なにをですか?」

「この一件の究明を」

 澄んだ真っ白の空に浮かぶ黒い真珠がこちらを見つめていた。眼力に負けないというよりも魔力に取り付かれないようにと、目を細めた。


「イヤです。あんたの失態だ」

「そうね。私の失態。__ところで」瀬戸が流し目でこちらを見つめ、人差し指の先端を机に当てた。「このゼミはなにをするのかしら?」

「はっ?」

「活動目標を聞いてなかったのよ。当然、私から先生方に伝える役割も担ってる」

 微笑の裏にある確かな思惑を俺は感じ取った。なるほど、そうくるか。


「べつに__」と続けようとしたが、頭の中でこのまま話を続けると分が悪いことを察する。

 言葉を止め、どう生徒会長を追い払おうかと思案していたが。


「おっ、お待たせしました」

 俺は平泉の手元を見て、項垂れた。ミルクティー三人分をトレイで持ってきたのだ。平泉は俺が項垂れていることに疑問符を浮かべていたが、全員の前にカップを置いていく。


「ありがとう、平泉さん」

 平泉はトレイを胸の前で抱きしめて、ペコペコお辞儀をし、片付けに行った。まるで新人メイドのように嬉しそうだ。瀬戸はどこかの令嬢のような見た目だから今のは絵になっていたな。

 瀬戸は再度こちらへ微笑む。目が笑っていない。


「給湯室の無許可使用」

「ぐっ……」

「活動が不明瞭」

「ぐぎっ……」

「この部屋を使いたい部活動は山ほどあ__」

「わあったよ」頭をぽりぽりと掻きながらそう承諾してしまう。だが俺は別にこの部屋を守る必要など無いのではないかと思ってしまう。なぜ、俺は承諾したのか。自分でも分からずに承諾してしまったことを後悔していると、平泉が戻ってきた。


「おいしいですよ。ふふっ」

 呑気な奴だ。




「さて、誰が犯人なの?」ティーカップを置くなり、瀬戸はそう問いかけてきた。

「知りませんよ」正直、帰りたい。もう時刻は十七時を回っていた。国語の宿題も平泉と熟したからここに居る意味はないのだ。


「きゅうとう__」

「わかりました、わかりましたよ」

 平泉は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。俺はこのゼミの活動内容を生徒会長に示すためにも平泉へ最初に話を振る。


「ゼミって仮説の検証を目的とし、議論や発表を手段とする。で、間違えないよな?」こくこく、と頷くので俺の認識は見当違いではないようだ。


「じゃあ、俺が幾つかの考えを述べる。それについて平泉……今回は生徒会長もこの意見に反論や疑問を投げかけてもらい、招かれざる生徒を特定しましょうか」

 これでゼミというていは取れただろう。

 ふたりが同意するように首を縦に振るので、まず、状況整理から進める。


「昼休みで言ったとおり、平泉がイレギュラーだったことを前提に進めます。ゆえに、そのイレギュラーを観測できた生徒会長が犯人である可能性は限りなくゼロでしょう。もし生徒会長が犯人だったら、ポンコツ過ぎます」


「これで私がムッとしてたら、犯人だったわね」

「……ムッとしてますよね」生徒会長は顎を若干下げ、眉根を寄せていた。


「まぁ、冗談はさておいて」クスッと笑う瀬戸に揶揄われ、異様に首が痒くなった。「招かれざる生徒の頭の中では五番の番号を持っていれば、あの場で怪しまれなかったってことだ」

 その意味にふたりはまだ理解していないようなので、補足していく。


「いいですか。平泉が来なければ、招かれざる生徒を除き、五番の番号は三人だった。なぜなら、籤箱に残った最後の五番を平泉が引いたんですから。故に、四人になったとしても、三、四人になる設定だったから五番は怪しまれないんです」

 あっ、とふたりが声を漏らした。


 五番以外の番号札では、絶対に五人になってしまう。そんな行動はできない。犯人はバレない方法で、尚且つ確実に確率を上げる方法を選んだ。


「わたし籤の中のいろんな所を触ったんですけど、一つしか無かったです」

「そうね。十九人用の予定だったけれど、一応エントリーを平泉さんがしたから、二十人分作った。十九人が引いたから残りのカプセルは一つ」


 まぁ、この推理の先には一つの矛盾が孕んでいるのだが……。


「五番はあの籤箱に残っていた。引かれることは無い予定だった」

「だからこそ、五番は招かれざる生徒にとっては、安全な番号だったんですね……あれっ」自分で納得するように話しながら、首を傾けた平泉。


「でも、残っている番号が五番ってどうやって分かったんです?」

「一つの方法としては、全員に聞き回るってのがあるわ。でも、午後に部長達に聞きに回ったのだけど、みな、自分の番号を教えたのは親しい友人ぐらいで、十九人共通で番号を聞かれた人は居ないらしいわ」


 思ったよりも、生徒会長自身、自分の身が危ないという危機感はあるようだ。

 ふたりの視線がこちらに集まるので、俺はミルクティーをぐいっと飲む。

 先ほど俺が抱いた矛盾と、平泉が抱いた疑問の二つを払うべく話を変える。


「生徒会長、何か、この優先告知の際のルールってあったんですか?」

「えぇ、あるわ。今は……ごめんなさい、あいにくルールの紙は持っていないけれど__」と口頭でルールを言おうとしたのだろうが、平泉はスマホを操作しだすなり、机へ置いた。


「わたし撮りました」

「えっ、いつの間に」

「有能だぞ、盗撮魔」ボソッと俺が言うと嬉しそうに髪の毛を撫で出す平泉。


 カナリアの告発予告といい、なんでも撮る癖がある現代っ子のようだ。

 撮った写真では籤箱の隣にある紙にルールが三つ書かれており、以下のとおりだった。


 一つ、不正を行った者のは強制的にこのイベントから除外します。

 二つ、紙を誰かに譲渡することも禁止。発覚次第、すぐさま除外します。

 三つ、十九人だった場合一つ余るため、残ったカプセルと紙についてはすぐさま破棄し、生徒会長が番号を確認しないと誓います。残りを見ようとした人は除外します。


「除外女」と俺がボソッとつぶやくと、瀬戸は先ほどの平泉みたく自分の頭を撫で出した。それにはつい、俺も目を細めてしまうほどに笑ってしまう。


 平泉がずずっと音を立ててミルクティーを飲み、コッチを見ていた。水面から顔を出すアザラシのように何か言いたげだったが、瀬戸は撫でていた髪から手を離した。


「最後のルールがなにか関係するのかしら?」

「あっえぇ、すごく。生徒会長にしてみれば、公平性を担保するために書いた文だったでしょうが、招かれざる生徒はそのルールの隙を突いた」


 俺は言葉を途切れさせる。

 コンサートで指揮者がタクトを振る前のような静けさに包まれた。


「残った番号を作るんですよ。だからこそ、ある筈のない『五番』が一つ増えた」

 偽装はできない。であれば、作ればいい。

「でも、どうやって? 残った番号は分からないわよ?」

 まず、平泉が抱いた疑問から解消する。

「残りを知るチャンスは一回しかないです。分かるか、平泉」

「あっ、生徒会長が生徒会室から抜けたあの時?」

「なるほどね。私が気味の悪い昇降口での騒動で生徒会室から抜けた時しか、あの籤箱に入っている五番を誰も観測できない」


 そうだ。実際はそのあとに平泉がやってきて五番を選ぶ。残った一つが五番だと知るのはその間でしかないのだ。平泉が引くことは、招かれざる生徒の頭には無かったから矛盾はない。


「明智くん、どうやって作るの?」

「そうよ」

 俺は腕を組んで、生徒会長を見る。


「予備はあるって言ってたので、その予備の紙にゴム印を押せばオッケーです」

「それを私が居なくなったのを見計らって、生徒会室に入り、工作を?」

「えぇそうでしょうね。生徒会室から昇降口までまぁまぁな距離がありますから、生徒会長が帰ってくる間に出来ると、犯人は考えた」


 事実、あの昇降口での集まりようを見れば、生徒会室なんかに注目する生徒はいなかったから侵入しやすかっただろうな。

 それを想像するために目ん玉を上に向け、頭の後ろで指を組んだ。


「『生徒会』のゴム印は、生徒会準備室にあるって言ってましたけど、鍵は掛けてるんですか?」

「生徒会準備室は廊下側に扉が無いから鍵は無いけれど、生徒会室には勿論鍵をかけてる。ただあの時は……生徒会室は開けっ放しだったわ」鍵をかけ忘れるほどに急いでいたのだろう。


「開けたままにしたのが不味かったですね」

 瀬戸は瞑目し、鼻から息を強めに吐いた。

「でっでも、しっ仕方ないです。わたしも時々、ガスの元栓を開けっ放しにしちゃいます」

「平泉さん、それはしっかり閉めなさい」

 フォローを突き放された平泉はううっと呻き声をあげた。アザラシが水面下に潜っていく。


「この三つ目のルールがあったからこそ、最後の一つであった五番を確かめ、五番を作った。最後の一つが生徒会長に見られれば五番が三人であると知られ、実際に来たのが四人であればオカシイってなりますからね」


 これで俺が抱いた矛盾が解決された。平泉が登場しなければ、五番は安全だったのだ。


「で、犯人は誰なの?」

 せっかちな生徒会長だこと。いまの話だけでは四人から一人へと導くことはできない。そう、ミステリで定番のアレを調べる必要がある。


 俺は小指を立てて、優雅にミルクティーを堪能してから、口を開いた。


「では、アリバイを確認しに行ってくだい」

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