第4話 幼馴染の趣味?
最近の道の駅は、それ自体が一つの観光地になっていたりする。そこに地元の野菜の直売所まで併設されているので、家族で来ても楽しめそうだ。
一通り外の散歩を終えて、俺たちは道の駅の中に入った。
レストランのメニューを見て、茜に提案する。
「ちょっと早いけど、ここで昼食べようか」
「おっ、なにが浅葱くんの琴線に触れたのかな?」
「熊肉のカレー」
「まさかのジビエ! でもいいね、珍しいのも魅力的~」
手を口元に当てて、じっとメニューを見つめる茜。しばし思考した後で、何度もうなずきを繰り返す。
「私はとろろ蕎麦にしよっと。地元の自然薯使ってるんだって」
「へぇ。めっちゃ美味そうじゃん」
「ねばねばは体に良くて美味しい! つまり最強なんだね」
「熊は生物として強いけどな」
「自然薯だって負けないよ」
「自然薯で熊に張り合うのは無茶だろ」
なにがどうなったら熊を倒せるんだよ。
……まあ、自然薯ってめっちゃ深くに生えるから掘り起こすのめっちゃ難しいらしいけど。
食券を買って、呼び出しのブザーをもらったら好きな席に座る。水はセルフ。
茜に巻いてもらったマフラーを外して、椅子にかける。
窓の外からは、海が見える。
「いい眺めだね」
「ああ」
週末にはきっと、デートスポットにもなるのだろう。
デート……か。
水を口に含む。
「デートみたいだね」
「んんっ……んっ! んん……?」
めっちゃむせた。
茜が心配そうにこっちを見てくる。自分のせいだとは思っていないらしい。
「大丈夫? 背中さすろっか」
「大丈夫。なんでもない」
なんでもなくはないが、なんでもないことにしておきたい。
まさか思考が被るとは。いや、レストランから海が見えたら、誰だってそう思うか。
別に大した意味はない。はずだ。
「ん?」
ほら、明るい茶髪を横に揺らして、茜は不思議そうな顔をしている。
昔から近くにはいるけれど、それはあくまでも幼馴染として。彼女にとって、俺が恋愛対象になったことは一度としてなかった。
「いや、茜は変わらないなと思って」
彼女の目に映る俺が、いつまでも兄のような存在であることに気がついて――
そのことに絶望したから、誰にも気がつかれないように、そっと感情を飲み込んだ。
忘れようとして、気がついた頃には本当に忘れていた初恋。
「馬鹿にしてる?」
「ありがたいと思ってる」
なにも変わらずにいてくれるから、今、こうして近くにいてくれる。
タイムカプセルみたいに関係を止めてしまえば、それはなにより強固なものになる。
「変なこと言うね、浅葱くん」
「そうだな。らしくなかった」
「旅は人の意外な一面を明らかにする――って言うからね」
そんなことを言うわりに、茜はどこまでもいつも通りだ。
いつも通り、なんて言えるほど彼女を知っているわけではないけれど。
よく遊んでいた頃のあの茜と、目の前にいる茜は、確かに同じ直線状に存在する。
ブザーが鳴った。
「あ、私のが先みたい」
ついで俺のブザーも鳴る。
「ほとんど同時だな」
熊肉のカレーを取りに行って、俺たちは昼食をとった。
他愛のない会話だけ。盛り上がりはわずかで、気を使うこともない。
肩の力を抜いて、取り繕わないで相手と向かい合う。向かい合えてしまう。
だからこれは、恋ではないのだ。
随分前に、俺はそうやって結論付けた。
あれは間違っていない、はずだ。
◇
昼食の後に道の駅を出て、午後もひたすら車を北へ走らせた。
途中のコンビニで夕食とスイーツを買って、予定時刻より早くに目的地に到着した。
海の見える駐車場。
現在は車で宿泊するための施設、いわゆるRVパークとして登録されているらしい。
「さすがに平日は人少ないね。もしかして、私たちだけ?」
「まだ早い時間だからってのもあるだろ」
ちょうど山の向こうに太陽が沈んでいくくらいの時間だ。後から泊まりに来る人たちだっているだろう。
車から降りると、茜はあたりを見回す。
この旅の目的地――茜が行きたいと言った場所が、ここだ。
「ここでよかったのか?」
「正確には違うかもだけど……うん。でも、だいたいこの辺!」
水平線の向こうの景色を両手で切り取って、じっと眺める茜。満足したようにうなずくと、俺を見て背筋を伸ばした。
「ありがとね。連れてきてくれて」
「いいよ。俺も遠くまで来れてよかった」
狭い自室で鬱々としているより、こうやって外に出ている方が健全だ。心なし、精神も落ち着いているような気がする。
海を眺めていたら、茜が車のバックドアを開けた。積み込んだ荷物から、縦長の袋を二つ運んでくる。
「これ椅子ね。浅葱くんは疲れてるだろうから、これでゆっくりしてて」
「こんなの持ってたんだ」
「そう。女の子の荷物にはね、いろいろあるんだよ」
「その秘密は化粧とかだと思ってたよ」
まさか運び込んだ大量の荷物に、ちゃんとしたキャンプ道具があったとは。
茜の言葉に甘えて、椅子を準備して座る。その間も茜は車と俺の横を行き来して、慣れた手つきで快適空間を設営していく。
テーブルの上にランプ。小さなガスコンロ。その上にポット。コップとインスタントの飲み物各種。段ボールの中からぽんぽん出てくる小道具によって、一気にキャンプの雰囲気が高まっていく。
十分ほどで、俺たちの間にはオシャレ空間が完成した。
「はい。ブランケットね」
「……完璧すぎるだろ」
ちょっと引くくらいの出来上がりだ。
最後にブランケットが出てくるのもやばい。
俺の知らない間に茜は、趣味に大改革を起こしていたらしい。
「なに飲みたい?」
「じゃあ、コーヒーもらおうかな」
「はーい。コーヒー入ります」
カフェの真似みたいに注文を受けて、インスタント袋を開ける。粉を溶かすタイプではなく、ペーパードリップのものだ。俺がいつも飲んでいるものより、ずっといい味がするだろう。
ガスコンロでお湯を沸かして、ゆっくりと注いでいく。
暖色のランプで照らされる茜の横顔。まっすぐにコーヒーへと向けられる目。
悪くない時間だ。
茜がいて、コーヒーの香りがして、穏やかな海が広がっている。じんわりと暗くなっていく世界の真ん中で、ランプの頼りない明かりだけが照っている。
満ち足りていく。
「どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたコーヒーを、両手の中で包み込む。
茜はミルクティーにしたらしい。粉をさっと入れると、彼女も椅子に座ってブランケットを膝にかけた。
「茜って、キャンプ好きだったんだな」
「ううん。私じゃなくて、お父さんが」
「……ごめん」
「いいの。気にしないで」
茜が首を左右に振る。柔らかな髪がそれに従う。一日中車の中だったから、髪は家を出たときと変わらない。
「親の離婚って、外から見たら大変そうだけどさ――ある日突然ってわけじゃないから。けっこう心の準備もできたし、むしろ『やっとか』って、ちょっと安心もするんだよ」
そう言っていつもみたいに笑う茜。
彼女の姿に、既視感を覚えたのは……。
「そういうものかもしれないな。確かに」
なにかが崩れるときは、小さな予兆がいくつもあって。
だから案外、驚きは少なかったりする。そういう経験がまだ、記憶の新しいところにあるから。
「元はといえば、お父さんが悪かったし」
「なにかしたのか?」
茜は目を細めて、ミルクティーを一口。
たっぷり時間をかけて、それから諦めたような微笑みを浮かべた。
「不倫」
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