第7話 真紘ちゃんクエスト


「目が合ったから勝負をしよう、えいちゃん」

 昼休み、俺の前に真紘がやってきていた。


「モンスターボールもなければ、カードもないぞ、俺は」戯けたように両手を開いた。

「あれだったら、貸すぞ、栄助」


隣で弁当箱を仕舞いながら、俺の冗談に蒼馬が付き合ってくる。


「……あっやべ、もう行かなきゃ。じゃあ行ってくるわ」

 陸上部のミーティングがあるという蒼馬の背中を見送る。


「くそっ、イケメンと仲良くなるチャンスが」

「おいっ。アイツ彼女いるから、ダメだぞ」

 と、冗談なのか、本気なのか分からないようなため息を漏らし、俺に再度目を合わせる。


「予定が狂ったがまぁいい」

「で、勝負って?」

「アタシが考えたゲームだ」

「碌でも無いんだろうな」


 面倒なのでこの場から逃げたくなったが、暇ではあるので、耳だけは貸す。


「ルールは簡単。ここにトランプがある」真紘はスカートからトランプを取り出す。しかし、通常のトランプの枚数五十二枚がある訳ではなく、エースが六、ジョーカーが二枚しかない。


「生徒会に見つかったら、しょっ引かれるぞ」

「なんと。生徒会が遊戯ゲームを推奨する学校じゃなかったのか」

「はい、違います」

 真剣な顔で頷き、真紘のボケを流した。


「……ムカつくけど、説明する」真紘は俺の方へエース三枚、ジョーカーを一枚渡す。彼女の方も俺と同じようになった。「交代制で、一枚ずつカードを裏返しで、出す」


「相手がエースとジョーカーのどっちを出したか分からないって訳か」

「流石、えいちゃん。良い着眼点。お互い場にカードを出す時は『エース』と必ずコールする。そしてそれを、お互い最大で四回ずつ行う」


「なるほどな。エースは全部で三枚しかない。四回行うため、一回は場にジョーカーを出す必要がある」

「そうそう。相手がエースでなく、ジョーカーを出した時に『ダウト』を宣言すれば、勝ち。『ダウト』を宣言して相手がエースを出していれば負け。シンプルでしょ。やるのも一回ポッキリ」


 話の内容から、ターンの終了毎にカードを捲らずに、進めていくようだ。前回相手が出したカードがジョーカーであるか、エースであるかがわからない。


「推理する材料が無さすぎるな」

「推理っ子だねぇ〜、そんなえいちゃんに一つ追加要素」真紘は細い人差し指を立てた。「自分がジョーカーを前のターンに出せて『ダウト』を宣言されなかった場合は、次のターン、相手が出したカードを捲ることができる」


 この要素はかなりゲームの幅を広げた。幾つかの攻略方法を頭で考えつつ、トランプを手に取るも、どこか工作したような形跡もない。裏面も同じ色と模様をしている。


 ゲーム性も公平だし、早く終わりそうな良いゲームだ。


「やらない」

「なんで?」

「それに乗った! って言うとでも思ったか」


「ちぇっ」面白くなさそうな真紘はじゃあ、と口遊み、続ける。「このゲームに乗って勝った場合、えいちゃんにあの新情報を教えるよ」


 俺は目を細めて疑るも、彼女の目には一切曇りがなかった。


「……お前がドタキャンしたあれの続きか」

「うん。どうする?」俺は『分かった』と答える前に条件を整理する。


「その前に、真紘が勝った場合は?」

「アタシはやんないよ?」

「へ?」

 キョトンとしていると、平泉がトコトコやってきた。


「どっどうぞ、よろしくお願いします」

 ぺこりとお辞儀した。


「理沙の推理能力を鍛えるのが目的だから。アタシじゃない」


 平泉の目はゴゴゴと、闘志を燃やしていた。彼女の手には一枚の紙が挟んである。裏から透けた文字を追うと、『入部届』の部に斜線が引かれ、ゼミ、と訂正されていた。


「平泉が勝ったら、俺はお前らのひらいゼミとやらに強制加入か」

「そう。面白いでしょ」

全く面白くないが、俺の勝った時の条件は手放しにこのゲームを放棄できるものじゃない。


 それに。俺は真紘のニマニマした顔から平泉へと移す。

 この子は顔に全て答えが出てきそうだから、負ける気がしない。


「もう一つ確認なんだが、仮に平泉が、一番最初にジョーカーを出し、俺がコールしなかった場合、そこで平泉の勝ち、ではないよな?」


「そう。コールしなかった場合は、まだ続く。お互いコールしないままゲームが終われば、もう一度ゲームが始まる。あっ、手に持ったカードをシャッフルするのはナシね」

 ふむ、と俺は顎に手をやる。


 ダウトコールは結構なリスクが伴う。コールして、エースだった場合は俺の負けで、ジョーカーだった場合は俺の勝ち。要するに、どちらかがコールを宣言すればゲームは終了。


 相手へいかに自分の出した手が、ジョーカーだと思わせるかが大事って訳だ。


 そして勝敗を分けるのが、ジョーカーを出すタイミング。


「ね、ヒリヒリするでしょ?」

「さぁな」

 真紘は席を立ち、座っていた場所に平泉を座らせる。


 クラスメイトはこちらが行うゲームなどには気づいていない。


 さっそく、ゲームが始まった。


「レディーファーストで、平泉からで良いぞ」

「あっ、ありがとうございます」

 左手で四枚を並べた平泉は顔を真っ赤にさせた。


 俺の戦略であるとも知らず。


 このゲームの本質は、相手にコールをさせるかが肝要__ではあるが、それではこのゲームは膠着状態に陥ってしまう。わざわざコールなんてことをせずとも相手が四分の一をミスれば良いのだから。


 より大事になってくるのが、相手に自分がカードを出すときの仕草や表情などといった情報を渡さないことだ。だから、ここで先手をやるのは情報を多く出すことになり、不利。


 このゲームの性質上、何度もコールが出ずにゲームが繰り返される。

 勝機を掴むには、相手の動揺を誘い、情報を得て、コールをする。


 それが勝ち筋だ。


 平泉は、左から二番目のカードをぎこちなく置き、『エース』と言う。 

 俺は机に置かれたカードの裏側を眺めつつ、目だけを平泉へと向ける。

 彼女は自分の手札をぼんやりと眺めていた。

 ジョーカーはまだ手札にあるようだな。


『もう一つ確認なんだが、仮に平泉が一番最初にジョーカーを出し__』と俺は敢えてゲームが始まる前に、例を聞いた。

 平泉は無意識的に最初のジョーカーという選択肢が露骨に前へ押し出されただろう。

 それは言い換えれば、不安要素でもある。


『ジョーカーを一番最初に? ううん、ここは様子見して……』

 心理的な圧迫感からジョーカーを避けたと考えて良いだろう。


 加えて、平泉は左から二枚目を取った。

 俺は平泉という少女を少なからず知っている。生真面目な性格で、几帳面な子だ。

 あまり動揺した様子もないから、出したのはやはりエースだろう。そして、ジョーカーは一番左側にあると見た。仮に、彼女の手札の一番左手にエースがあった場合、几帳面な彼女はそこを引く。のに、敢えて、左から二番目を取った。


 故に、平泉の手元にはジョーカーが一番左側にある、と仮定する。


 ジョーカーを一番先に出してくる可能性もあったため、敢えて最初に例を聞き、その可能性を潰す。おかげでジョーカーの位置を探り当てれた。まぁ、それ以外にも意味があるのだけど。


「エース」俺は『ダウト』コールをせず、すっと一枚のトランプを置く。

 彼女の二重瞼がくいっと開き、俺を見つめる。


 ルールを平泉が理解できていない可能性があるため、初手はエースを置いた。


「そのカード、ジョーカーです?」

「確かめたかったら、コールしなよ。ジョーカーかもよ」


 正直、彼女が俺の表情を探ったとしても当てられる気がしない。


「やめときます。……エース」

「エース」


 これには平泉も明らかな動揺をみせた。


 最初から、彼女が一番左側のカードを置かなければジョーカーをノータイムで出すと決めていた。だからこそ、平泉が初手にジョーカー出さないよう誘導した。ジョーカーを初手に出されると、このターン俺が出したカードがめくられるからな。


 平泉の今回出したカードが仮にジョーカーだったとしても、次のゲームでその情報を元に推理を進めればいい。彼女がコールをしなければゲームは続く。ゆえにノータイムで出した。


 俺の強気な姿勢に、平泉は俺の手元を見た。


「手札のどちらかに悪魔の絵柄があります?」

「悪魔じゃなくて、玉乗りしたピエロだろ」ジョーカーの話だ。

「よく見えてますね」


 彼女は自分の手元にあるカードの左側をチラッと見た。


「知ってます? 明智くんて、考えるとき、右に全部目が向くんです」


 まさかカードゲームでこんなにもお喋りになるとは。昨日のブランコといい、彼女は遊戯を存分に楽しむ性格のようだ。


「はて、そんなことするかな」どうせブラフだ。


「知ってるからですよね? わたしのジョーカーの位置」


 俺は息を止めた。


 自分の考える際の仕草ではなく、俺が平泉の持っているジョーカーの位置に目がいっていたということか。


「多分、このままいけば、わたし負けちゃいます。カードの位置を変えれませんから」


 平泉の言葉が嘘なのか真実なのか、わからない。

 真紘はその遊戯をじっと見下ろしていた。


「明智くんは論理的な人であり、喧嘩っ早い性格もあります」

 昨日の俺を見て、そう感じたのだろう。


「わたしが出した後にすぐにカードを出したのは、その表れとも取れます。それに、ジョーカーを出す確率が三分の一。今、ジョーカーを出した方が追い詰められませんからね。論理的な明智くんならやりかねません」


「……」俺は必死に口を結んだ。『じゃあ、コールしてみなよ』と言い返したくなったのだ。それではジョーカーですと白状しているものだ。


「考えるときに目が右に向くのは、ジョーカーをダウトするため。今回のターン、わたしが明智くんのカードをすぐに捲らないことから一番目に出したカードがジョーカーでないことを確認。次は二分の一ですから、ジョーカーの可能性がうんと高まります」


 俺は喉上に溜まった唾を飲み込むために、顔を下に向いてから飲み込んだ。喉仏で飲み込んだことがバレ、緊張が走っているのを伝えないためだ。


「それに即出しするのは情報を相手に渡さないというメリットもありますしね」

 出すカードを考える時間は、それだけでもリスクだ。


「では、ジョーカーを出すタイミングはいつが効果的でしょう?」

 俺は肋骨の下で暴れそうになる心臓の音を聞こえないふりした。


「まず除外できるのが一番最後に出すことです。ジョーカーの効果は次のターン出したカードを知れること。最後に出すことは、情報が少ないこのゲームにおいて良い手とは言えません」


「真面目な平泉はそう考えないかもだが、俺は裏をかくかもよ?」


「それは無いです。真紘さんからこのゲームの勝利した時のご褒美が結構大切なものだと聞いています。故に、明智くんは効率最善手でこのゲームを進めるはずです。そんな明智くんが不利な状態で二ゲーム目に望むとは考えられません」


 俺の思考が全て明らかにされていく。まるで彼女の掌に俺がいるような無力感を感じた。


「一番効果的にジョーカーを出すタイミングは、初手です。次のターンのカードが捲れ、それを元に考察できますし、初手はジョーカーの効果で捲られることもありませんから、最強の一手です。ただ、明智くんはそうするでしょうか?」

 トランプで隠れた親指がいやに脱力している。落としてしまいそうだ。


「わたしのジョーカーの位置を知った明智くんは、こう思った筈です。『平泉がジョーカーを温存しようとした場合は、その手札を当てるためにジョーカーを残しておこう。折角、ジョーカーの位置がわかったんだから』……」


 真紘は板上に置かれたカードを見下ろしている。


「今回、わたしが出したカードを明智くんが見なかったことから、一枚目はジョーカーではありませんでした。捲らないといけない訳ではないので、捲らない選択肢もありますが、それは機会損失なので、却下です。であれば、一番最後は無いので、やはり今回か次かがジョーカーですね」


「お喋りだな、平泉。左手が疲れないか?」

 俺は額から汗が垂れてくるのが分かったが、拭うことはできない。

 まるで探偵に追い詰められた犯人の気分だ。


「では、次のカードがジョーカーになるでしょうか? それは無いと踏んでいます」

「ほう?」


「次のカードがジョーカーだった場合、わたしが出す最後のカードを知ることができると言う訳ですよね? でも、それは明智くんだったら絶対にしません。なぜなら、ジョーカーをわたしが最後に出すメリットが少ないと理解しているからです」


 先ほど、平泉が発言したことに俺も気づいていると理解してそう言っているのだろう。俺をある意味信用しているから。


「導かれるのは、この出されたカードがジョーカーでしか、無いんです」


「いいのか? まだ、コールをしなければ試合は続き、情報がたくさん出るかもしれないぞ?」

「違いますよ。明智くん」

 平泉は、笑った。


「長引けば、わたしが情報をたくさん出して明智くんが有利になる……わたしは不利になるだけです」


 彼女は、ダウトを宣言した。




 俺は渋々、ひらいゼミの入ゼミ届とやらに署名した。

「ん」


 手渡された平泉はその紙を大事そうに掲げる。

 LEDに照らされた紙が神々しく光っていた。


「これで、明日っ」

「ん? 明日?」

「いっいえ、こっちの話です」書類をクリアファイルへと収納する。


 まさか、負けてしまうとは……結構悔しい。

 真紘はそんな俺をニヤニヤ見つめている。


「このゲームを持ってきた時から嫌な予感してたんだが、お前、平泉に色々と仕込んでただろ」


 真紘が作ったというゲーム。俺の性格上の試合パターンを平泉に教えた。平泉が左から二枚目を敢えて引いたのも俺に対して、ジョーカーがまだ残っていると知らせ、ジョーカーを俺に出させる状況を作った訳だ。ゲーム数が一回なのも、ゲームが三回、五回となれば平泉が色々と情報を落とす。俺がそれを元に有利に推理を働かせることを避ける狙いのために一回ポッキリのゲームにしたのだ。


 俺がこのゲームをすると言った時点で俺の敗北が確定していた。

 俺は平泉ではなく、真紘に惨敗した。

 いや、このゲームを真紘が作った時点でもっと疑いながらゲームを進めるべきだった。俺がただ単に、ふたりに負けた、と言うだけ。敗北の苦さが胸の内で渦巻いていた。


「はぁ〜、まぁ入るからには顔を出すけど、すぐに帰るぞ。それでいいな?」

「はい。大丈夫です」

「だとしても、あのタイミングでよく『ダウト』をコールできたな」

「そうですね。一か八かでした。でも、負けたとしても明智くんが真紘さんから知りたい話を聞けて喜ぶのなら、って……負けても勝っても、どちらでもわたしはハッピーでした」


 不思議な奴だな、と苦笑する。


『勝負をしよう、えいちゃん』と一番最初に言っていたことを思い出しながら、真紘がこの教室から満足そうに出ていく背中を眺めていた。

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