#2 : 魔法少女の妹はというと


──私、柊双葉には兄には言えない秘密がある。



「魔法少女め!次会った時は覚えてろよ!」


「負け惜しみはダサいわよ」



魔法少女『星姫』。私のもう一つの姿である。

私が魔法少女となって早一年。色んな事が起きた。怪人と幾度も戦って何度か死を悟ったこともある。それでも何とかやれていた魔法少女の仕事は、やろうと思えば何でも出来てしまう私にとって唯一やり甲斐のある仕事だった。



『星姫、今日もありがとうなのです!』


「別にいいわ。私は私の為に戦っているの。礼は不要よ」



何だかんだ充実した魔法少女として戦う日々。それでもちょっぴり不満はある。


(お兄ちゃんと過ごす時間が足りない)


前々から思っていたが、怪人は決められた時間に侵略しに来れないだろうか?魔法少女の仕事は突然やってくる。家族に不審がられないように不定期のバイトがあると告げてはいるが流石におかしいと思われかねない。特に兄には心配されそうだ。それは嫌だ。絶対嫌だ。


(お兄ちゃんは私が守るんだ)


私とは違って何の才能もない兄を守れるのは自分だけなんだ。私がしっかりしないと……








「おはよう双葉」


「……おはよう」



相変わらず私の口は勝手に動いてしまう。お兄ちゃんは少し寂しげな顔をした。なんということだろう。お兄ちゃんを悲しませてしまった私の口が憎い。


私は終始罪悪感に苛まれながら料理を作る。作る、といっても目玉焼きとパンを焼くだけなので、やることと言えば待つことなのだが。ただ待っているのも退屈なのでいくら見ても飽きない兄の顔を眺める。


私達、兄妹は双子ではないのに凄く似ている・・・・・・。顔のパーツはほぼ一緒であり見分けがつかない。


でも私は断然兄の方がかっこいいし男前だと思う。

整った顔、白い肌。そしていかなるものも映さない黒色の瞳。日本人の瞳の色は大体茶色だから純粋な黒色の瞳は珍しいと思う。色白でめちゃくちゃイケメンでかっこいいのにどうして皆は兄をパッとしない容姿・・・・・・・・と評価するんだろう?


だっておかしいじゃん。クラスメイトにいつも可愛いって言われる私とほぼ同じ顔なのに兄は普通と呼ばれる。そんなのおかしい。


でも最近私はそれでもいいやって思えてきた。だって"お兄ちゃんの本当の姿を知っているのは私だけ"ってことになるから。なら別にいいか。そう思えばなんだがとても都合がいいってなるよね。お兄ちゃんは私のもの・・・・なんだもん。誰にも取られたくない。私はお兄ちゃんの妹なんだから当然だよね?


私は玄関前でお兄ちゃんを待ち伏せ・・・・するべく、いつものように早めに家を出て茂みに隠れた。









「僕と付き合ってください!」


「……ごめんなさい。私、誰とも付き合う気はないの」



というか女子と付き合う・・・・・・・こと自体無理。別に同性愛者を否定している訳じゃないが、それは個人、ひいては私の問題。まずお兄ちゃんを超えるぐらいかっこよくないと私の相手は務まらないし釣り合わない。


私は通う学校はお兄ちゃんと同じ高校…という訳ではなく女子校だ。『星生女学院』都内ではまあまあ知名度のあるお嬢様学校だ。


なんで私が兄の居ないこんなチンケな学校に通っているのかと言うと──怪我をして保険室で休んでいた私がクラスの男子生徒に襲われたからである。幸いたまたま通り掛かった先生が止めてくれたおかげで私の純潔が守られたわけだが、二度とこんなことが起こらないようにとお兄ちゃんがこの星生女学院に進学することを私に進めたのだ。


非常に残念なことに私を心配して言ってくれた兄の期待に応えるために私はこの学校に進学した。あのクソ野郎が私を狙わなければ本来ならお兄ちゃんと華々しい高校生活を送れたのだ。次あったら絶対に末代まで呪ってやる。そう心に決め私は告ってきた女子生徒に背を向けた。





◇ ◇ ◇ ◇





「双葉ー今日、2年先輩に告られたんでしょ?どうだったー?」


「飛鳥、あれは貴方の差し金でしたか…」


「差し金って、言い方酷くなあい?別に差し金も何も2年先輩の恋愛相談に付き合っただけっしょ」


「それを差し金と言わずして何と言うのですか…勿論、丁重にお断りさせていただきましたよ」


「2年先輩可哀想そー」


「何がですか」



はぁ、と思わず私はため息をついた。

彼女は花鶏飛鳥あとりあすか。この星生女学院で出来た一応…友人である。可愛らしい顔立ちに髪は金髪に染めシュシュで髪を結んでいる。姿はギャル、中身もギャルこれで財閥のご令嬢というのだからギャップどころの騒ぎでは無いだろう。


私は心の疲れを癒すべく、隠し撮りしたお兄ちゃんの写真を眺める。はぁ、かっこいい。


私がうっとりとした目で神聖なるお兄ちゃんの写真を見ていたら後ろから視線を感じた。



「まさかそれ双葉の彼氏?」


「「「え?」」」


「違うけど」



飛鳥が放った言葉にお年頃のクラスメイト女子が反応する。まさか恋愛に興味なさそうな女子筆頭の私に彼氏が出来たのかと、信じられないものを見る目で見てくるクラスメイトを殺気を含んだ視線で黙らせ飛鳥の言葉を否定した。



「違った?あ、双葉と凄い顔似てるしお兄さんとか?」


「そう。この人は私の兄よ」


「そっか双葉ってこんなにかっこいいお兄さんいたんだね!なんだ早く言ってよ〜」


「っ…」



初見でお兄ちゃんの素晴らしさを理解するとは…流石飛鳥。私が唯一友人になることを許した相手だ。無意識の内に胸が高鳴る。


「ねぇ、双葉のお兄さんってどんな人?」


ドキンとした。これはお兄ちゃんの素晴らしさを説く絶好のチャンスだ。少し前の私が望んでいたことでもある。でも…


(お兄ちゃんの素晴らしさを知って好きにならない女なんていない。もしも飛鳥がお兄ちゃんに群がる羽虫共と同類に成り下がったら……?)


その時は……


「どうしたの双葉?怖い顔しちゃって……」


「なんでもないわ。そうね、私の兄は──」


ピカッ!!


その時、視界が軋むような光がフラッシュした。何度も体験したこの現象。怪人が出現した時に起きる・・・・・・・・・・・・『妖精の知らせ』だ。


同時に頭にマップが広がった。怪人が現れた場所に赤いマークが記される。その瞬間、一気に血の気が引いた。私は勢いよく立ち上がる。その反動で椅子がガタッと音を立てたがどうでもいい。冷たい汗が背中を伝う。


(嘘でしょ嘘でしょ、まさかまさかまさか……!)



「双葉?」


「私帰る」


「え、ちょっと本当にどうしたの双葉!?」



飛鳥の制止を振り切って、私は走り出した。妖精が私に伝えた場所、それはお兄ちゃんの通う高校・・・・・・・・・・だった。


もしもお兄ちゃんに何かあったら…そう思うと胸が苦しくて痛くなる。張り裂けそうになる。壊れそうになる。


「お兄ちゃん無事でいて…!」


私は全速力で、お兄ちゃんの通う高校に走った。









──よかった。この高校には誰もいない・・・・・

私はホッ、と息を吐いて安堵した。そして私は心を落ち着かせた。戦いにこんな焦った気持ちで挑めば直ぐに私は殺されてしまうだろう。そうなればお兄ちゃんに会えなくなるしお兄ちゃんが悲しむから私は絶対死なない。死んでも気合いで蘇ってみせる。


私は魔法少女星姫に変身して、異形の怪人と対峙していた。


「反撃は終わりですか?なら決めさせてもらいます!これ以上、お兄ちゃんが通う学校に被害出したくないし」


そう私は怪人に吐き捨てた。私はまだ必殺技を打てる魔力があるのに対して、怪人は私の猛攻を受けて疲労困憊のご様子。この調子なら直ぐにカタをつけられるだろう。


「──煌めく星々に希う、我は代行者【星姫】なり。汝は愛しき人の願いを叶える者、我は愛しき人のために願い奇跡を起こす者!今、ここに集いて瞬いて!【星詠ノ序曲】!」


この魔法で生き残った怪人はいない。私の全魔力を注いだこの魔法は魔法少女最強と呼ばれるかの軍神様にも認められた魔法だ。だからこんな怪人如き簡単に仕留められる。そう解釈したのが良くなかったのかもしれない。


怪人は一瞬で灰になり私の前から姿を消した。それが怪人の分身であると知らずに。


「これで一件落着ですかね」


私はふぅ、と一息ついた。

その油断が戦場では命取りだと理解していたはずなのに…いや、理解出来ていなかったから油断したんだ。


──そして私は嫌な音を聞いた。


──ギュギュ


その異形はニタリと笑い不愉快な不協和音を奏でる。


「──え?な、なんで…さっき倒したのに」


私は驚愕する。どうして?疑問はその後の絶望にかき消される。怪人が腕を奮った。その速度は軽く音速を超えている。あの攻撃に当たれば私は──そんな最悪過ぎる妄想が頭をよぎる。世界がずっとスローモーションに見えた。


……私はこの時、直感的に死を悟った。




◆ ◆ ◆ ◆




まだ私はお兄ちゃんに何も返せていないのに!


こんな所で死んでしまうのか私は!


そんなの嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!


──時間は無常にも進んでいく。


怖い、怖い、怖い!




……こんな時、いつも走馬灯として蘇るのは大好きなお兄ちゃん・・・・・・・・・だった。


どんな時でも必ず助けてくれた兄。


一人が怖い時に手を繋いでくれた兄。


悲しい時は優しく頭を撫でてくれた兄。


私が賞を取って誰よりも喜んでくれた兄。


昔よりも感情を表に出せるようになった兄。


何もしていないのに凄いって褒めてくれる兄。


妹の私よりも才能がないって思われても、不出来な兄だと関係の無い人達から酷い言われ方をしても、顔色を変えることなく普通に振る舞い、元凶である私に悪感情を抱くことなく自分に出来る精一杯で私を愛してくれる兄が大好きだから。私はお兄ちゃんが困った時は助けられるように魔法少女になったのに。どうして……!


(助けて、お兄ちゃん!)







「──よそ見はダメだぜ」


──こうして私達は出会った。



◈ ◈ ◈ ◈






怪人の後ろから放たれた声と共に怪人の腕が消滅する。



「あ、あなたは…」



私は目を見開いた。

この高校には私を覗いて誰もいないはずだった。だって避難警告は放送され高校にいた人達はみんな逃げたと妖精から聞いたから間違いない。


でも誰かが助けてくれた。

私はその声がした方を見る。そして居た、少年が。


──その風貌は、青みがかった銀髪に異常なくらい白い肌、瞳は瞼によって固く閉ざされ瞳の色を確かめることはとても困難だ。大きくて白い魔女の帽子を被っておりまるで本物の魔女のような出で立ちの少年?らしき人物だった。


その少年は不敵な笑みを浮かべ私の問に高らかに応えた。


「俺か?俺は浮浪の魔法使いグランだ!」


グランと名乗る少年は、見た感じ外国人のような顔立ちと服装に反し流暢な日本語を喋っていた。


「魔法少女…なの?」


「君は俺が魔法少女に見えるのか?」


「いや見えないけどっていうか質問を質問で返さ──」


──ギュルフギュ!


しかし空気を読もうとしない怪人のせいで私の言葉は遮られた。無視されたのが腹たったのか怪人は先程よりも鋭く拳を奮った、少年に・・・



「っ!危ない!」


「遅いぞ──止まれ・・・



すると怪人の奮った腕は不思議なことにピタッと静止した。状況から察するにあの少年が何かしたのだろうが、よく分からない。魔法…ではあるようだ。


──ギャルル?


「不思議か?まぁ、そうだよな。俺もそう思うぜ怪人」


少年は怪人の言っていることを察し返答する。


「──だから、てめえが何が何だか分からない内に倒させてもらうとするわ」


その言葉から空気が変わる・・・・・・


「……なに、この魔力は…」


空気は魔力に代わり魔力が少年に集まり吸い込まれる。これらは全て魔力操作によるもの。私の頭が勝手にそう結論付けた。理解した瞬間、私は身震いした。そんな芸当が人間に出来るのか?無理だ。妖精でさえ何百年、何千年と掛かると私は教えられた。じゃあ彼はどうしてそれが出来るのか?分からない。彼が敵か味方なのかさえも私には分からない、でも気になる。その魔法が、気になる。


「本物の魔法を魅せてやろう・・・・・・


私はみた。否、魅せられた。


「ながったるい詠唱なんぞ必要ねぇ。必要なのは証明・・することだ」


「?」


少年は私を一瞬ちらりとみた後、直ぐに怪人に向き直った。


「──星に名を示そう。我は【浮浪グラン】である。その名の元に我は奇跡を願おう。奇跡を起こそう」


そして少年は嗤った・・・


「汝、名を持たぬ怪人よ。寿命を以て・・・・・氏ぬがよい」


──グチュ


その刹那、怪人は不快な音を立てて萎んでいく。

まるで人が老けていくかのようにしわくちゃになりやがて風化した。



「倒した…?」


「ああ、倒したぞ。危ないところだったな。魔法少女星姫」


「っ!?…なんで私の名を?」


「そりゃー……あ、いや、なんでもない。じゃあ俺は帰るぞ」


「ちょっと待ちなさい!貴方は何者なの?」


「言ったろ?俺はグラン。魔法使いだ!」



自身の正体を魔法使いだと言う少年、グランはあっという間に遠ざかり消えていった。



「なんなのよ…」


『大丈夫なのですか?星姫』


「ええ、まあ怪我は無いわ」


『良かったのです。それと魔法少女連盟から君に招集要請が来ているのです』


「ちょうど良いわ。グランと名乗る正体不明の人物の報告に向かいましょう。行くわよ妖精」


『シエラなのです!』


思えばその日から魔法少女の仕事が劇的に動き出したのだ。

まるでそれが運命であるかの如く。

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