2-6:ゲーセン・自宅・監禁



 名幸の言葉通り、その店までは歩いて10分も掛からない場所に存在した。


 それは二階建てゲームセンターだった。

 入口に掲げられていた店名は見慣れない屋号ではあるものの、入口の自動扉から見えるUFOキャッチャーやスイーツプッシャーフレンズ、二階にはビデオゲームやプリクラ機が設置されているであろうことを仄めかすポスターが掲示されている。


「は、入ろ!」

「お、おう」


 待ちきれないとばかりに名幸に急かされて店内に入った。

 ……やっぱりか。

 UFOキャッチャーの景品はどれも見たことがあるようで無いおかしやぬいぐるみ、アニメのフィギュアが箱の中に入っている。まるで知らない国に来たような気分になる。いや、違うな。並行世界の日本のゲームセンターって言うものがあるなればきっとこんなラインナップなんだろうな。まあ並行世界と言うのは強ち間違いでもないか。ブルメモの舞台は現代日本。この世界はそれを模して形成されているのだから並行世界と言って誤りはない。


「なにかやりたいゲームでもあるのか?」

「う、うん」


 勝手知ったる場所を歩くように、確かな足取りで名幸は二階に上がった。

 二階は予想通りビデオゲームが並んでいる。レースゲームに格ゲー、音ゲーと言ったゲーセン定番の筐体が揃い踏みしている。


 ……なんだか静かだな。

 18時過ぎならもっと賑わっていても良い気がするが、人気が全くない。とはいえゲーセンだから大丈夫だろうが……もしかしたら穴場のゲーセンなのかもな。長居が良くないことだけは分かる


「こ、これやろ。い、一緒に」


 警戒心を再点灯させた俺を傍目に、とことこと近づいて名幸が指差したのは何の変哲も無いレースゲームだった。俺の世界でも見覚えがあるが、細部が所々異なっているせいで仄かにパクリゲーみたいに感じてしまう。

 でも名幸の世界ではこれが本物なんだろう。

 俺は余計な言葉を漏らさぬよう口を噤んだ。


「ああ。ワンプレイだけだぞ?」

「そ、それでじゅーぶん」


 十分って変なことを言うやつだな。

 ゲーセンなんて基本ちょっと行くだけだからとか考えて入店して、最終的には色んなゲームに時間と金奪われてしまうのが常だ。十分なんて言葉は存在しない……ってのは斜に構えすぎか?

 でも少なくとも俺はそうなんだよな。俺の人生、大して欲しくもないプライズをムキになって取ろうとして、クレーンゲームに何万円持ってかれたことか。


 硬貨を投入してプレイ開始。一人称視点のレースゲームだった。

 車種選択画面。俺の知っている車種は一つも無く、良く分からなかったのでパラメータで選ぶ。一番ハンドリング性能が良くてそこそこ速い車にした。

 横で同種類の筐体に座る名幸から声を掛けられる。


「い、良い選択。それは、け、結構速い」

「これでもゲーマーだからな。やったことなくても何となく最良の選択肢は分かるんだよ」

「な、名幸は、ゲームクリエイター。あ、相性、ぴったり」

「かもな」


 恥ずかしいことをまた言われた気がするが流すことにした。これに真っ向から付き合っていると心臓が幾つあっても足らん。今日のデートで学んだ収穫である。


 レースは特筆することなく名幸の勝ちだった。俺は制御しやすい車の特性を最大限活かしてインコースを狙ったのだが、名幸はどうもこのゲームをかなりやりこんでいたらしい。コースの形状を完全に理解したドライブテクニックを披露して、俺のマシンに影すら踏ませずゴールした。


「上手いんだな」

「ま、まあ、当然。こ、これ作ったの、名幸」

「え、マジで!?」


 ゲーセンに置かれるようなゲーム作ったのか!?

 いやそれもう完全にプロだろ! どんな技術力だ!

 ブルメモの名幸ルートじゃこんな凄い代物作ってなかったぞおい! 本編はもっと可愛らしい同人ゲームを頑張って製作して、夏のビックサイトで売るシナリオだったのにこれは何だよ! ガチガチの3DCGモデリングに厚みのある音響、現実然とした違和感の少ない物理演算、完全に本職の仕業じゃねえか!


「な、名幸の本気。ど、どうだ。見たか」

「本当にそれは凄えって。え、他にもこのゲーセンに作ったものあるのか?」

「あ、あるよ。も、もっと見る?」

「ああ、それは是非見たい!」


 そうして俺は時間を忘れて一時間ほど名幸の作ったゲームに興じることになる。パネル式の音ゲー、空手着姿のキャラが主人公面した格闘ゲーム、知らない路線を走らされるトレインシミュレーションゲームなんてのもあった。最後のは名幸が作ったものではなかったが、大抵は名幸が作ったものらしい。

 どれもこれも何処かで見覚えがあるゲームではあった。しかしそれを差し引いてもレベルが高い。本当に女子高校生か?


 完成度に驚愕しながらも一通りゲームを楽しんで、ふと疑問に思った。

 なんで公共のゲーセンに名幸の作ったゲームがあるんだ?

 確かに名幸が作ったと言っているゲームはどれも素晴らしい完成度だ。でも違和感だ。普通、ゲームセンターを運営するような企業が個人製作のゲームを設置するのだろうか。


 ……まあ元がゲームの世界だ。

 その辺の無茶苦茶は罷り通っても変じゃないのかもしれない。


「長居し過ぎたな……そろそろ帰るか名幸」

「───か、帰る必要、ないよ?」


 そう納得しようとした時だった。

 名幸が笑った。この数時間で見慣れた、今にも枯れてしまいそうな弱弱しい笑み。

 なのにどうしてだろうか。

 頭の中で危険信号を盛大に鳴りはじめているのは。

 ここにいてはマズイ。何かがヤバい。絶対に宜しくない。

 状況は先程から変化していないはずが、昨晩と同じくらいの危機感に全身の肌が粟立っている。

 理性じゃない。理屈でもない。野性的な本能だ。

 野性的な本能が今すぐこのゲーセンから離れろと、脳を焼き尽しそうなくらい熱いシグナルを発する。


「名幸……何を言ってるんだ?」


 俺はそれを気のせいだと理屈で抑え込もうとした。まさかそんなはずがないと。

 それを否定するかのように名幸がボロボロの紙を懐から取り出す。……先程俺に渡そうとしてきた結婚届だ。


「こ、これ、書いてくれれば、名幸と君で、暮らせると思った……けど。か、書いて、くれなかった。こ、これを渡すの、一度きりと、決めてた。だ、だから、こうするしか、なかった」

「こうする……? こうするって何だよ?」


 俺には名幸が言っている意味が全く分からなかった。

 子供をあやす母親のような、俺の知らない慈愛の表情を作って名幸は言う。


「……ここ、た、ただの、ゲーセンだと思う?」

「何が言いたいんだ」

「こ、ここはね、楽園なの」


 楽園……?


「な、名前を、教えてくれ、なかったから。き、君はここで、な、名幸と一緒に、ずっと、ずっと、ずっと、ずうっと。い、幾億年先も、名幸と、い、一緒に、ゲームする」

「……俺を閉じ込めようってことか?」

「う、うん」


 名幸は肯定した。

 ……そうか。そういうことか。ようやく理解した。

 デートをしようだなんて言ったのも最初からこれが目的だったのか。

 過程なんてどうでも良くて、最後にこのゲームセンターに来れれば名幸としては何の問題も無かったと。


「も、もう、ポインタ、弄って、入口、閉鎖したよ。こ、ここは、名幸の、家だから、このくらい、簡単。す、既に、この場は、独立した、閉鎖領域、の中」


 名幸を俺は無視して一階に下りた。転びそうになりながらもなんとか手摺りを掴んでジャンプをしながら地面に着地して。

 無い。

 さっきまであった入口が無い。

 代わりに存在するのは現実とは思えない黒と紫のテクスチャーだった。

 ゲーマーならお馴染み、バグテクスチャーだった。


「も、もう無駄。な、名幸しか、ここは解除、できない」

「……解除してくれって言ったら解除してくれるか?」

「だ、だめ。い、一生、ヤダ」


 名幸は首を横に振った。


 ……馬鹿だ。俺は無意識に名幸に対して警戒を緩めてしまっていた。彼女もまた昨晩俺を襲った二人と同じなのだ。

 分かっていたことだろうが。

 名幸は味方じゃない。

 頭では分かっていたのに、接している内に感情面では緩んでしまった。


「り、理解するのに、じ、時間、かかるよね? で、でもだい、じょーぶ。時間、沢山あるから。ゆ、ゆっくり、一歩ずつ、愛、深めよう」


 そう言う名幸に昨晩愛夏に見たような狂気の色は帯びていない。

 至って普通なんだ名幸は。

 普通だから名幸は大丈夫だと勝手に思ってしまっていた……!


「な、名幸、一旦自分の部屋、戻るから。ま、まだまだたくさん、ゲームあるから、それ見ててね」


 名幸はゲームセンターの壁際に手を掛けると長方形に光が走って、ドアノブが出現した。そのドアノブを引くと名幸は扉の奥へと身を潜らせる。


 俺は暫く自分の感情を整理するのに手一杯だった。

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