三十三本目 信頼

 早朝の広場。


 俺とキイラは木剣を使って毎日の訓練に励んでいた。


「でぁッ!!」


 俺の剣をギリギリで潜り抜け、キイラは俺に向けて木の刃を振う。


 対して俺は身を捻り、剣を引き戻してキイラの木剣を受け止め——


「あ————」


 『ボキ』という音と共に、受け止めたオレの木剣が根本から折れる。


「す、すいません! 僕、思いっきり打ち込んでしまって……」


「何言ってんだ、キイラの力で打ち込んだくらいで木剣が折れる訳ないだろ。――この間、ブランと猛特訓したのが原因だろ」


 オレは折れた刃先部分と、柄部分を両手に持って木剣を見下ろす。


「……買ったばかりだったんだがな」


 二つに分かれてしまった剣に、オレはなんだか胸騒ぎがして、一人オルス山脈の方角へ顔を向けた。


「……大丈夫だよなブラン——?」



 ※ ※ ※



「まぁ、こんなもんだよなァ……」


 暗闇の支配する『オルスの奈落』最下層。


 その中央で、禁域の主——オルスフェンは心底つまらなさそうに後頭部を掻いている。


「所詮、だナ」


 オルスフェンは新緑の瞳で、眼下に転がる


「オレが本気出すと、人間ってのは何にも出来ないんだよなー……本当につまらなイ」


 オルスフェンは足元に転がるヘリオス……その顔面のすぐ横に剣を突き刺すと、しゃがみ込む。


 そうして、気を失っている大男へゆっくりと顔を近づける。


「つまらなイから……その下の女ごと、殺しちゃうカ?」


 ヘリオスの下に横たわるのは、血の涙を流すセレストだ。――ヘリオスと同様、気を失っている。


 フランツは右足を失い、ソフィアは真正面から袈裟に斬られ……その黒い甲冑と金の絹のような美しい髪を鮮血で濡らしている。



「……さ……せ、ない……!!」



 その時、冒険者の中で一人だけ立ち上がった者がいた。


「……確かに切り刻んだはずだがナ?」


「……だと……したら、君は……剣術の……才能が、ない」


 頭部からは大量の血を流し、純白の髪を血で濡らす。右肩は深く裂かれてうまく力は入らないだろう。右の脇腹には刃が貫通したような跡があり、左足のふとももにある刺創のせいでまともに歩けないでいる。


 立っているのもやっとの容態だ。


「言うネ。――オレの本気を見て、立ち上がった奴は初めてだ」


 それでも、冒険者——ブランは禁域の主に立ち塞がった。


「……オルスフェン」


「なんダ冒険者?」


 地面に突き刺す斧槍……それを握る手に力を込めながら、ブランは目の前の怪物へ言葉を投げかける。


「……君は、戦うの……好き、なんだね」


「……」


 ブランの言葉に、オルスフェンは真っすぐブランの瞳を覗きこむ。――そして、『ニィ』と邪悪な笑みを浮かべる。


「お前らが魔剣域ダンジョンと呼ぶあの空間は退屈でなァ……」


「……」


「周りの魔物共バカどもも喋れねーシ……とにかくやることがねぇんだワ」


 『おォ……』とわざとらしく泣いたフリをするオルスフェンは、しかし、次の瞬間には先ほどと同じような笑みを浮かべる。


「唯一の楽しみは、たまにやってくる冒険者おまえらとの戦いだけなんダ。――だからつまらない戦いは心底嫌いダ。せいぜい楽しませろ」


 右手に持つ刃をブランに向け、左手の剣を逆手に構えるオルスフェン。


「ふぅ……——」


 息を一つ吐き、ブランは斧槍を振り回して構える。


「……オルスフェン」


「――なんダ」


「……君は強くなんかない。自分より弱い人間をいたぶって、尊厳を踏みにじって、『強い』気でいるだけの……


 その柳眉に強い意志を灯し、少女は怪物をまっすぐに睨みつけた。



「君は……あの人には——アルティには



「…………何を言っていル女?」


「……さぁね、負け犬の遠吠えだよ」


 目の前の、今にも死にそうな人間が吐く言葉が、オルスフェンのことを侮辱し――怪物は密かに眉をひそめる。


「……そうカ。――死ななければもう一度話を聞いてやル」

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