オムライスの真実
飴。
昼食
「はぁ、疲れた……」
ため息のように呟いた。今日は誕生日だというのに、祝ってくれる人がいるわけでも、自分を労うわけでもない。私は今、会社のお昼休憩をいつものようにコンビニ弁当で済ませようとしている。
歳をとるにつれて、だんだんと誕生日が喜ばしいものではなくなっていることに気づき、それからは食事を奮発することもなくなっていた。
「奥村先輩待ってください!」
そんな声がオフィスから出ようとしていた私の耳に入った。振り向くと、後輩の宮崎がこちらに駆け寄ってきていた。
「どうした宮崎そんなに慌てて。もしかして不手際か」
「あ、いや違います。これからお昼ですよね、僕も連れてってくださいよ」
以前から宮崎には、このような可愛らしいところがある。ただのコンビニ弁当で済ませようとしていたことは口が裂けても言えない。しかし、ここで断るのもどこか心が痛いし、どうしたものか。
「どこか行きたいところでもある?」
「そういえば、近くにあるオムライス専門の老舗をご存知ですか? オムライスの中に入ってるものがとても珍しいことで有名でして、味も美味しかったですよ」
「し、知らなかったな、じゃあそこにするか」
回答を用意していたのではないかと思うほどすんなりと決まったので、少々言葉が詰まってしまった。とはいえ、オムライスの中身が有名などと言われると、すごく気になる。
「それで、中には何が入ってるんだ」
興味本位で聞いてみたが、宮崎が少し困った顔をして言った。
「ここで言っちゃったら面白くないでしょう。食べてからのお楽しみですよ」
そんなことを話してるうちに、お店に到着した。喫茶店のような外見の木造建築で、とても落ち着いた雰囲気をしている。そして、控えめなオムライスの看板は、どこか食欲をそそられる。都会の真ん中ということで、異質な感じもあったが、後輩はそんなことお構いなしに、お店へ入った。
「いらっしゃい」
中に入ると長めのコック帽を被った店長らしきおじいさんがいて、ポカポカとした空気が店内を漂っていた。見渡す限り、様々な小物がレイアウトされていて、黒塗りの壁や、真っ赤なソファは、レトロな喫茶店を感じさせた。そして、ボサノバの複雑な音の響きが店内によく馴染んでいた。
「二人です」
「こちらへどうぞ」
後輩とおじいさんに導かれるままに窓際の席に着いた。他にもお客さんはいて、オムライスを注文しているようだったが、ジロジロ見ていると後輩が、「あんまり見ないようにしてくださいよ」と注意してきた。
そんなやり取りをしている間に、厨房の方から女性が出てきて、お水を運んでくれた。
「注文はいかがなさいますか」
そう言われて慌ててメニューを開くが、そこには小さく書かれた「オムライス」と、大きく書かれた「数量限定!!オムライス」という文字に、いくつかの飲み物しか書かれていなかった。
「数量限定のオムライスってまだありますか」
「ありますよ」
「では、それを二つとアイスコーヒーで、先輩はどうします?」
「私はアイスティーで」
「かしこまりました」
それにしても中に何が入っているのだろうか。後輩にあれほど気になる言い方をされてしまったら、一刻でも早く答えが知りたい。そんな気持ちを見透かしたかのように、宮崎は口を開いた。
「先輩、オムライスの中に何が入ってると思います?」
「色々考えてみたんだけど、日頃あまり良いものを食べてないから、予想もつかなくてだな」
「いつもコンビニ弁当でしたもんね」
――バレていたのか。自分の顔が赤くなっていないか、心配で仕方がない。チキンライスの鳥がビーフだとか、そもそもチキンライスではなくチャーハンが入っているとか、色々考えてみたが、どれもしっくりこなかった。それであれば、数量限定にする必要がないからだ。
「数量限定ってことは作るのが大変だとか、かなりこだわりがあるとか、はたまた売上戦略のために言っているだけの可能性もあるよな」
「それって絞り込めてます?」
「そうだよな……」
なんだろうか。いきなり言葉が出てこなくなった。しばらく考えているフリをして、沈黙が続いた後、先程の店員さんが丸盆にオムライスを二つと、飲み物、そしてオルゴールを載せて、私たちの元へやって来た。
「こちらオムライス、アイスコーヒー、紅茶になります。オルゴールはゼンマイを3回、時計回りに回してください。回しすぎには注意してください」
「ご丁寧にありがとうございます」
ついに正体が知れる。そう思って私は、スプーンを手に取り、輝く卵の中を確認しようとした。
「先輩! ちょっと待ってください。せっかくなので、オルゴールを聴きましょうよ」
「確かにそうだな」
しょうがないので1度スプーンを置いて、ゼンマイを巻くことにした。三回巻いてから、手を離してスイッチを押すと、音楽が流れはじめる。その音楽はどこか懐かしく、オルゴールというのも相まって、午前中の疲れが消え去っていくような感じがした。
少し優雅な時間が流れてから、ある重大なことに気がついて、スプーンを握った。
「これってバースデイソングじゃないか! それなら……」
流れるようにスプーンで、オムライスの中身を確認した。このスプーンの入り方は間違いなくスポンジケーキだ。そして、私はそれをすかさず口に運んだ。
「美味いな。ケーキなんて食べたのは何年ぶりだろう」
「喜んでもらえたようで、なによりですよ」
「もしかして前から準備してくれたのか。こんなお店が近くにあったなんて知らなかったよ」
「いや実は、こんなメニューはないんですけど、ここのマスターが親戚の叔父さんでして、頼んでみたら協力してくれるということで」
「そういうことだったのか。けどまぁ、嬉しいよ。これでまた一年頑張れそうだな」
オルゴールの音が止まった後も、しばらく有意義な時間が流れた。こんな形で祝われたのは、久しぶりどころか、初めてだった。
やがて、お昼休憩の終了時間が近づき、マスターに挨拶をした後、足早に会社へ戻った。
オムライスの真実 飴。 @Candy_3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます