十本目 イレギュラー

「痛って〜………」


「大丈夫? やっぱり治療しようか?」


「いやぁ、依頼クエスト前に無駄に魔法使うのは良くないって……余裕とはいえ……な?」


「そう?」


「そうだよ」


 いつものゴブリン退治、いつもの場所へ、金級冒険者を引き連れていく。


 不思議な感覚になりながら、俺は掲示板ボード前でボコボコにされた傷をゆっくり撫でる。


 ブランは気にして治療してくれようとするが、いくらブランには簡単な依頼クエストとはいえ、貯めた練気を無駄に使わせたくなかったため、治療は断った。


「それより、本当に俺の依頼クエストを受けてよかったの?」


「うん。――――私も技術を磨くために身体強化なしで戦おうと思って……それならいつもアルティが受けてる依頼クエストの方がいいでしょ?」


「まぁ……それはそうだけど……」


 正直、前回の立ち合いで見る限り、身体強化なしの技術もブランはズバ抜けている印象がある。個人的には無理に俺に付き合う必要もないレベルだと思うのだが——


「……」


 感触を確かめるように斧槍をブンブン振り回すブランをみて、俺は口を噤んだ。


 要するに本人の満足度の問題なんだろう。――実際、ブラン本人は今の自分の技術に納得いっていないのだ。なら、俺はその心意気を無下にはしない。


「ほら、アルティ。着いたよ」


 カイ王国の街から東へ二時間ほど歩いた所にある雑木林。


 いつもの狩場だ。


「…………?」


 だが、俺はある違和感を覚える。


―――ゴブリンが……入り口に…………?


 雑木林の入り口に五~六匹ほどのゴブリンの群れが確認できたのだ。


「……いつもこんな入り口にいるの?」


「いや……むしろ、こんな入り口に出てこないために毎日ゴブリン退治の依頼が来てるぐらいだ……」


 自慢じゃないが、この雑木林でのゴブリン退治は、ギルドが断らない限り続けてきた。


 食い扶持を稼ぐために、それなりの数を毎日駆逐してきたハズ。――こんな雑木林の入り口まで出てくるほど放置した覚えはない。


「……とりあえず駆除しよ? このままじゃ近くを通った人が襲われる」


「あ、あぁ……そうだな」


 ブランは斧槍を構え、俺も剣と盾を構える。



 ※ ※ ※



 ギルド、受付。


「この依頼を頼む」


 ヘリオスはとある依頼書クエストを受付にもっていく。


「はい、受け付けました。――――また長丁場になりそうな依頼ですね」


「あぁ……けど、報酬がいいからね」


 ヘリオスは、後ろでブスッとしているセレストを携え、受付嬢と簡単な世間話をしている。


「…………」


 と、不意に彼は周囲を見渡した。


「どうされました?」


「あぁ、いや……今朝の少年が見当たらないなと思って」


「ああ、あの子ですか? ――あの子ならゴブリン退治の依頼書クエストを受けてへ向かいましたよ」


 『スゴイ速さで走っていきましたよ~』なんて補足してくれる受付嬢。


「そうか…………確か東の雑木林はアルティの狩場だったよね?」


「ですね~。今朝もブランさんと一緒に出掛けました」


 『チッ』とセレストから舌打ちが上がるが、『アルティとブランが気に入らないだけなんだ』と受付にキレているわけではないことを説明するヘリオス。


「まぁ、アルティが居るなら……万が一もないだろうな」


「意外ですね~、ヘリオスさんってそんなにアルティさんのこと評価してらしたんですね?」


「まぁ、ね」


 ヘリオスは契約金を受付に渡しながら言葉を続ける。


「……実力のことはなんでもいいけど、あの人の人柄をオレは高く評価してるよ。――あの子が危険な目にあってても、あの人なら絶対に助けてくれる」


「あ~、確かにアルティさん、お人好しですもんね~」


 そんな世間話に、イラついたセレストが盛大に舌打ちをする。


「オイ、もう行くぞヘリオス!!」


「あっ、ちょっ……」


 大柄な男を引きずる美女は、そのままギルドを後にする。


「いってらっしゃぁ~い」


 そんな二人を、受付嬢はのんびりとした声で見送った。



 ※ ※ ※



「どう、アルティ? なにか直した方がいいところあった?」


 ゴブリン退治を終え、剣を鞘に戻す俺にブランはズイズイと迫る。


「えっとだね……ブランさん?」


 俺としては、初めて身体強化なしであれだけ戦えるブランを見て、自信を喪失しそうな勢いだったため、若干ブランの勢いに引いてしまう。


「あんだけ戦えてれば充分でしょ? ――逆に凄すぎて泣きそうだよ俺」


「いや、絶対アルティの方が凄かった。――――そんなアルティからアドバイスが欲しい」


 なんだこの向上心の塊……


「わ、わかったわかった……まずはゴブリンの角を取る。――そのあとでいいか?」


「もちろん」


 そうして、ナイフでゴブリンの角を採取しようとした時だった。


『ギャァァァァァァァァァァァァ』


 鼓膜を切り裂かん勢いで響く異音と共に————



 俺は



「へっ?」


 呆けた声が出てしまった。


 しかし、肩に食い込む爪の痛みが俺を無理やり現実に引き戻す。


「っ……!!?」


 ハーピィはこんな街の近くにある雑木林に出ていい魔物じゃない。


 普段は、険しい山に生息するはずの魔物のはずだ。


———待て待て、そんな悠長なこと考えてる場合じゃない……!!


 既にかなりの高度に連れ去られてる。


 眼下のブランも、あまりの高さに俺を心配して、抱えているハーピィを撃ち落とせずにいる。


「ッ!? 気を付けろブラン!! !!」


 その時、俺の視界にブランの背後から強襲するハーピィが見えて、全力で叫ぶ。


「――――」


 すでにブランと距離が空いてしまい、彼女の言葉は聞き取れない。


 だが、ブランは華麗にハーピィの攻撃を回避し迎撃を始める。


———何匹かいるが……ブランは心配ない。問題は……


 俺は血が滲むほど俺の肩を鉤爪で掴むハーピィを見上げる。


「……」


 俺は無言で下を見つめる。


「…………」


 そして再びハーピィを見上げ——


———やるしかない……!!


 俺は腰から抜いた剣を——容赦なくハーピィへ突き刺した。


『ギィィィッ!?』


 切っ先は運よく心臓にでも突き刺さったのだろう。――すぐに不快な落下の圧が俺を襲う。


「――」


 内臓丸ごと持ち上げられているような感覚に、俺は年甲斐もなく涙を浮かべる。


「――――ッ」


 何とか剣を鞘に収めると、眼下に迫る木に対し、俺は盾を構えて備える。


 刹那――衝撃と共に、枝葉が全身を擦っていく。


「グッ……!?」


 途中で太い幹にぶつかり、勢いよく回転した俺は背中から地面に激突する。


 いくら木がクッションになったとしても、背骨が折れたんじゃないかと勘違いするほどの衝撃が伝わり、俺は地面で悶える。


「ァ……ぐッ……うァッ……!?」


 幸い、他の魔物の襲撃はなかったものの、痛みに晒された俺はしばらくしてゆっくりと立ち上がる。


———立ち上がれる……なら、大丈夫……大丈夫だよな?


 普段ゴブリン共と戦ってても、こんな痛みを味わ事はない。――変な不安に襲われながらも、俺は周囲を確認する。


「………どこだここ?」


 普段も探索しているハズの雑木林。


 しかし、上空から落とされたせいか、俺は現在地が分からず周囲を見渡してしまう。


―――いや、出口の方角だけなら分かる…………理由はわからないが、今日は


 とりあえず、脱出の方向で出口を目指すことにする。


 のだが——


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 悲鳴が俺の耳朶を揺らした。

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