理由

「……そうだ」


 イメルダは誤魔化すことなく、認めた。ヒメナは困惑しながら尋ねる。


「どうやって……いや、なぜっ……なぜ母様のようなお方が魔女に……!」


 しばし沈黙してから、イメルダは答えた。


「……本当は、もうすこし後で話すつもりだった。だが、頃合いということか。いいだろう、話してやる。ただ、その前に誤解を一つ正しておかねばな」


「誤解……?」


「いや、嘘と言ったほうが正しいか。私はずっと、お前にこう教えてきたな? ガルメンディア家は、魔女戦争において立派な功績を残した」


「はい、その事実が何か……」


「いいや、事実ではない。それこそが嘘。私は数百の騎士で構成される大隊の指揮を任された。しかし、功績と呼べるものは一つも残せなかった。むしろ、他軍から足手まといだと揶揄されるほどの醜態を晒してしまったのだ」


「な……」


 ヒメナは驚きのあまり、言葉を失う。ふらついてしまった。


 ガルメンディア家は魔女戦争において立派な功績を残した──それはヒメナにとって、当たり前だと言える話だった。だからこそ、それが偽りだったと聞いた途端、天地がひっくり返ったような錯覚を抱いてしまったのだ。


 ふらついた方の足を押さえるヒメナを見て、イメルダは眉を上げる。


「ふむ、これは騎士学校で知った可能性もあると思っていたが……その反応を見る限り、知らなかったようだな。良き友に恵まれたか、あるいは友に恵まれなかったか……まぁ、どちらでもいい。とにかく、ガルメンディア家は魔女戦争で汚名を残してしまった」


 イメルダは拳を軽く握った。


「屈辱だった。そして、これを私は不運だと思った。魔女戦争は、私の軍にとって不利な局面が多すぎた。だからこそ、やり直せばきっと結果は変わると考えたのだ。そして、実際に私はやり直しを図ろうとした」


「やり直し、というのは……?」


「そのままの意味だ。私が望んでいたのは、魔女戦争の再来」


 その言葉に、ヒメナは目をかっと開く。イメルダは顎を引き、続ける。


「そのためにまず、私は魔女になったのだ」


「そん、な……いや、でも、魔女になったって……」


 疑問を持つヒメナに対し、イメルダが先んじるようにして言った。


「魔女になるためには、悪魔との契約法を記した魔書が必要。全六百六十六冊の魔書はすべて、大陸のどこかにあるという禁書庫で厳重に保管されている。だから、魔女になるなどできないはず──その話を、お前はこの私にもするつもりか?」


「あっ……」


 ヒメナは息を吞んだまま、固まった。


 確かに、レルマ支部の支部長であり、魔女戦争時は一個大隊の指揮官を務めていたイメルダなら、禁書庫の場所を知っていてもおかしくない。立ち入る権利さえも有しているかもしれなかった。そこまでできるなら、魔書を手に入れることが不可能だとは言えなくなる。


「まさか、母様は魔書を盗み出して……」


「そうだ。まぁ、厳密には入れ替えたと言うべきだな。レプリカを作らせてもらったよ」


 どんなレプリカを、どうやって作り、どのような手口で入れ替えたかは分からない。それでも、これまでに魔書が盗まれたなんて話を一度も聞いていないことが、その計画の周到さと緻密さを物語っていた。


「そうして、私は騎士団に悟られずに魔書を手に入れ、魔女になった。それからは魔女を増やす勧誘活動に勤しんだ。まぁ、これはすぐ問題に直面したが……」


 イメルダは微苦笑を浮かべる。


「魔女のなり手が思うように見つからなかったのだ。候補は社会に不満や怒りを持っている者から選んではいたが、断る者や私を告発しようとする者が大半だった。いずれにせよ、みな消したが……」


 消したとは、殺したという意味か。その話自体にも慄然としたが、その話を淡々と語るさまにより慄然としてしまう。


「そこから、私は柔軟に考えることにした。大陸に混乱をもたらせるなら形にはこだわらないことにしたのだ。そして一から手段を検討し直そうとしていたときに、とある噂を聞く。それは、カミラ教が水面下で進めていたという実験の噂だった」


 その実験とやらには憶えがなく、ヒメナは首を捻る。地面に伏せているレティシアは、ぐっと眉を寄せていた。


「それから着想を得て、私は新たな計画を立てる。そして、アレを生み出す研究に勤しむことになったんだ」


「アレ、とは……?」


「ふむ、百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。良い機会だな。見せてやろう」


 イメルダが脇に逸れ、後方に視線を向ける。その視線の先には巨大な黒い靄が生まれ、その靄からは簡素なローブをまとった人間が姿を現した。


 だが、すぐ見立て違いに気付く。それは人ではなかった。姿形はほぼ人だが、皮膚は暗い灰色。瞳は赤く光り、額には二本の角が生え、口は牙が剥き出しとなり、耳は尖っている。その人ならざる何かは涎を垂らし、ヴゥ、ヴゥ、と獣に似た声を洩らしていた。


 その何かを見据えながら、イメルダが言う。


「私はこれを〈人工悪魔じんこうあくま〉と呼んでいる」


「人工悪魔……?」


「端的に言うなら、悪魔の細胞を取り込ませた人間だ」


「悪魔の、細胞……? そんなもの、どうやって手に入れて……」


「これはあまり知れ渡っていないことだが、血肉を差し出した代償として享受できるものは魔素だけではない。悪魔が了承さえすれば、悪魔の所有物はすべて享受が可能なのだ」


「それで悪魔の細胞を……? いや、それができたとしても肝心の取り込ませる人間はどうやって集めて……」


「それにはうってつけの人材がいた。行方不明になっても騒がれない、貧民街の非市民だ」


「貧民街の非市民……いや、待ってください……まさかっ……!」


 瞬間、繋がる点と点があった。


 人狼事件の捜査で貧民街に赴き、最初に訪れたバーで出会ったマスターはこう語っていた。


『二、三年前からか。貧民街は毎日のように行方不明者が出るところではあるが、その行方不明者の数が増えてる感じがあるんだ』


 その理由がやっと分かった。それは人工悪魔の素体とするべく、イメルダが貧民街の非市民を攫っていたからだったのだ。


「悪魔の細胞を人体に馴染ませるのには苦労した。何人もの素体を犠牲にしたよ。しかし、数年の試行錯誤の末にここは突破。そこで、私は希望を見たのだ。このまま性能を高め、量産した人工悪魔を野に放てば、きっと叶う。大陸に魔女戦争と同等の混乱をもたらすことができるとな」


 イメルダが浮かべた冷やかな笑みに、ヒメナはぞっとしてしまった。


「しかし、だ……」


 イメルダの声が低くなる。


「そんななか、私はとあるミスを犯してしまった。そのミスを犯したのが、あの夜のことだった──」

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