三十二本目 オルスフェン

「オルスフェンって……」


 明らかに動揺の色を見せるのはヘリオスだ。


テラスが直接出てくる魔剣域暴走オーバーノーマッドなんざ……聞いたことがねぇよ」


「よりにもよって、それが七大禁域の一つで起こるとはな……」


 『オルスフェン』と名乗った青年の手に握られている『オルスフェンの魔剣』を見て、一同は誰も彼の言葉を疑わない。


 なぜなら、『七大禁域を攻略した青年が冗談を言っている』状況より、『テラスが出てきて魔剣が閉じた』と考える方が妥当性があるから。



「ビビってんじゃねぇ」



 そんな時、セレストが弓を片手に前に出る。


「めんどくせぇ魔剣域ダンジョン探索が無くなったんだ。――むしろノコノコ出てきたコイツに感謝すべきだろ」


 空色の髪をかき上げ、獰猛な笑みでセレストはオルスフェンを睨みつける。


「……同意。――手間が省けた」


 ブランもセレストに続き、前に出ながら軽く斧槍を振り回す。


「「「…………」」」


 ブランはいつも通り感情の薄い表情で——それでいて至極冷静に、勇ましく前に出ている。


 他の三人は、互いに目を合わせ————嘆息したように息を吐いた。


「……だね。僕たちの前に出てきたことを後悔させてやろう」


「おう、第一生意気なんだよあのクソガキ。――大事な部下を殺しやがって」


「……仇は必ず討つ」


 そうして、英雄と呼ばれた者達は『災禍』を名乗る青年の前に並び立つ。


「さて、今回の英雄達おまえたちはどんな味だろうなァ?」



 ※ ※ ※



「はあぁッ!!」


 最初に動いたのはソフィアだ。


 大剣を上段に構えながら跳躍。――力の限り黒髪の青年……オルスフェンに振り下ろす。


「……」


 オルスフェンは『ニッ……』と笑みを見せると……でソフィアの大剣を受け止めてしまった。


「くっ……」


 全身の力を込めて刃を押し込むソフィアだが……剣は一向にオルスフェンを押すことはない。


「フッ……!!」


 ソフィアに続くように今度はヘリオスがオルスフェンを両断しようと斧を薙ぎ払う。


「いいねェ……!」


 オルスフェンは腰からを引き抜くと、ヘリオスの極厚の斧……その刃を軽々と受け止めてしまう。


「バケモノか……!」


「人間ではないナ」


 瞬間、無言のブランが迫り——オルスフェンへ斧槍を突き出す。


「おしイ」


 しかし、オルスフェンはソフィアの剣を、自身の剣をズラすことで真横に落とし、ブランの一撃を防ぐ。


「よっト……」


 続いて、ヘリオスの斧を受け止めている剣の力を抜き――瞬時に力を入れることで大きく弾く。


「終わるなヨ?」


「ッッ!!」


 刹那――ヘリオスに交差したオルスフェンの刃が迫る。


「――させるか」


 だが、直前にセレストの氷矢が交差する刃の中心に直撃。


「っとト……」


 オルスフェンは想定外に迫った矢の勢いに押されて大きく後方に追い出される。


「後衛もやるじゃン」


 不敵に笑うオルスフェンは、そのまま後方に大きく跳躍し――の上に着地する。


「おい上裸じょうら!! アイツはどこだ!!」


「上裸じゃねぇーよ!! ――上層、十一時の方向!!」


 キレるフランツは、暗闇の中から荒々しい魔力の放出を感知し周囲に伝わるように声を張り上げる。


「上出来だ……!!」


 セレストは情報と、足音を元にオルスフェンの位置を割り出し――次々に氷矢を撃ちこむ。


「伸びろ——『立樹成育ジュッド』!!」


 ヘリオスも、樹木でオルスフェンを捕えようとするが——手ごたえは一向にない。


「逃がすかよ!!」


 オルスフェンの走る音を頼りに、いくつもの氷矢を速射するセレスト。


「当たらねぇナ」


「これならどうだッ!!」


 刹那、『ウィンド』の声と共に、広範囲を押しつぶす風の奔流が展開される。


「うォ………」


 風が吹いたのち、オルスフェンの動揺が漏れる。―――その声を聞き逃さなかったヘリオスは再び伸びる樹木を展開。


「お、おオ………?」


 広範囲の樹木がオルスフェンの身体を包み———圧殺に掛かる。


「まだだ!! 誰か止めを!!」


「任せろッ!!」


 叫ぶヘリオスに呼応したのは大剣を握り締め、既に幹を伝って突貫しているソフィアだ。


 彼女は大剣を振り上げ——


「燃え尽きろ——『炎華絶剣フレイヴ』ッ!!」


 次の瞬間、暗闇を吹き飛ばすほどの大火力が、大炎柱が吹き上がる。


「死んでてくれよ……!」


 特別報酬個体ネームドすら灰に変える一撃をもって燃やされる禁域の主に、一同は固唾を飲んで見守る。



「いい火力ダ」



 しかし、絶望は絶えない。


「ぐっ……!!」


 炎の中から、衝撃波が放たれ、炎の柱を消し去り——近くにいたソフィアを地面へ叩き落す。


「だが魔法じゃオレは殺せない」


 瞬間移動のようにオルスフェン。


「ッ!!」


 首に向かって薙がれる刃を紙一重で回避したセレストは、そのまま後方に宙返りをして高く飛ぶ。


接近戦こうなることは想定済みだ……!!」


 空中で体勢を整えると、


「出てこい——製武氷作アエレス!!」


 武器創造の魔法にて、氷の針を複数生成。


「蜂の巣にしてやるよ……!!」


 身体強化の膂力に任せて、セレストは針を投擲した。


じゃ、穴は開かないナ」


 しかし、オルスフェンは向かってくる氷針を双剣で全て叩き落すと……セレストの着地を狩るべく力を貯めて、


「させない」


 次の瞬間、ブランがオルスフェンに斬りかかる。


「いいカバーだなァ!」


「……いくよ」


 そうして始まるのは、ソフィアやヘリオスさえも程の剣戟だ。


「は、速すぎる……」


「……こんなの、割って入れば逆に足手まといだぞ……!」


 振り下ろされた斧槍の斧を剣が受け止め、横なぎの剣を柄を振り回すことで弾き、添えた手で斧槍をカチあげて下方から相手の頭を狙う。


 何合打ち合っただろうか。


「雨を纏え——碧槍雨ブルーレイン


「こんな状況で魔法とはイカれてるなァ!!」


 そんな高速戦闘下で、ブランは魔法を発現させる。――瞬間、人体を易々とであろう小さな雨がブランとオルスフェンのに振り始める。


「はははッ!! 死ぬ気かオマエ!!」


「……そんなつもりはない」


 オルスフェンが疾風の如き剣速で次々雨を打ち払っている中、ブランはまるで水のように次々と雨をかいくぐり、時には斧槍で雨を撃ち落としながら、流麗にオルスフェンに接敵する。


「いいな、オマエ最高だッ!!」


 常に移動しながら、オルスフェンの死角から攻撃を仕掛け続けるブラン。――だが、対するオルスフェンも人外たる膂力で雨を打ち払いつつもブランに対処して見せる。


「……クソッ、なんだあの戦いは……!!」


 あまりに異常な戦いに、舌打ちをするのはセレストだ。


「嘘だろ……セレストとヘリオスあんたらも大概強いが……ブランあいつは次元が違う……!」


 冒険者の最高位である金Ⅰ級と、禁域の主。――両者の戦いにフランツは頬を引きつらせる。


「っと、あぶねェ!!」


 そんな中、ブランの魔法が終了し、オルスフェンはやっとブランとまともに剣を合わせる。


「曲芸はこれでお終いカ?」


「……まさか」


 再びの高速の剣戟。――いくつもの打ち合いの末に、ブランは上段からの大ぶりの一撃を放つ。


「ハッ、魔法が終わって焦ったカ!!」


 あまりに大味な一撃に、バカにしたように笑うオルスフェンは、力任せの一撃を二つの剣で受け止めようと構える。


「……」


 その時だった。


「なッ……!?」


 ――ブランの斧槍は、双剣をオルスフェンの態勢を大きく崩した。


「なんダこの技ハ……!?」


「……これで終わり」


 地面に引き倒されたオルスフェンは、予定調和のように突き出されるブランの矛先を知覚する。


「ハッ……出てきて正解だっタ……!!」


 刹那――


「!?」


 オルスフェンの裏拳がギリギリ


 横合いから叩かれた矛先は、間違いなくオルスフェンの頭部を貫く軌道を逸らされ——彼の耳を裂く程度にとどまる。


「残念だった……ナァ!!」


「く……!?」


 ニヤリと笑うオルスフェンは、低い体勢から拳を突き出し――直前で柄でガードしたブランを大きく吹き飛ばす。


「――!」


 ブランは、地面を蹴り後方宙返りをしながら、


「逆巻け落水——」


 詠唱を紡ぐ。そして――


水簾隆起フォールアッパー!!」


 高所から落下した滝……そんな岩をも砕く水流が突如としてオルスフェンの足元から現れる。


「おいおい、萎えるから負け犬の遠吠えみたいな魔法はやめろヨ」


 他のメンバーの所に着地したブランは、みんなと水流の中から姿を現したオルスフェンと向かい合う。


「……あの猛攻をしのぎ切るなんて」


「これが……禁域のテラス……!」


「……」


 悠然と歩み寄ってくるオルスフェンに、一同の緊張が高まる。


 そんな時だった。


「今回の冒険者も強い。――だからオレも、もう少しヨ」


 少年のように嬉しそうな笑みを浮かべるオルスフェンは、暗く光る指先で何かを描き――その光を高く掲げた。



「顕現せよ――『深淵の法則オーダーオブアビス』」



 幾人もの英雄を飲み込んだ『闇』が、開口する。

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