第2話

「ここを片付ければいいですか?」

「はい。じゃあ、そこでお願いします」


「かしこまりました!」


 鳩のマークの王子様姿の業者の人は、台所の掃除をテキパキと進めていく。

 台所が汚いって、独身女性にとっては致命的かもしれないけれども、そんなこと言われても一番適当な場所なのだ。


 こういう清掃を担当してくれる業者の場合は、水回りを掃除してもらうのが良いと思ってる。自分ではなかなか掃除しないけど、すぐに汚れていくところだ。

 お風呂場だと、初めて会うような人には触って入って欲しくないし。トイレとかも、なんか嫌だし。残った場所といえば、台所。


「鳩野さん、かなり綺麗に使われていますね」


 業者の人はこちらを振り向いて、爽やかに微笑みかけてくる。格好も相まって、本当の王子様に見えなくもない。

 玄関では衣装にばかり目が行ってしまったけれども、意外とカッコいいのかもしれない……。


「僕にかかればもっとキレになりますからね!」


 業者の人がカッコいいというのはポイント高いけれども、清掃はやり過ぎないで欲しいんだよね。

 家事代行だと成果タイプもあるけども、時間でお金を取られるパターンもあるのだ。清掃員自体がカッコいいとすると、時間単価も上がりそうだし……。いくらくらいなのかな……?

 高額になってしまうのは避けたいので、予防線を張っておく方が良いかもしれない。


「適度で良いですよ。場所も、そこだけで大丈夫です」


 予防線を張るのは得意だ。

 親からつけられた『豆千代まめちよ』っていう名前が影響しているのか、自分でも臆病な性格だって思う。子供っぽくて引っ込み思案で、押しに弱い。

 申し越し強そうな名前だったら良かったんだけどな。



 ただ、そんな自分の弱点をカバーする術を覚えたのだ。

 押しには弱いけれども、できるだけ最小限にしないと。


「あっ! あとですね。私、これから出かけるんですよ。三十分以内で終わらせてくれると助かります!」


 こういうときは、先制攻撃が役に立つ。先の先を読んで布石を置くの。長年勧誘を受け続けた私には知恵があるのよ。先に時間制限をつければ、私の方が優位に立てる。


「そうなんですか?! そうだとしたら、清掃が終わらないかもしれないなー……、どうしようかな……」


 業者さんは、眉を八の字にして困った顔をしている。そんな顔も様になっている。たみを案じる王子様の顔だわ……。いや……。私をそんな憐れむような目で見ないで……。

 まるで私が悪い事をしているみたいな……。



「どうしても、サービスをしたいんですけども……」


 今度は、八の字の眉の下で瞳を潤ませ始める。

 私はそういうのに弱いのよ……。


 こういう女子っているんだよな。ちょうど私の後輩にもいるのよ……。


 ――


「先輩、今日の仕事が終わらないんですけど、今日デートなんです……」


 瞳を潤ませる後輩の烏田からすだ

 できるだけ小動物に見せたいのか、優しくして欲しいっていう気持ちの表れなのか。身体を小さくして、少し震えている。


「同性の私にやっても通じないんだよっ!!」って心の中では思っているけれども、断れなくっていつも仕事をひきうけてあげるのだ。


「……いいよ。私が代わりにやっておくから、デート行ってきな」

「ありがとうございます! 先輩は天使です! 先輩もデートがあるときは行ってくださいね! 私が全力で代わりますからっ!!」


 烏田は優しい子なんだよ。

 けど、私に彼氏がいないことも知っているんだよ。

 意気揚々と帰っていくことが、週二回、金曜日にやってくるのだ。


 ――



 そんなことを思い出させる瞳をしやがって……。


 けど……。

 後輩と違うところは、カッコ良さだ……。


 私にも母性本能があったんじゃないかって。そんな気持ちになってくる。キュンと胸が締め付けられるような……。


 いや、いかんいかん。

 業者の術中にはまってるぞ、私。

 押しに弱いだけじゃなくて、詐欺にあってるんだからね。これは。犯罪だよ。無理矢理、サービスを売りつける悪徳業者だ。ホストと一緒。


 うんっ!!

 心を鬼にして、断るっ!!



「……できる範囲で大丈夫ですよ。無料なんですもんね?」


 どうにも強気な言葉では返せないけれども、これで完璧な布石で打てたはず。

『無料』ということの強調と、それだけで十分だから『時間になったら帰ってね』というプレッシャー。


 毎週、お客さんと定例会をしている私にとって、自分の有利に交渉を進めることは容易。場数が違うのよ、私に死角は無いの。



 押し売り業者だとしても話がわかる人なら、これで伝わる。

 鳥頭じゃないんだから、社会人なら考えて行動できるわよね?


 私の言葉に対して、頭を下げて地面を見つめる業者さん。



 さてさて、お若い人にはちゃんと通じたのかしら……?

 プレッシャーをかけるように、少しだけ見下すように業者を見ると、頭を上げて純粋な瞳をこちらに向けてきた。


「僕は、サービスがしたいんです! どうか精一杯やらせてくださいっ!!」


 なんかよくわからないけど、真っすぐな瞳……。

 自分なりの正義感を持たような、濁りの無い感情が伝わってくるよう。吸い込まれてしまいそう……。



「お願いしますっ!! 僕、頑張るのでっ!!」

「は、はい……。わかりました……」


 私からの回答に、業者さんは優しい笑顔になった。


「もし今は時間がないようでしたら、次回にでもやらせてもらうことは、できないでしょうかっ!」



 ……あっ、これ。


 次回のアポイントを取るための作戦だったのか……。

 純粋な瞳だと思っていたけれども、嵌められた気分だわ……。



「はい……。次回ですね……。いつでも良いですよ……。私、いつでも暇なんで……」

「そうなんですかっ!? じゃあ、今日の用事が終わるのは、何時ですかっ!?」



「えっ……! まさか、今日また来る気ですか……?!」


「はいっ!」



 ははは……。

 これは思ったよりも、ヤバい業者だったわ……。

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