第2話 草村アカリ、生卵のつぶてを受ける
生卵の
四つまでは両手で受け止め、五つ目は額で受け止めた。
「やっほーい、命中~~~」
「あー、くそ。俺もっ」
周りを取り囲むクソガキどもが手を止めた一瞬の隙に、草村アカリは手にした卵をポケットに入れ、次の襲撃に備えて身構えた。
卵は貴重なたんぱく源。
割ってはいけない。
「あー、あいつ、卵隠し持ちやがった!」
「マジで⁉ マジで貧乏か‼」
クソガキどもが耳障りな笑い声をあげる。
「おい、クサムラ。土下座して俺の靴を舐めれば、もっと卵恵んでやってもいいんだぜ?」
しつこく付きまとってくる男子三人組の中核は、真田
学校に某ブランドの高級腕時計をしてきて先生に取り上げられていた。
ちょっと、頭が悪いと思う。
「……舐めないけど、ゆで卵にしてもらえると助かる」
ゆで卵なら割れないし、ガスを止められても食べやすい。
「はあああ? お前、クサムラのくせにこの俺に指図しようって言うのか?」
率直に希望を言っただけだったのだが、真田の機嫌を損ねたらしい。
「おい、クサムラ。真田さんに謝れ」
「そうだそうだ、靴を舐めろ!」
取り巻きがやいやい騒ぎ出す。
「えええ~、やぁだ~、豹ったら。ひっど~ぉい」
離れたところから高みの見物を決めている谷口カナがわざとらしい声を上げた。
「それはさすがに草村さんが可哀そう」
「そうだよぉ、止めてあげなよ」
谷口カナは所謂クラスの女王様的存在で、沢山の取り巻きを引き連れ、真田豹の彼女的ポジションをゲットしている。
カナの言葉に同調して、取り巻きたちが騒ぎ出した。彼女たちはその媚びた声音が真田を煽ることを知っている。
一人では何にもできないくせに。このクズが。
彼女たちの期待に満ちた視線に吐き気がした。
一切無視して、地面に散らばった本日の貴重な食料、パンの耳オンリー弁当を拾い集めようとすると、
「待て! 真田さんに謝るまで通さないぞ」
真田の取り巻きに左右両方から両腕をつかまれて、地面に這いつくばらされた。
のは別にいいんだけど。
せっかくの卵が割れてしまわなかったか心配だ。
コツコツコツ、……
上から抑え込まれて地面に這いつくばっているアカリの目の前に、ピカピカに磨かれて
「……ほら、舐めろよ」
どこかもったいぶったような、真田の声が落ちてくる。
真田の靴はどこかの高級革靴店のオーダー品らしい。
その艶めいた輝きを見ていると、昨日食べた野菜の皮炒めよりも美味しいのではないかという気がしてくる。
……いっそ、食べるか。
ガブッ
かぶりついたら思ったよりは柔らかく、滑らかで、高級素材の味がした。
「うわぁ―――っ‼︎ こいつ、噛みついたっ‼︎」
真田が情けない声を上げて、足を振り回し、しこたま顔を蹴り飛ばされる。
普通に痛い。けども、さすがの高級素材。当たりはそれなりにソフトらしい。
「真田さんっ、大丈夫ですか⁉︎」
「しっかり‼︎」
アワアワする取り巻きたちに囲まれて、真田がヒステリックに喚き散らす。
「は、……歯形が付いてるっ‼︎」
「あああっ、真田さんのオーダーメイドが‼︎」
「メイドイン、イタリーがっ‼︎」
取り巻きたちの手が離れたので、立ち上がって顔を拭う。
大丈夫、卵は無事だ。そして歯も丈夫だということが分かった。
「豹に噛み痕付けるなんて許せな~いっ‼」
谷口カナがどこまでも可愛らしさを重視した怒りのポーズを見せ、つかつかと近寄ってきたかと思うと、
ガッ‼
「おい、カナっ‼」
真田のふざけた蹴りとは比べ物にならない強烈な一撃が顔面に飛んできて、アカリの視界が一瞬霞んだ。
普通のローファーは当たりが鋭く、イタリア製の高級素材とは出来が違うらしい。
「女の子を蹴るなっ」
……いや、お前がな。
「草村アカリをいじめていいのは俺だけだ」
……いつ誰が許可した。
突っ込みどころ満載な真田がアカリの頭を抱え上げる。
「ごめんなさい、豹。カナ、……豹のために、って……」
谷口カナが大きな瞳に涙をいっぱいに溜め、真田にしなだれかかりながら上目遣いで見つめる。
重そうなまつげをバチバチ揺らして、地味に、膝でアカリの顔を踏んでいる。
「……いいからお前、先に教室戻ってろ」
「うんっ、放課後の新作フラペチーノ、カナがおごるねっ」
これ見よがしに真田の頬にピンク色のやたらプルプルした唇を押し当てて、カナが取り巻きと共に去っていった。
谷口カナ。絶対泣いてない。さりげに人のこと膝蹴りしてったし。
「ヤマっ、タケっ‼ 水持って来い、水っ」
「あ。……はいっ‼」
ヤマトとタケル。真田の取り巻き2人が慌てふためいて飛んでいく。
……水?
よく分からないけど、気が済んだなら離してほしい。
真田の膝の上から頭を起こそうとすると、
「バカ、動くな」
上から真田に押さえつけられた。
「痕が残ったらどうすんだ」
……痕?
真田を見上げると、男のくせに無駄に整った顔が見下ろしてきた。
きめ細かい肌。整った鼻筋。長いまつ毛にパッチリ二重。
真田には傷痕どころか、染み一つ、皺一つ見当たらない。
真田豹は同じ小学校で、同じ中学校で、なぜか今年、同じ高校に合格した。
そういえば、筋金入りの金持ちのくせに私立学校に通っていない。
何かポリシーがあるのか、ただの気まぐれなのか、金持ちの考えはよく分からない。
「……痕が残ったらさ」
真田がアカリの頭を撫でる。
大きな手。長い指。滑らかな指先。
真田の長いまつ毛に縁どられた黒目がちの瞳が揺れ、整った顔が痛々しく歪んでいる。
「俺が責任、……」
ザバ―――
真田が何か言いかけたところで、頭上から真水が降ってきた。
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