第2話 身体のためのお食事
薬膳の世界では、風邪は「ふうじゃ」と呼ぶらしい。百病の長というが、幼いころから聞いてきた「風邪は万病のもと」と似た意味なのだと思う。
夏の風邪は
そんな身体を整える食材は、きゅうりやトマトなど、
しかし実際に風邪を引くと、食欲が落ちたりはっきりとした味のするものが食べづらかったりする。なのでおかゆなどがうってつけなのだ。
なので
まずは豚汁を仕掛けて、お玉ですくったお味噌をお玉ごと入れておく。そうするとお味噌が柔らかくなって、溶けやすくなるのだ。
さて、お雑炊。白菜は繊維を断つ様に千切りにする。そうすることで早く柔らかくなる。それを土鍋に入れて、お水を入れて火に掛ける。ふつふつと沸いてきたら、和風だしの素を入れた。
煮ている間に青ねぎをたっぷりと小口切りにしておく。
土鍋にお豆腐を追加する。シリコンスプーンでざくざくと崩しながら、さらに煮込んでいく。
味付けはお塩のみ。動物性のコクも少しだけ。ささみの缶詰を汁ごと入れた。
ごはんは朝の時点で炊飯器にセットして、タイマーを仕掛けておいた。蓋を開けるとふかふかに炊けている。湯気が甘い香りをふわっと運んできた。
土鍋にごはんを加えて、さっとかき回して、お出汁がごはんに含まれるのを待つ。その間に卵を解きほぐしておく。
ふつふつと土鍋が音を立てる。良い塩梅になったので、卵を回し入れた。シリコンスプーンで大きく混ぜながら卵に火を通して、火を止めて青ねぎをどんと散らしたらできあがりだ。
「拓嗣くん、お待たせ」
「ありがとう。お手伝いある?」
「ほな、お茶碗とお椀とスプーン出して」
「うん」
そうしてふたりで食卓を整えて、ダイニングテーブルに向かい合わせに掛けた。それぞれのお茶碗にお雑炊をよそって、豚汁も注いで。
「いただきます」
「はい、いただきます」
揃って手を合わせた。千歳はお茶碗を持ち上げ、スプーンでお雑炊をすくう。ふぅふぅと息を吹きかけて、口に運んだ。
うん、ちゃんとできてる。千歳はほっとする。
「あ〜、優しい味やぁ〜」
拓嗣くんもひと口食べて、顔をほころばせている。
「白菜たっぷりで、お豆腐ふわっふわ。元気になる味やね」
「良かった」
「これが、風邪が良くなる薬膳なん?」
「風邪やけど、その中でも夏風邪やな。夏風邪は身体を冷ますんがええんやて。白菜とお豆腐とおくらは涼性で、熱を冷ましてくれる食材。卵は
「へぇ、いろいろあるんやなぁ」
「おもしろいよねぇ、薬膳。栄養素とは違う楽しさがあんねん」
千歳は過去ダイエットをしたときに、カロリーはもちろん栄養素なども一通り調べた。一時期低糖質ダイエットなども流行ったが、結局のところバンラスが大事だというところに落ち着いた。
炭水化物は食べるが量をやや控えめにして、たんぱく質をしっかりと。そうして代謝を上げてあげる。でもお野菜やきのこ類、海藻なども取らなければお腹の働きに影響がでるので、それなりに摂取する。繊維質も大事なのだ。
身体を作るためのお食事、悪くならないためのお食事、治すためのお食事。どれを切り取っても健やかに過ごすためのもので、それは一生続いていく。
たまにはジャンクフードを食べたって良いし、焼肉屋さんで赴くままに牛肉を食べたって良いし、海鮮市場でひたすら魚介類を食べたって良い。それは心の栄養になる。
日常に戻れば、食生活も戻せば良い。それだけだ。ただ、ストイックなのは性に合わないし、豚汁は欠かせない。
拓嗣くんと結婚して、拓嗣くんの豚汁は夜だけにしている。さすがに朝晩付き合わせるのは申し訳無いと思っている。飽きられても困るのだし。
拓嗣くんは実家では朝はパン食だったので、拓嗣くんには4枚切り食パンを焼いて、千歳は結婚前と変わらず豚汁メイン。他のおかずはハムエッグなどの洋風にして、同じものを食べる。白いごはんは夜にしか食べなくなった。
それで何ら不都合は無い。少なくとも千歳の身体はそれを受け入れてくれている。拓嗣くんも千歳の作るものを満足げに食べてくれている。
薬膳と出会って、浅くではあるが知ることができて、できる限りで実践をして、身体を労わるお食事をする。
それが良い効果をもたらせてくれたら良いな、とほんのり思う。そのうち拓嗣くんの身体も強くなって、千歳も日々健康でいられたら。
「千歳ちゃん、風邪はだいぶええねん。明日には仕事行けそう」
「ほんま? 無理したらあかんよ?」
「ほんまに大丈夫そうやねん。明日朝起きてみな分からへんけど、いつもやったら2、3日だらだら引きずるのに、今は結構すっきりしてる。まだ少し喉は枯れてるけど」
「それやったら良かった。あ、すいかも買ってきたから、あとで食べよね」
「やった」
すいかはカットされたものを買ってきた。ふたりだと8分の1個でも余ってしまう。なのでカットすいかで充分なのだ。
すいかも涼性だ。しかも赤い食べ物である。夏風邪にはぴったりなのだ。
千歳は豚汁をこくりと飲み、ふくよかな美味を味わう。我ながら上手にできている。
「豚汁におくらって珍しくない?」
「うん。でも豚汁には何でもありやねん。お味噌に合うやろ?」
「うん、美味しい」
拓嗣くんはにっこりと微笑んで、お椀を傾ける。
そうして和やかなお食事の時間は過ぎていった。
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