#4 : 魔法について語る


俺は目を覚ました。そして弾かれるように起き上がった俺は、すぐさま自分の身体に生じた何かを探る。ロズに貫かれた腹は何も無かったかのように元通りだし抜かれただろう感情の弊害もない。そこで俺は身体の異変に気づいた。


俺は布団を捲りソレを確認する。



「おい」


「ん、みゃ〜…起きたのかトア」



目尻を擦る黒猫が俺の下半身に寝転がっていた。



「とりあえずそこどけや」


「…トアって意外と大きいのな」


「やかましいわ!?そんなことより一体なんの感情を縛ったんだよ、ロズ!」


「目覚めてそうそう激昂すんなよ。体に悪いぜ」


「いいから答えろ!」


「はぁ、……トアから奪った感情は恋愛感情だよ」



ロズは面倒くさそうに言った。恋愛感情…



「ロズが真っ先に俺から奪いそうな感情だな」


「だろ?」


「だろ、じゃねぇよ」


「でもトアの要望は叶えたぜ?日常に支障をきたす感情じゃないだろ?」


「それは…」



ロズはそう言うが、本当にそうだろうか?例えば妹に対して……


「妹に対して、可愛いと思う感情・・・・・・・・が消えたってことだろ」


俺は他人に興味が無いタイプの人間だ。しかし妹は違う。妹は客観的に見て・・・・・・可愛い。それは恋愛云々ではなく妹として・・・・愛してやれないってことだろうが。俺はそんな感情が無くなった悲しみよりもまず先に怒りが込み上げてくるが、それは己の内に収める。



「はぁ、トア。お前さぁ、本当にシスコン極めてんな。でもま、これで予防線は張れたから俺様的には万々歳だ」


「…そうかよ」


「へへっ。俺様が嫌いか?憎いか?怒っていいんだぜ?恨んでいいんだぜ?」


「怒ったらそれこそお前の思う壷だろうが」


「よく分かってんな」



ロズはニヤニヤと憎たらしい笑みで俺を見る。ロズは俺に執着を求めている。だから俺はロズに対して無関心を貫く。愛の反対は憎なのではなく、無関心とはよく言ったものだ。ロズにはそれが一番効くだろう。だから俺はロズを徹頭徹尾無視する。


──ま、話ぐらいなら付き合ってやってもいい。…なんだかツンデレみたいだな俺。弁解するけど俺はツンデレとかじゃないぞ?ロズに対して無視し過ぎると逆に面倒くさくなると知っているため仕方なくだ。ヤンデレとメンヘラが奇跡的な割合で融合した生命体であるロズの適切な対応とは、ある程度無視しある程度構うこと。その絶妙なバランスが大事なんだ。



「で、これから何するんだ?」


「魔法を試す」


「今世で魔法を使うのは初めてだもんな。俺様も付き合うぜ!」



よく今の返しで意図が分かるものだ。

こいつのこういう所に気色の悪さを感じる。



「何故ついてくる?」


「万が一暴走した時誰が止めんだよ」


「はぁ、じゃあ異空間に移動するぞ」


「へい」



ロズが言っている所も一理あるので、仕方なく仕方なく!俺は異空間の同行を許可したのだった。




◇ ◇ ◇ ◇





──魔法。魔女とそれに属する者にだけ使用を許された神秘の術。魔女の力、いわゆる『魔女ノ権能』と呼ばれる力とは別の力だと言える。


使う魔法にはそれぞれ難易度というものがある。底位、生活魔法と呼ばれるものから始まり下位、中位、上位、高位、そして超難易度、最高位。


難易度に応じて二級魔法使いやら一級魔法使いやら階級が定められる。魔女の力を使えば大体の魔法を扱えるが、権能無しでどのくらいの難易度の魔法が発動できるのか?それが今回の魔法を試す目的だ。



「権能を介さずにだと中位までの魔法は何とかなったが、上位は以前の感が戻るまで使えそうにないな」


「それは仕方ない。あれから死んで17年は魔法と縁のない生活を送ってきたんだ。むしろ中位の魔法を発動できただけでも充分だろ」


「お前それ褒めてんのか」


「なんだよ。俺様が褒めたら何かおかしいのか?」


「いや、なんかロズに褒められると気持ち悪くなって」


「酷ぇ…俺様トアになんかしたか?」


「殺された」


「それはすまん」



あの時裏切られたショックは今の俺すら計り知れない。それでも俺は同じ屋根の下、一緒に暮らしていることを許している。甘すぎるのかもな俺は。殺された相手に対して。



「それ以外は大丈夫なのかよ?」


「魔力回路はしっかりしているし魔力操作も滞りなく継続はできる。権能による代償も今のところ感じないな」


「トアの権能さぁ…」


「いわんとしていることは分かる。俺でさえ初見殺しだなとは思った」



俺の権能【浮浪】は、ありとあらゆる全ての事象、現象、実態の命の時間を操作する。つまりこの権能を持つものは”寿命の概念”を操れるのだ。



「お前の名前って分かりづらいよなぁ、不老ふろうの権能なのに浮浪ふろうって名前なんだろ?初見殺しだよなー」


「浮浪という名前は師匠が世界各地を旅していたから付けられた名前だと伝えられている。不老の力はいつまでも世界を浮浪できるように星から授けられたらしい。不老にすんなら不老不死にでもしてくれて良かったのにな」



俺は師から権能を引き継いだ形で魔女になったから『星ノ取引』の対象外だったし仕方なかったのだが。少し惜しい気もする。


ロズはそんな俺をみて呆れたように息を吐き出しながら言った。


「お前さぁ〜不老不死なんて悲しき存在になんてなりたかったのかよ。あんまりおすすめはしないぜ?」


お前は不老不死の何を知ってるんだ。


「お前別に不老不死じゃないだろ。てか誰にそれ言ってるんだ?ただの人間から魔女になった特異点が俺だぞ?」


「おいおいお前がただの人間だったと?冗談。魔女狩りの里出身・・・・・・・・って時点でトア一般人説は消えてるんだよ」


「そうか?」



まぁ、そうかも?そうかもしれない。というかそれ前世の話だろ。今の俺は正真正銘普通の男子高校生だからな?え?魔法少女の兄なのに普通っておかしいんじゃないかって?いやいやいや魔法少女の兄だからこそ普通さが際立つんじゃないか〜!俺は完全無欠の一般人!多少魔法が使えるだけの一般通過お兄さんだよー♪


「絶対お前今アホなこと考えてるだろ…」


失礼な!なぜ分かった?!


「おっと話がそれたな。大丈夫かとは思うが一応、魔法について詳しく話してみろ。転生した影響で記憶が欠落しているかもしれねえしな」


「確かにそれもそうだな」


「おい納得すんなよ怖いじゃないか……では、初めに。魔法の成り立ちについてだ」



──魔法の成り立ち。

一般的には魔女が広めた神秘の術、という認識で魔女や魔法使いの間では通っているが実際の所は分かっていない。世界の支配者たる星から伝わった秘術という説もあれば、絶滅したとされる完全な生命体が作り出した概念という説もある。



「しかし不思議なことに神と魔法に関する説は唱えられていない。これはおそらく教会が真っ向からそれを否定しているからだろう。まぁ、あいつら人の話を聞かないからな」


「おいおい、それを他ならぬお前が言うのかよ…」


「魔女ファン舐めんな」


「舐めてねぇし、厄介ファンの間違いだろ?」


「厄介ファンだとてめぇ良くも俺の前でそれ言えたな!」


「やべ、地雷踏んだ」



魔女が大好きという純粋な気持ちを否定する奴は嫌いだ。それがロズならもっと嫌いだ。こちとら前世じゃ魔女の弟子になるために神を裏切って魔女側に寝返った人間だぞ?魔女のファンなんだぞ?健全なる信者なんだぞ?



「完全に目が据わっているな…マジでごめんって」


「次、俺を厄介ファン等とのたまった日にはお前を世界から存在ごと消すから覚悟しとけ」


「それは………いや、ありだな」


ねぇよ。


まったく、こういう時のこいつは無敵過ぎて腹が立つ。まぁ、対処法は簡単だが──



「──俺にロズに対しての記憶だけ抹消する魔法をかける」


「すみませんっした!二度と言いません!」



分かればいいんだよ分かれば。



「ところでそんな魔女ファンのトアに朗報だ」


「なんだ?」



わざわざ神聖な言葉である魔女ファンという聖句を使うからには俺を驚かせるくらいにはとんでもない情報なんだろうな?ああん?


「…魔女ファンって神聖な言葉だったんだ…」


なんかいったか?


「いやなんでも」


あと流れるように俺の心の声を聞いて会話しないで貰えません?普通にキモイので…



「俺様とトアの同期である魔女、覚えてるか?」


「もちろん。クリスのことでしょ?」


「そうだ【慈愛】だ。その慈愛がな、この世界にいるらしいぜ?しかもここ日本にな!」


「え?そうなの?」



それは初耳だな。というか俺ら以外にも世界渡りがいるのか……いやそういや怪人がいたわ。悪の組織の連中がモロに世界渡りだしなんなら世界渡り歴でいえばアイツらが先か。


「にしてもクリスが日本に…なんで来たんだろう?」


単純な疑問に俺は首を傾げた。クリスが世界渡りする理由と言えば、あの悪の組織が関係している、のか?あいつの性格的に考えれば多くの人を助けたいと思うはずだし。……ん?いやまてよ?あ、そういうことか。



「前から”普通の少女”だったはずの一般人が魔法を使えることを不思議に思っていたんだが、魔法少女ってもしかしてクリスの眷属だったりする?」


「むしろ眷属じゃなかったら魔法のない世界でどうやって魔法使うんだよ…」


「それは確かに」



むしろなんで気づかなかったのだろうか?不自然なくらいに出来すぎていたのにまるで気づかなかった。あまりにも前世とは掛け離れた世界だから認識がズレてしまったのかもしれない。


まさかここで魔法少女の成り立ちについて知るとは思わなかった。


クリスの【慈愛】の権能は他者を眷属化することで力を与える、というもの。その力とは擬似権能。つまりあくまでもレプリカというか偽物ではあるが権能に近い魔法を発動できる力と言えばいいか。


それだけ聞けば便利で強力な力かもしれないが、眷属を増やしていくたびに自身が弱体化してしまうようで本人いわくかなり使い勝手が難しいようだった。


まぁでもそれ以上に権能が強い。なんてったって、ただ一人の魔女が魔女の集まりで軍を作れるのだ。本人がその気になれば容易く世界征服できるだろう。まぁ、お人好しの彼女にその心配は無用だが。……にしても──



「──なぜクリスは別の世界で眷属を作ってまで悪の組織と戦っているんだ?」


「お前、まだ気づいていないのか?」


「むしろなんでお前がそんなに気づいてるんだよ…?」


「この世界を調べていくうちにな…」



物知りな黒猫は俺の膝の上で寝転がって言う。少しイラついたので俺は首根っこを掴んでロズを引き剥がした。名残惜しそうにしながらも奴は抵抗はしない。俺に迷惑をかけるつもりはないからだろう。


俺から距離をとったロズは妖魔の死骸の上・・・・・・・にちょこんと座り言うのだった。



「お前が見て気づかなかった・・・・・・・なんて思わなかったがな。お前が悪の組織とか言うアイツらも数百年経って随分と変わったらしい」


「…なにが」


ロズのその語り口調に少しの違和感を抱きつつ。不穏な予感に俺は眉を顰める。


「まだ分からないのか?だってアイツら──




──お前を追ってきた魔女狩りの連中ストーカーだぞ?」




◆ ◆ ◆ ◆




月明かりが照らす薄暗暗くも光が満ちているこの教会に2つの影が降りた。



「──教祖様・・・


「……神子様は見つかったのかい?」



けして振り向かずにまるで囁くようにそう言った1人の青年を"教祖様"と呼ぶ桃色髪のシスターは俯いたまま首をふった。



「いいえ。未だ神子様と思われる魂は見つかっていません。ですが…」


「報告にはあがっているよ。浮浪が現れたんだってね?」



その音色は怒気を含んでいるものの、どこまでも青年の様子は水面のように平坦であり静かであった。



「……排除しますか?」


「いいや、今は様子見」


「ですが……!」


「今は、と言ったんだ。焦る気持ちも分かるが、あれは我々が総力を上げて倒すべき厄災だ。そうではなくともいずれ必ず──」



青年は天を仰いだ。



「──魔女の手から君を取り戻してみせるさ、なあ?僕の王子様?」



◈ ◈ ◈ ◈






「ロズ、一つ頼みがあるんだが」


「なんだよ、ちなみに力の再封印すんなら対価は倍だぜ?」


「再封印はしない。もっと違うことだ」



妹が魔法少女だと知った今、力を再封印するなんて気は微塵もない。



「この封印していた鍵の特性を変えることは可能か?」


「……ああ、そういうこと」



ロズは俺の意図にすぐに気づいたようだった。そしてニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべる。…またなんか悪いこと考えてるなコイツ。



「対価はなんだ?」


「無料じゃないのか」


「そっちこそ何言ってやがる。欲しい物を手に入れる時、人は金を払うように魔女はそれ相応の代償を支払わなければならない。世界が違っても通用する一般常識だぜ?」


「じゃあ何が欲しい」



ロズは嗤う。ただそれだけだった。



「そうか、じゃあこの鍵もらうな」


「買った後はご自由にどうぞ、一応聞いとくがその鍵何に使うんだ?」


「【世界証明】と【名の返却】を【封印逆転リバース】すんだよ」


「回りくどい言い回しだな。猫でも分かるように説明できないのか?」


「猫じゃそもそも言葉通じなくないか?」



俺の反論にそれ以上ロズが突っかかることはなかった。



「簡単なこと、今の俺であるトアが魔法使いであるグランに変わるための装置に使うんだ」


「へぇ、んじゃ使用方法は【封印逆転】と同じか」


「そう、妹のピンチに駆けつけるためにはすぐに変身しなくちゃならねぇだろ?」


「どこまでいっても妹Loveでうんざりするぜ」



当たり前だろ。妹がピンチの時に駆けつけられない兄なんてこの世に存在してはいけないんだ。


「まったく」


ロズはもはや諦めたように笑った。


「それが俺様に魂を払った・・・後の反応かねぇ」


────────────────────

どうも朝露です。

そろそろ投稿しないと、使命感に追われて4話目投稿しました……ちなみに5話はまだ1文字も手につけていません。ヤベェヨヤベェヨ

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