三十五本目 五つの柱
かつて、『オルスの奈落』で遭難した少年がいた。
「ㇵァァァァッ!!」
『グオオオオオオオオオッ!!』
少年――ウェイヴレットは、遭遇したキメラの顔面に剣を突き刺し――怪物と共に奈落の底へ落下する。
十層にも及ぶ落下を経て――
『グルゥッ!!』
「グッ……!?」
「ヤバっ————」
その落下の先に『
地面に追突する代わりに、ウェイヴレットは地面に広がる次元の穴へと突入し、不快な感覚と共に
「ぐぁ……!!」
気が付けば、落下の体勢から不自然に地面に横たわっていたウェイヴレット。
折れている腕を強打し、激痛に悶えながら必死に起き上がる。
「クソ……ここは……禁域の……中か……?」
見渡せば、そこは
――というのも、そこは、真っ黒な空間の中に、薄紫色の広い足場が連なっているだけの『世界』として欠如した場所だったのだ。
「なんダ、今度の冒険者は随分若いナ」
「……!?」
『禁域内で人の声が聞こえる』という違和感に、身体が激しく反応したウェイヴレットは、すぐさま飛び退く。
「おっと、いい反応だナ」
目の前に現れたのは、随分と歳を重ねた
「……」
普通に見ればただの老人。しかし、その背後に控える無数の魔物が襲う気配もなく、付き従っていれば話は違う。
「違和感にすぐ気がつき、飛び退くまでの反応速度、その若さでここまで辿り着く才能……いいナお前」
「……何者だお前」
ウェイヴレットの言葉に、老人はわざとらしく頭を下げた。
「初めましテ少年。――我が名は
※ ※ ※
「なん……で…………?」
死んだはずの親友が目の前に現れ、オレの頭の中は一気に掻き乱される。
「生きて……いやっ、でも……」
「アー……なんダ、お前……この身体の知り合い?」
様子のおかしい親友は、俺のことを見て――――一切の反応を見せない。
……幼い頃からの付き合いだというのに。
「……ウェイヴじゃ…………な、い……?」
確信があった訳じゃない。――それでも、自然と目の前の親友に似た
「オっ、勘がいいナ冒険者」
対し、親友の見た目をしている何者かはアッサリとその事実を認めてしまう。
「……何者だお前」
状況は全く理解はできないが、目の前の存在は親友・ウェイヴレットを冒涜しているような気がして剣を握る手に強く力を入れる。
「オレの名はオルスフェン。――お前らが『禁域』と呼ぶ
「……嘘をつくな。――イカれてるのかお前」
「ウソなんかじゃないサ。――現にオレの命令で魔物共は大人しくしていル」
「……」
そう、『オルスフェン』を自称する目の前の男が、魔物に命令を下し――実際に魔物達は人形のように動きを止めているのだ。
「……クソ」
何かしらの『魔法』だと考えれば、少しは納得は出来る。――しかし、聞いたこともないそんな魔法の存在を信じるくらいならば、相手が
「おー……少しはわかってもらえたみたいだナ」
ゆっくりと、じっくりと小さな火で脳の後ろ側を炙られているように……俺はジワジワと現実を理解する。
———
徐々に思考がグチャグチャになり、視界がにわかに歪み始める。
「そんな冒険者に質問なんだガ……」
そんな俺に、オルスフェンは言葉を投げかける。
「『アルティ』という冒険者はどいつダ?」
「!?」
なんで俺の名前を知っているかは分からない。
だが、そんな疑問よりも先に『禁域の
「っ……」
「んー……? どうしタ冒険者?」
不思議そうに首を傾げるオルスフェン。
「……」
「……」
「……」
このまま黙っていれば、もしかすればシラを切ることが出来たかもしれない。――だが、成り行きを見守っていた冒険者の視線がすべて俺を射抜いていた。
「ほゥ……」
その瞬間、オルスフェンの表情が歪む。
顔はよく見知ったウェイヴレットその人だというのに、別の人間かと見紛うほどに暗く……それでいて粘つくような邪悪な笑みだ。
全身を
「そうか……お前が『アルティ』か」
「っ……」
自分でも分かる。――今の俺はありえないぐらい顔が引きつっている。恐怖のせいで一言も発することが出来ない。
「う~ン……お前があの
「……白髪の女冒険者?」
ハッと顔を上げる。
「おま……お前……ブラン達をどうした……!! 『オルスの奈落』に行った冒険者を……どうした……!?」
嫌な予感に、心臓がうるさい。
呼吸が浅くなる。
先ほどより頭の裏側が激しく燃えているような錯覚がある。
「なんだ、
変わらず邪悪な笑いを浮かべて、オルスフェンは自身の後方を親指で指し示す。
「ぁ……?」
俺は言われるまま、オルスフェンの後方——大通りに目を向けて、
「ッ!?」
言葉を失った。
「ハハハハハハハハハッ!! いいオブジェだろウ?」
トロール達が持ち上げている木の柱。
多くの魔物——異形に囲まれる
「ブ……ラン……?」
「うそ……だろ……」
「あ、ありえない……!!」
「負けたのか……!?
「待てよ……だって……あの騎士団長とか……魔法師団長も……メチャクチャ強かったじゃねぇか……」
禁域の
「ブラン!!!!」
血に汚れた白髪が、ぐったりと瞑目する表情が、今も傷口から血を流し続ける彼女を見て、俺は咄嗟に走り出す。
「おっト……!」
「ぐァ……!?」
オルスフェンの隣を走り抜けようとしたとき、俺は首を掴まれ——そのまま地面に転がされてしまう。
「落ち着けよアルティ、まだ死んじゃいなイ」
剣先を地面につき、地面を膝についてオルスフェンを見上げる。
「だがあの出血量だ。――じきに死ぬ」
「クソ……!!」
オルスフェンは二刀の剣を抜き放ち——わざとらしく両腕を広げる。
「オレの目的は一つ。――最高に楽しい戦いをしたイ!!」
「ふざけるなよ……イカレ野郎……!!」
オルスフェンを睨みつけ、怒りを隠しもせずぶつける。
「来イよアルティ!! ――お前らの『英雄』が死ぬ前にオレを殺して見ロ!!」
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