うたた寝の間に(イメルダ視点)

 貧民街の北には、隙間風が絶えない、粗悪な粘土で造られた建物があった。それは、イメルダが人工悪魔を造るための研究所として使用している建物だ。

 その一階部分で机に向かいながら、二月の初日、イメルダは口元を綻ばせていた。


 それは、やっと悪魔の細胞を人体に馴染ませられるようになった喜びがあったからだ。


 とても長く、とても暗いトンネルを抜けたような感覚があった。しかし、ここがゴールというわけでもない。ゴールはあくまで、人工悪魔によって魔女戦争に匹敵する騒乱を起こすこと。そこに至るには、まだ時間がかかりそうだった。


 まず、人工悪魔がまだ弱い。このままではいくら量産しても、烏合の衆にしかならないだろう。人工悪魔にも魔素を生成する機能が備わっているため、強くするには魔術を扱えるようにするのが手っ取り早い。だが、知能が欠落した人工悪魔がどうすれば魔術を使えるようになるか。


 そして、人工悪魔を生めるペースもまだ遅い。最終的な人工悪魔の強さ次第だが、最低でも千体は欲しいところだった。ただ、いまは一ヶ月に造れたとしても五体。これでは何年、何十年とかかってしまう。ペースはどうやったら早められるか。


 課題に対して思いつく解決策を、机に置かれた紙にひたすら書いていく。その途中、イメルダはうたた寝をしてしまった。そして、小一時間後に目を覚ます。


「──寝てしまっていたか」


 イメルダは眉間を抓み、立ち上がる。眠気を覚ますため、紅茶でも淹れようとした。そのとき、ふと違和感を抱く。


 出入り口の扉が開いていた。その扉は閉まっていたはず。くわえて、造った人工悪魔を牢に捕えた地下室に続く扉も開いていた。こちらも閉まっていたはずなのだ。


「……」


 胸騒ぎがする。

 弾かれるようにして、イメルダは飛び出した。階段を早足で下りる。


 地下室に着いたイメルダは、人工悪魔を一体ずつ確認していった。その途中で、扉が開け放たれたままになっている牢が一つあることに気付く。

 そこに捕らえていたのは、素体番号〇七三番。だが、その姿はなかった。


「まさか、外に……?」


 イメルダはすぐさま踵を返す。研究所を飛び出し、〇七三番の捜索を始めた。


 深夜の貧民街を駆け回る。


 最初に足を止めたのは、倒れている女を見つけた瞬間だった。平民街と貧民街を隔てる道の上で、その女は息絶えていた。死体はひどい有様だ。獣に食い荒らされたかのような損傷が至るところに見られた。


 わずかに魔素の残滓が空気中に浮いていたことから分かる。この女は〇七三番によって食い殺されたのだろう。女の死体は処理したかったが、それは後回しにした。〇七三番を先に見つけようとしたのだ。


 イメルダは捜索を再開。ほどなくして、ふたたび足を止めた。ようやく本命を見つけたのだ。〇七三番が彷徨するように、道をふらふらと歩いていた。


 〇七三番はすぐさま転移魔術で地下室の牢へと送った。そののち、女の死体があった場所へと急ぐ。だが戻ったときにはすでに遅く、そこには人だかりができていた。


「おいおい、なんだよこれっ……」


「やべぇぞ! いますぐ騎士呼べ!」


 女の死体を囲みながら、数人が騒ぎ立てている。


「……っ」


 イメルダは物陰に隠れながら、顔をしかめていた。

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