拝啓、ギャルゲーの世界でヤンデレに追われてまして

金木桂

プロローグ:転校生

 


 学園青春恋愛ゲーム『ブルーメモリーズ』。通称ブルメモ。

 いわゆるギャルゲーというカテゴリーに分類されるこのゲームは、ゲーマー界隈でもそう有名なタイトルではない。舞台は蓬莱院高校という多数の政治家や実業家を輩出する名門校で、ヒロインは8人。まあ多いがギャルゲーならそんなもんだろう。

 ストーリーは特定ヒロインのルートに入るまでは一本道。高校2年の4月と9月にルートの分岐点があって、それまでに稼いだヒロインの親愛度や主人公自身のステータス度合いによってヒロインが決まる。


『榊田君、君は成績不良で課外活動にも乏しい。教師として言及すべきではないのかもしれないが……見た目もあまり宜しくない。名門の土に相応しくないという意見があるのも事実だ。こういうことは担任として言いたくはないのだが、別の高校への転校を考えてみないか?』


 ───そして、高校2年4月の1週目時点であまりに主人公の各ステータスが低すぎると担任の教師に生徒指導室に呼び出されてこんな二者択一を突き付けられたりする。

 ゲーム画面に選択肢が現れるのは『はい』か『いいえ』の二択。

 前者を選べば転校という形でゲーム終了、後者を選べばそのままゲーム続行となる。


 一見すると『いいえ』一択のように思えるが、実はこのイベントは初心者に対する救済措置である。

 前者を選べばゲームが終了し、現在のステータスを引き継いだまま二周目に入ることが出来るのだ。

 勿論本来であればステータスが低すぎて呼び出されている訳だから強くてニューゲームというほどの恩恵はないのだが、それでも一年分の積み重ねたステータスはゲーム開始時よりは高いため、ソシャゲの初心者スタートダッシュ特典くらいの高さの下駄を履くことは出来る。攻略を有利に進められるというわけだ。

 因みに2周目はステータスが低くてもこの生徒指導室イベントは発生しない。1周目セーブデータで憐れまれるくらいにステータスが低かった場合のみこのイベントは発生する。

 ───ただしバグを除けば。


『はい……俺もその自覚はありました。仕方ないですよね。分かりました』


 俺は手慣れた操作で『はい』を選んだ。安物のスピーカーから名前も無い担任教師の溜息が聞こえた。


『そうか。……残念だが、まだ君は高校生で未来ある若者だ。蓬莱院の教師の言動としては不適切かもしれないが、蓬莱院に適合出来なかったぐらいで人生は終わる訳じゃない。気を落とすなよ。達者でな』


 担任は主人公の発言に寂しそうな顔をしながらも、新たな門出を祝うように口元を上げた。


 そんなストーリーはどうでもいいので、俺は画面の右上を見る。ブルメモではそこに基礎情報が表示されている。カレンダーや各種ステータス───学力、運動、容姿、運、金銭、センス、コミュ力の7つだ。


 しかしそこに記載がある数値の羅列は全て通常のプレイでは絶対に有り得ない内容である。

 まず高校2年4月の1週目ではなく高校3年4月の1週目である。2度目だがこのイベントは主人公の2年時しか発生しえない。

 そしてステータスの数値。これが一番異質で、大体頑張ってプレイをすると卒業時点で全てのパラメータが350に少し届かない程度に推移する。何か一つのステータスに特化させても450から上振れして470くらいが関の山で、500を越したプレイヤーはネット上だとまだ現れていない。

 しかし目の前の画面には全ステータスが9999に届こうという値が示されている。まあ結論を言ってしまえばバグを利用して周回を重ねてステータスを伸ばしまくっているからこれは当然の現象なのだが。


 ここで少し話が変わるが、トロコンという言葉をご存じだろうか?

 トロフィーコンプリートの略である。

 ブルメモであればヒロインを一人攻略すると実績としてトロフィーが一つ貰える。全員攻略するとそれも一つ。あとは親愛度を一度も落とさずに攻略完了しても一つ貰える。こういったやりこみ要素を達成して貰えるトロフィーを全てコンプリートすることがトロコンであり、何を隠そう、俺はトロコン勢であった。基本的に手を出したゲームはトロコンするのが俺のゲーマーとしての流儀である。


 このブルメモのトロフィーはギャルゲーということも相まって、基本的には簡単な条件で貰えるものが多いのだが、一つだけ絶対に通常プレイでは取れないものが存在した。それがステータスをカンストさせるというトロフィーだ。

 カンスト値は9999。通常プレイじゃ4桁すら届かないため、基本的にはこの壁抜けバグを併用した生徒指導室イベント発生バグを利用する方法以外ではトロフィー取得が不可能とされている。何でこんな条件で設定されたかは謎だ。ただ現在の有力な説としてはアーリーアクセス版から製品版にバージョンアップした際に獲得可能なトロフィーになるという噂があったりするが、ネット上の風説に過ぎず実態は定かではない。


 で、バグの話をしよう。

 上述の通り通常プレイにおいては生徒指導室イベントは高校2年4月の1週目限定イベントだ。ついでにステータスが高ければイベントすら発生しない。だがバグ技を使えばその限りではなかったりする。

 実はこのイベント、学年に関係なく毎年4月の1週目の生徒指導室に必ず存在はするのだ。生徒指導室にさえ入ることが出来ればイベントが開始して、ステータスを引き継いで次周に行くことが出来る。しかし主人公が高校3年次であったり、ステータスが軒並み基準を上回っていた場合は教師からの呼び出しイベントが起きないため、生徒指導室に入れずイベントが発生しない。ならどうすればいいか。手慣れたネット上のゲーマーはすぐさま策を思いついた。壁抜けバグである。


 このゲーム、壁と壁の接合部分に僅かな隙間が存在する。ここにめり込むことで世界の裏側へ侵入することができ、3階の2年4組教室前の廊下からこのバグを試みることで生徒指導室に落ちることが可能なのだ。当然歩行モーションだけではバグを誘発するほどの強い力が発生しないため、ここで使うのは原付バイクだ。主人公は16歳になると原付バイクの免許が取れるようになる。そのバイクを使って学級崩壊宜しくとばかりに校舎内に乱入し、壁に向かってブンブン言わせることで壁をすり抜けて生徒指導室のイベントへ接触することが可能だ。そして転校を選べばステータスを無限上昇させることが可能になるという寸法だった。これが結構シビアなバグ技である点も肝である。未だに俺は上手く行かないと30分以上ここのバグで詰まることもある。つまり大変ってことだ。


 ここまで言えば分かるかもしれないが、ステータスを完凸させるのはとても面倒な道のりだ。1周するのに約2時間、1周あたりのステータス上昇量は押し並べて200弱程度。単純計算でも50周は必要なので最低で100時間も要することになる。いわばこの9999に近づいたステータスは汗と涙の結晶なのだ。


 ───そんな苦行を今、俺は達成しようとしていた。


 55回目の入学式。

 満開の桜並木と散ったピンクの絨毯を歩いて、ヒロインとの馴れ初めも早々にステータス上げに勤しむ。残りはセンスだけだった。センスを伸ばすためには課外活動の芸術コマンドを選ぶのが最適なので、ひたすら芸術コマンドを連打した。


 そして、9999に到達したとき、俺の努力とは反比例するかの如くピロンというあまりにも軽い電子音が鳴った。

 右下に表示されたのは『実績解除:全知全能』という虹トロフィー。トロフィーの色は達成割合に応じて変化する仕様なのだが、虹色はその中でも達成率0.1%でかなりレアなはずだ。まあこの感じだと実際はもっと少なくても可笑しくないだろうけど。


 まあそんな些事はどうでもいい。


「よし───ブルメモ完全クリアだ!!!」


 俺は勝鬨を上げた。

 いくら大学の夏休みで暇だったからやったゲームとはいえ、こんなにも苦戦したとなれば達成感も一入だ。今日は出前に寿司でも取っちゃうか。


 浮かれた思考で俺は目を見開いた。ひとまずゲームは閉じてトロフィーでも眺めよう。これで50個目のトロコンだ。区切りとあってなんだか感慨深い。あとはTwitterで自慢もしなきゃな。


 そんなことを考えていた俺は、冷蔵庫からコーラでも持ってきて飲もうとか思って立ち上がって、でもストックを切らしてた気がするからスーパーにでも行くかとか考えていて。


「では転校生の榊田さかきだ君───改めて自己紹介を」


 ──────だから俺はその瞬間、ブルメモの担任教師の姿を目の当たりにして、何も理解できなくて静止してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る