花の香に誘われて、禁忌は破られた

その夜、
庭には不思議な香りが満ちていた。

甘く、どこか艶やかで、けれども名前の分からない花の香。
梅でも沈丁花でもない、それは少女がこれまでに知るどの花とも違っていた。

明治から続く屋敷。
剪定された木々、整えられた四季の庭、そして厳しい『言いつけ』。

「池に棲むお化け蛙には近づくな」

「竹藪の祠の奥へは、絶対に行くな」

祖父に何度も言い含められていた禁忌。
けれどその夜、屋敷は騒然としていた。
祖父は床に伏し、家族は皆、何かに追われるように忙しなく動いている。

誰も、少女のことなど見ていない。

お気に入りのワンピースを着ても、誰の目にも映らない。
だから、彼女は歩き出す。
誰もいない庭へ。
その香りの源へ。

竹の葉が擦れ、闇が深まる。
幽かに響く、鵺の聲。
そして、提灯を掲げた何かの姿。
白布で顔を覆い、たった一文字──「忌」と記された御霊燈を手に立つ。

幻想と現実の境界が崩れ、
言葉では説明できない何かが静かに立ち上がる。

これは、
香りと闇に導かれた、小さな一歩の物語。

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