鳩の王子様!

米太郎

第1話

 ――ピンポン。


 三回目のチャイム……。



 一人暮らしの女性は、誰が家に来たとしてもドアを開けない。

 私の知り合いで、なにか用事があれば携帯に連絡するから。



 ――ピンポン。


 だからこのドアの向こうにいる相手は、きっとなにかの勧誘だろう。

 そういう類のものには、一切出ない。誰が何と言おうと出ない。


 今まで、押しかけ販売でどれだけのモノを買ってしまったことか……。

 読まない新聞が三社。冬になる度に新しい羽毛布団。ネット回線が何回か変わったり……。


 私は押しに弱いのだ……。


 三十路過ぎの独身女性を狙うなんて、悪質にも程がある。お金を持っているからだろうけど、それは余ってるわけじゃなくて、未来に使うために取ってあるんだよ。


 チャイムに出てしまうと絶対に勧誘されてしまうから、絶対に出ないようにしている。

 出なければ、何もなかったことになる。


 この年になってやっと身につけた処世術。



 ――ピンポン。



 ……しつこいな。五回目だよ。


 けど、何があっても出ない。

 絶対に出な……。



 ――ピンポーン。


 うん……。出な……。



 ――ピンポーン。

 ――ピンポーン。



 押しに弱いのよ、私。

 はぁ……。

 せめて、緩めの勧誘であれ……。


 指を組んで、何個か入信させられた神様たちに祈る。

 信じていない神様に祈ったところで、効果があるんだか、ないんだかわからないけれども……。

 ドアの前で、チャイムを鳴らし主に答える。


「はい……、どなたですか……?」

「家事代行にやってまいりました!」


「いや……、そんなの頼んでないんですけど……。家、間違ってないですか……?」

「こちらであってます。鳩野さんですよね?」


「あぁ、はい……」



 これは、押し売りですね。

 一つの勧誘に引っ掛かってしまうと、他の業者にも名簿が回されるらしい。「ここの家の住人は、勧誘したら買うぞ」と。


 名字を言い当てたみたいな得意気な声になっているけれども、家の前に表札が出てるんだから私は『鳩野』ですよ。そりゃそうでしょうよ。

 はぁ……。


「頼んだ覚えはないんですけど、なんでしたっけ……?」


 先にお試しサービスを受けさせてから、勧誘されちゃうパターンかな。

 また私は勧誘されちゃうんだろうな。


 簡単にできるハウスクリーニングでもしてもらって、帰ってもらえたらいいんだけども。

 そうしたら、次は絶対に出ないようにするから。


 ……けど、最悪の場合は、一番安いのを聞いて、それを頼む。

 うん。そうしよう。



 意を決して、ドアを開ける。


「はい、お待たせしまし……」

「どうも、鳩のマークの家事代行サービスです!」


 ドアの前にいたのは、いかにも『王子様』といった出で立ちの男性だった。



「えーっと……。なんと言いますか、こういう衣装なんですか……?」


 下半身は白いタイツ、そのまま目線を上げていくと、王子様特有のカボチャパンツを履いている。色はグラデーションがかったグレー色。

 そして上半身はというと、煌びやかな胸の装飾だけがワンポイントで輝いているが、グレーの半袖シャツだ。タイツと同じく、白色のアームカバーをしている。

 基本グレーと、白色。

 変な配色……。


 なんだか寒そうにも見えるし。

 季節外れな格好もいいところだ……。


「あの、その格好……。寒くないんですか……?」


 ついつい家事代行業者の制服に口を出してしまう。コンビニだって、夏用冬用のユニフォームがあるのだし。


「これですか? この格好が正装なのですけれども、お気に召さなかったでしょうか?」

「い、いいえ。大丈夫ですけれども……」


「では、家事代行させて頂きたいと思います!」


 爽やかに笑うと、家事代行業者は家の中に入ってこようとする。

 相変わらず業者の人って、人の話を聞かない。仕事をこなしてやろうと、やる気満々な瞳をしているのだ。


 ささやかな抵抗として、ドアを閉めようとすると、ドアの隙間に足を入れ込んで来た。


「お邪魔させていただきます!」


 ……ですよね。一回ドアを開けちゃうと、絶対見逃してくれないですよね。


「そんな遠慮せずに。家事代行させてください!」

「……はい。じゃあ、一番安いプランでお願いしたいです」


 業者さんは小さく首を振る。

 鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしている。



「こちらはサービスですので、お代は一切頂きませんので安心してください!」

「……そうなんですか?」



 ……逆に、一番質の悪い業者かもしれない。

 ……今月の残高厳しいのに。

 ……私、終わったわ。

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