第11話 姉妹のようなふたり
「錦戸先輩知ってます?」
「なんだ」
「平泉が告発予告を見ていた時、生徒会長がその場にいたってこと」
「はっ? それがなんだって」
俺の問いの意味がまだ理解出来ていないのか、錦戸は苛立った声だ。
「生徒会長は生徒会室にずっと居たため、その騒動を知らなかった。それにいつ部長達が引きに来るか分からない。生徒会室の外には出られないんですよ。いない間に誰かが勝手に入って、カプセルを覗かれるかもしれませんしね」
瀬戸が俺の顔を興味深そうに見つめてくる。
「故に、情報が遮断した場所にいた。間違いないですね?」
「まぁ、そうだな。だがな、部長達からその騒動を聞いてこの策を思いついたんだろう」
「仮に部長達から教えてもらったとしても、そんなことしますかね? その話を聞いた時点ですぐさま会長は告発予告の撤去に向かう筈です。のんびり告発予告を放置するはずがない。放置する時間が長くなるほど話題が広がるでしょうから」
動機として告発予告よりも注目されることを目的としているのなら、そんな面倒な策を練るとは思えない。注目度が低いうちに撤去する方が最善である。
俺の言葉を聞き、やっと生徒会長が答える。
「えぇ、部長達からは聞かされなかったわ。殆どの部長達は、八時より前に来ていたから。あの告発予告文が注目され始めたのは八時十五分ぐらいのようよ。その時刻に登校してきた生徒会の子が私に伝えくれたの」
「はん。だからって、なんだよ。俺の推理に穴はない」
「分からないですか? 平泉と生徒会長は同じ場所、同じ時間一緒に居たんです。しかも、生徒会長はその生徒会の子と一緒にやってきた。生徒会長、その生徒の子に聞けば、ノータイムで一緒に昇降口へ向かったのはわかりますよね?」
「そうね、証言してくれる筈よ」
「分からんな。それがなんだって」
「平泉、トイレに行ってたって言ってたけど……」平泉が俺の袖をポンと叩く。なんだろう、と思っていたが、『トイレ』というワードを言われるのが嫌なのだとすぐ気づく。
「まぁ、
「ううん……ノックしても返事がなかったから、少し待ってた」
錦戸の眉間に皺ができる。
「私があの場所で少し考え込んでいたから、生徒会室に帰るのが遅れたの。ごめんなさい、平泉さん」ぶんぶんと犬がお風呂から上がったように平泉は顔を振る。
「錦戸先輩はこう言いましたよね。『平泉氏が来る前に箱に入っている番号を確認し、五番が入ったカプセルを入れ込んだ』って。でも、それが成り立つのは告発予告を撤去してから、平泉が生徒会室に来るのが遅かった時だけだ。だが実際は、平泉と一緒に生徒会室へ入っている。故に、生徒会長がカプセルの中身の番号を確認し、それ以外の番号を入れ込むなんて時間は無いんですよ」
この論理が組めれたのは、俺が実際に生徒会長と平泉を同時に観測したからだ。錦戸はまさか生徒会長が昇降口にいたことも、平泉が先に生徒会室へ行っていたことも知らなかったから、そのような推理をしてしまった。
「まっ、待て。平泉氏が入ゼミ届とやらを出そうとしている間に瀬戸が手早くやった可能性もあるだろっ」ぜいぜい、と息を切らしている。
「流石にそれはなくな〜い?」
「厳しそうだな、それは」
「そうだよねぇ〜」と、蒼馬が同意したので勢いよく高島が被せる。
実現不可能ではあるだろうが、ご所望とあらば答えよう。
「生徒会長、一から五までの数字が印字されたスペアの紙は当日、あったんですよね」
「えぇ。生徒会室に幾つかあったわ。枚数は覚えてないけれど」心配そうにそう答える。
数字が印字されていない予備は無いが、数字が印字された紙はあった。
「瀬戸はそれを使ったんだ」
「ただ、ゴム印はしていなかった。そうですよね?」
「そうね。ゴム印は生徒会メンバーの前で同じ数字には四枚だけにしか押していない。だから、五枚に押してあるのがオカシイのよ」
そう言っていたのを俺は忘れなかった。
「そのゴム印はどこに?」
「生徒会室の中から通じるドアの先に生徒会準備室があるの。その棚に置いてある。印刷機やパソコン類があって、給湯室も兼ねてるのだけどね」給湯室という言葉に平泉はピクッと首を竦めた。まだ旧校舎の給湯室を使っていいか聞いていないのだろう。呑気なやつだ。
「ほう、別の部屋にあったと」
「くっ……」
「平泉、そこに生徒会長は行ったか?」
「ううん、行ってないよ」
「だそうです」
ゴム印を押す必要があった。五番のスペアはあったが、ゴム印は押さないといけない。生徒会長には実現不可能ってことだ。生徒会の子と一緒に瀬戸はノータイムで昇降口へ向かったことから、事前にゴム印を押す時間も無かったからそれはムリだ。
生徒会長があの『カナリアが鳴き止んだ頃に』の告発予告を書いた犯人なんて発想は、この優先告知で注目を集める目的と相反するのでナシ。もし、生徒会長が告発予告の首謀者ならこの一件が済んだ後にするのがベターだろう。
だが、こんなことをしても話は最初に戻るだけ。
沈黙が再び降り立つように__思えた。
「だったらっ、生徒会長と高島。あなたたちの共犯だ」
斜め上な錦戸の物言いだった。
それがミステリ初心者でよくありがちな事件をすべて共犯説で考える人のようで思わず笑みが溢れた。そんな俺が気に食わなかったのだろう、錦戸が挑発的な瞳を向けてきた。
「高島との共犯だったら全て辻褄が合う」
再度、錦戸が推理を始め__ようとしたが、俺は親友がご飯を食べてないので、直様それを否定することにした。もう十二時五十分。
「それは無いです」俺の否定をメガネんは無視した。
「俺の仮説はこうだ。高島は五番では無い番号を引いていた。だが、この昼休みの発表をズラすことで瀬戸はゴム印を五番のスペアへ押す時間を確保し、渡す。あとは、二人が共犯だから五番を引いた風に装い今日の昼休みに五番と発表した。辻褄が合うじゃ無いか」
高島ははぁ〜と面倒くさそうなため息を吐いた。
「そんなんしてないって」
「そりゃ共犯だからそう言うだろう。君たちは利害一致のためにそうしたんだ。瀬戸は注目を集めるため。高島は優先告知の資格を得るために手を組んだ」
「……しんりてきにできない」
俺ではなく、平泉が小さな声でつぶやく。
スポークスマンらしく彼女の意見を俺は代弁する。
「メガネん先輩。それは心理的に出来ないでしょうね」
右肘を机につけ、右手の中指でメガネのブリッジをあげたメガネんは、硬い口調で言う。
「根拠をいいたまえ」
「まず、これは高島先輩に限ったことじゃありません。平泉を含めた五人に生徒会長が共犯を持ちかけることはありえません。なぜなら、共犯が成立できなければ、生徒会長にデメリットが大きすぎるからです。バラされば、信用の失墜と生徒会長の降格も考えられる。そんな危険を冒してまでするとは思えません」
清水は天パを撫でながら『確かにそうか』と納得した様子だ。
「ひゃっ百歩譲って、それはそうかもしれない。だが、高島からこの共犯を持ちかけた可能性もあるだろ? それはどうだ」
「あり得ません」キッパリ断言する。「生徒会長はそんな提案は断るでしょう。あらかじめフォトクロミック加工の紙を用意し、部長達が来た時間を正確に測る人が不正を許すとは到底思えません」
瀬戸は微笑み、緩めた瞼で俺を眺めていた。
「くっ」まだ錦戸の瞳には反論の意思が篭っていたので俺はもう一押しする。
「そもそも、盛り上げるためにこんな謎を作ったなんて動機もチープすぎます。学校中がこの話題で盛り上がるとは到底思えません。__生徒会長がもしこれを実行したのだとしたら、謝っておきます」瀬戸へ戯けたように顔を左下へ傾ける。
「いえ、いいわ。こんなチープな謎で話題を取ろうとは思ってない」
この人の笑顔はとても魅力的だった。溢れる白い歯すら愛らしい。その黒い眸から逸らさないと吸い込まれそうだったので慌てて錦戸へ向ける。
「仮に生徒会長の動機が招かれざる生徒に優先告知をする権利を与える目的だとしたら、もっと別の方法があった筈です。わざわざ五人になるように仕組まず、四人丁度にできた筈だ。それなら誰にも疑われなかった」
くるん女子の高島がぱちぱちと拍手をし、『うわぁ〜すご〜い』と褒めてくる。
「まさか、栄助にこんな才能があったなんて。平泉ちゃん、知ってた?」
「はい」
平泉が頷くと、蒼馬が口を開き、こっちを見てきた。彫刻でも鑑賞しているかのようだ。
「……じゃあ、誰なんだよ」
メガネん先輩はメガネを机に置き、両手で顔を覆い、俯く。自分の推理が外れて悔しいというよりも早く解決したいという焦り。彼が招かれざる生徒じゃない気もするが、両手で覆われた顔の下に犯人の顔を浮かべているかもしれない。
「なぁ栄助、犯人分かったか?」
急ぐように蒼馬が聞いてきた。俺は首を横に振る。この昼休みだけで答えを導くのは難しそうだ。だが俺は、この場で伝えておかねばならいことを最後に口にする。
「ただ、招かれざる生徒にしても、この状況が想定外だったことは確かだろうな」
錦戸以外の視線を集め、俺は続ける。
「この招かれざる生徒の立場に立ってみれば分かります。こんな状況を最初から望んでいたでしょうか? 自分が犯人として疑われる状況を作りたかったとは到底思えません」
一同の強張った顔が再度形成されていく。
「その想定外とは何か。__平泉の存在です。もしも、平泉が飛び入り参加していなければ今頃どうなっていたでしょう。そうです。したり顔で犯人は参加していたことでしょう」
その状況を想像するだけで、背筋が粟立つ。何食わぬ顔で優先告知ができたのだ。
「言い換えれば、生徒会長と平泉理沙はこの一件に関わりが無いことが証明できたと言えます」
俺と生徒会長、平泉が向けた視線の先は四人。その四人さえも、他の三人へと向けていた。
俺は容疑者を六人から四人へと減らしただけだった。
そのあとは、時間も時間だったので解散となった。一応、紙とカプセルは証拠品として生徒会長が預かることに。工作の形跡が無いかを確認するらしい。
放送室を出た廊下で錦戸にチッと舌打ちをされ、清水からは『良い推理だったよ』と含みのある言葉を告げてきた。もしかすると、犯人は清水の野朗かもしれない。一番、疑おう。
高島先輩は『怖かったね〜』と言いながら、平泉と廊下の端で話していた。話す時の距離感が親友ぐらい近い。高島先輩がフランク過ぎるのが大きいだろう。平泉もすっかり友達認定しているのか、俺といる時より笑顔が輝いているように思えた。
「おい、いつから付き合ってたんだよ」蒼馬が俺の肩へ腕を巻きつけてきた。
まだ優先告知の一件は保留扱いだが、もう一歩で犯人が分かりそうなので喜んでいるようだ。
「ちげぇよ。付き合ってねぇよ」平泉からの視線が増した。そう易々とラブワードを漏らすなと、自分を叱る。
平泉はくるん女子に話を振られ、そちらへと向き直った。
「にしては、平泉ちゃんを見てた顔、悔しそうにしてたけど?」
俺が、アイツと高島先輩が喋っているのを見て、悔しそうにしていた? まさか。
「なに言ってんだ。てか、昼ごはん大丈夫か」
「やべっ」
そう言うと、蒼馬が走り出したので、苦笑いしながらゆっくりと追う。
こっそり首を捻る。
姉妹のような笑顔をふたりは浮かべていた。
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