十七本目 猶予

 ギルドの二階は基本的にギルド職員専用のフロアだ。


 しかし、『冒険者が入ってこない』ため、事前にギルドへ相談し、二階の一室を密談の場所として利用する冒険者もいる。


「で、栄誉ある騎士団長様と魔法師団長様が、こんなところになんの用だ?」


 そんなギルド二階の一室で、セレストとヘリオスは、カイ王国騎士団の団長ソフィア・バレルダインと、魔法師団の師団長フランツ・ヴァンダーナックと向かい合っていた。


「まずは忙しい中、わざわざ時間を作って頂き……感謝する」


 ソフィアは、眼前の冒険者達に軽く会釈をする。――いうなれば、『人』として当たり前の挨拶。


 しかし、せっかちなセレストは、そういった社交辞令などを嫌がり、ソフィアに青筋を浮かべる。


「そーゆーのいいから——」


「あーはいはい、僕が話すから大丈夫だよセレスト」


 流石に王国の重鎮に、セレストの口の悪さはヤバいと悟ったヘリオスは、『むぎゅ』とセレストの口を塞ぐ。


「ん~!! ん~!」


「……大丈夫かソイツ?」


 今にも誰かに暴力を振ってしまいそうなヤバい目をしてヘリオスを睨むセレスト。そんな彼女を見て、フランツはドン引きしながらヘリオスの心配をする。


「は、はは……た、多分大丈夫じゃないけど……——そ、それよりご用件は!」


 テーブルの下で、誰かが誰かの足を蹴っていそうな音がするが、ヘリオスの言葉に話は進む。


「先日、『オルスフェンの魔剣』攻略作戦について、説明したのは覚えていられるだろうか?」


「あぁ……はい。――あんな大事なこと、忘れたくても忘れられませんよ」


 ヘリオスは、ブランが『オルスフェンの魔剣』監視チームを助けたと言われたあの会議を思い出しながら、ソフィアの言葉に神妙に頷く。


「その作戦について、先日フランツに詳しく調査してもらったのだが——」


 ソフィアは、そういってフランツへ視線を向ける。


 ――それが、『調査の報告を二人に伝えろ』という合図だと察すると、フランツはソフィアの言葉を引き継ぐ。


「その調査で、実際に魔力の高まりについて——活性化について確かに観測した。……正直、ありえないぐらい魔力があふれ出している」


「――本当か?」


 フランツの言葉に、セレストはヘリオスの手を引きはがすと、重苦しい口調でフランツへ真偽を投げかける。


 そんなセレストへ、大きく頷くと、フランツは続く言葉を紡ぐ。


「実際に、かなりの魔物が魔剣域ダンジョンから這い出していて……『オルスの奈落』——いや、周辺の山々の魔物分布にも影響を及ぼしている」


「……前にブランとアルティ達が、東の雑木林でハーピィとキメラに遭遇したって言ってたな」


「だな。――既に影響が出始めてるってわけか」


 初心者ルーキーがよく足を運ぶ『東の雑木林』。――そんな所で、『オルスの奈落』に生息する魔物に遭遇したとあり、ギルドではしばらく話題になった事件だ。


 ――そんな事件を引き合いに出されたセレストは、ソフィアへ視線を向ける。


「どうするんだ騎士団長サマよ。――このままじゃ民間人まで被害が出るぞ」


「あぁ……だが、まだ準備が足りない。――フランツ、このまま『オルスフェンの魔剣』の活性化が進むとどうなると考える?」


「魔力が溢れてるとなると……具体的には魔剣域ダンジョンの入り口に大量の魔物が集まってるってこった。――順当に活性化が進んだとしたら……今以上の魔物が魔剣域ダンジョンからあふれ出すだろうよ」


魔剣域暴走オーバーノーマッド……」


 魔剣の活性化により魔物があふれ出す現象——魔剣域暴走オーバーノーマッドは時折報告される災害の一つだ。


 だが、人間が歴史を刻み始めて、七大禁域と呼ばれる魔剣たちが暴走したという記録はない。


 ――いや、仮にあったとしても……歴史を記録する者——人間が誰も生き残らなかったか。


「やはりそうなるか……」


 顎に手を添え、ソフィアは静かに瞑目して……ゆっくりと目を開く。


「とはいえ、準備が足りない。――騎士団や魔法師団の人員選定や冒険者への依頼書クエスト発注……——あとは周辺国家のギルドに所属する金級ゴールドの冒険者への応援要請……」


「おいおいソフィ、いくら何でもそんなに時間はないぞ?」


「……実際、暴走までの猶予はどれくらいなんですか?」


 ヘリオスの言葉に、フランツは指を二つ立てる。



「二か月は保証しよう。――それ以上時間を掛ければ……博打になる」



「「「…………」」」


 フランツの言葉に、三人は黙り込む。


「……セレスト殿、フランツ殿」


「……なんですか?」


「……」


 ソフィアの声に、二人は視線を向ける。


「難しいことは私がなんとかする。――二人は『その時』まで英気を養って……覚悟をしておいて欲しい」


「……はい」


 その言葉に、ヘリオスは重く頷き、


「……あぁ」


 セレストは、ヘリオスへ視線を向けながら——頷いた。


「ところで、もう一人の金級ゴールドの嬢ちゃんはどうしたんだ?」


 そこで、場の空気を換えるようにフランツが疑問を口にした。


「……チッ」


「……なんでオレ舌打ちされた?」


「ホントにごめんなさい……」


 そのまま瞑目して顔を逸らすセレストの代わりに、ヘリオスは頭を下げてフランツの言葉に答える。


「ブランは今、例の『東の雑木林』に行ってるみたいです」


「先ほどの事件の調査か?」


 ソフィアの言葉に、ヘリオスは首を振る。


「いえ、最近銅級カッパーの冒険者とよく一緒に依頼クエストに行ってて……ゴブリン退治してるみたいですよ」


「はぁ~……オレらがこんなにクソ忙しいときに……」


 『金級ゴールドの考えることはわっかんねぇなぁ』なんて愚痴を零すフランツ。


「馬鹿者」


「あいでっ!?」


 ソフィアは、そんなフランツの頭に手刀を落とす。


「何か考えがあるのだろう。――彼女の考えが分からぬ内から決めつけるな」


「あいあい……普段はクソ堅物なクセに、やけに柔軟な考えのことで」


「……なんだ、やるのか?」


 ジト目で見てくるフランツに殺気を放つソフィア。


「騎士団長のクセにすぐ手を出そうとするな!?」


 流石の身のこなしで咄嗟にソフィアから距離を取るフランツ。


 そんなフランツにため息をつくソフィアは、ヘリオスへ目を向ける。


「すまない、今回は冒険者であるお三方の力が最も重要なのに……あのバカが冒険者に対し失礼なことを……」


「いいですよ。――それに実際のところ、ブランの考えていることは僕にも分かりませんし」


 『はは……』と苦笑いを浮かべるヘリオス。


 すると、セレストがスッと立ち上がった。


「……話が終わったなら帰るぞオレは」


「あぁ……時間を取らせて申し訳なかったな」


「フン……」


 セレストはポケットに両手を突っ込むと、部屋を後にする。


「じゃあ、僕もこれで……今回のことは僕たちの方からブランに伝えておきます」


「助かる」


「はい、じゃあ……失礼します」


 そうして、セレストとヘリオスはギルドへ戻っていった。

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