魔法都市の片隅で最強エンチャンターやってます!

サドル・ドーナツ

Sランクの冒険者ですが何か?

第1話 検問

 とある関所にて、一人の少女に対する検問が行われていた。

 薄暗い一室の中、一つの机を挟んで検問官の男と少女が座っている。


「えー、シズカさん」


「はい」


「年齢は17歳。生まれはコンゴールで間違いないですね?」


「はい」


 検問官は先ほど提出された少女に関する情報が記載された書類と交互に、彼女の見た目に目を遣る。

 年相応の見た目。魔法による年齢操作がないことも確認されている。服装はある程度魔術的な装飾が施された質素な布の服。違法な武器や魔術が隠されているということはなさそうだった。

 顔の作りからは地味な印象を受ける。目はたれ目で、そばかすがあり、眼鏡をかけているせいで大層大人しそうに見える。髪は黒髪で三つ編みのお下げが二つ。戸籍表に登録された写真と相違はなかった。

 やはり書類上に虚偽の申告があるわけではなさそうだった。それは第一段階の検問でもわかっていたことだ。

 しかしこうして別室に呼んで改めて口頭での質問をしなければならないのには理由があった。


「……あの、シズカさんは冒険者ではないんですよね?」


 冒険者とは、ざっくり言うと依頼を受け、あるいは自発的に拠点外に出て活動を行う職業の総称であった。


「そうですねー。今無職ですし」


「いえ、そういうことではなくてですね……退職する前でも、あなたは直接闘う側の人ではなかったんですよね?」


「そうですね。ギルド拠点内で引きこもる側でしたね」


「そうですよね。ではお聞きしたいのですが」


 検問官は机に一本のナイフを置いた。その手は、何故かそこだけものすごく重厚な鎧に覆われていて、そして微かに震えていた。


「このナイフはなんですか?」


「護衛用と野営用です。あ、やっぱり刃物持ち込みはまずかったですかね~……」


「いえ、そんなことはありません。冒険者は大抵武器類を持ち込みますから、刃物自体は持ち込みに制限はかけていません。あまりに強力なものは許可証を発行していたりはするのですが――」


 検問官は言葉を切って恐る恐るナイフを見た。

 鉄製の刃に木の柄。長さは常識的な長さ。全く変哲のないナイフ。

 そのはずなのだが、彼がそれに向ける視線は明らかにそれが異常であることを語っていた。まるで破裂寸前の爆竹スライム(中級モンスター。破裂して周囲に火属性のダメージを与える)を扱うかのような緊迫感が彼の中にはあった。


「このナイフ。本当にそれだけの用途で使おうとしていますか? 暗殺に使うとかそんなことはありませんか?」


「いや、そんな馬鹿なことに使うわけないじゃないですか」


 シズカは呆れたように笑う。

 だが、検問官は本気であった。


「ならこれはどう説明するおつもりですか!?」


 検問官は机に金づちを出した。そして金づちの金属部分に、ナイフの刃を入れた。

 ぬるり。

 ほぼ溶けかけのバターに熱したナイフを入れたのと同じくらいに――いや、それ以上の滑らかさで金づちは切れてしまった。


「いい切れ味でしょう? ギコギコさせずともナイフの重みだけでス~ッと切れちゃう。一家に一台は必須のツールでしょうよ。もし欲しかったら売りますよ? お値段は3,300ゴールドの三回払いで――」


「いえ、いいですっ! 遠慮しておきます!」


 さながら胡散臭げな商人のように卑屈な笑顔で売り付けられそうになったのを、彼は拒否する。

 この異常な切れ味の恐怖は先ほどの荷物検査の時に味わったばかりであるからだ。下手に動かせば机を貫通して床に刺さり、取り出そうとして指先をかすっただけで自体力の半分ほどのダメージを受けたのだ。

 彼が検問官をしていて、何回かキレた入場者から襲撃を受けた経験はあった。そういう時は余裕を持って撃退してきていて、自分の強さにはある程度の自負があったのだが――ナイフ単体から致命的ダメージを受けたとあってはその自負も見直さなければならないと彼は思った。


「とにかくこのナイフは危険すぎます。持ち込むには上級武器取り扱い許可証を発行していただくことになります」


「えー困ったなぁ。それお金と時間がかかるやつですよね?」


「はい」


 彼女は腕を組んで悩みこんでしまった。


「さっきも言った通り、今無職でお金がなくて、職も探したいんでさっさと街に入りたいんですよ~……そうだなぁ、これ以外の私の荷物って受け取ってもいいですか」


「……それなら構わないです。もう検査は終わってますので」


 部屋の隅に置かれていた大きなリュック。勝手に持ち出されないためにかけていた防護魔法を解き、それを彼女に差し出した。


「んしょ……とりあえず、このナイフの切れ味を取り除けばいいんですよね」


 彼女はリュックの中からガラスの小瓶一つと羊皮紙の巻物を取り出す。

 羊皮紙を広げる。中央には正方形。その左右には小さな円が三個ずつ横に並んでいた。


「せっかく作ったナイフなんですけどねぇ。まぁ、もう街の中だしあんまり強くする必要はないですよね」


 その正方形の真ん中にナイフを、正方形の右隣の円に小瓶をふたを開けて置く。

 そして目を閉じて精神を集中させて、右手をナイフに向けてかざす。


「『対象物質:ナイフ』『剥奪』『斬撃』」


 呪文というにはあまりに機械的な単語の並びを彼女は口に出す。その様は先ほどのおどけた様子とは打って変わって、何かが下りてきているかのように厳かなものだった。

 部屋の空気がナイフを中心に渦巻き始めた。その風がナイフの表面から銀色の粒子を剝がし取っていく。

 粒子はそのまま風に乗せられ、ふたの開いた小瓶の中へと吸い込まれていった。

 粒子はどんどん瓶に溜まっていき、それが半分ほどまで来たところでナイフからは何も出なくなった。


「――ふぅ、おしまいおしまい」


 シズカは手をかざすのをやめ、瓶のふたをしっかり閉めた。

 すると場を支配していた緊迫感は薄れ、彼女の雰囲気も緩いものとなった。


「……今のは?」


「ナイフから、切れ味に関する魔素を取り出しました。ほら、見てくださいよ」


 ナイフを持ち上げ、自らの指を切りつける。

 検問官は身構えるが、見た目は変わらないが先ほどまでの切れ味はもうそこにはなく、傷もダメージも彼女には与えられなかった。


「このナイフはもう人を傷つけることができなくなりました。なので、許可証とかはいいですよね?」


「……まぁ、そうですね」


「じゃあこれで入国できますね?」


「はい……まぁ……その……構いません」


 あまりに理解を超えた目の前の光景に、検問官は言葉を濁すしかなく、同時に「深く考えたくない」と職務上思うべきではない思考に支配されていた。


「……最後に一つお聞きしていいですか? 改めてコンゴールでは何をなさっていたんですか?」


 しかしながらこの質問が出てきたのは、彼の最後の使命感からだったのだろう。書類にはそれも明記されていたがどうしても信じられずに彼女の口から聞きたかった。

 その質問にシズカはきょとんとした顔で答えた。


「私ですか? 私、前職は付与師エンチャンターやってました!」


「そう、ですよね。失礼いたしました……あの」


「はい?」


「マグナリアへようこそ、シズカさん」


 これもまた、最後の検問官としての使命だったのだろう。彼は歓迎の言葉を口にした。


「はいっ!」


 シズカは笑顔でそれに答えた。

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