第二十三話 中華料理店


 池袋駅で降りるとそばのベンチでなぜか佐奈が座っていた。変装なのかマスクとキャップの帽子をかぶっている。辿の顔を見ると、満天の顔で喜びを見せた。

「辿く~ん」

「おう、佐奈」

 ベンチから駆け寄ってきて、抱き付いてきた。それに応じるように頭を撫でてやる。

「ねえ、ご飯食べに行かない? 相談したいこともあるし」

「ああ、僕もだ」

 飯を食べていたことは黙っておいて、彼女の提案に乗ることにした。

「で、どこに行くんだ?」

「チャーハンと焼き餃子が美味しいお店!」

「ああ、中華料理店か。池袋にあったかな?」

「探せばあるんじゃない?」

 辿が微笑んだ。行き当たりばったりなところは、彼女の良いところでもあり悪いところでもあるが、今は悪いところには目をつむろうと思う。

 彼女と手を繋ぎながら歩いた。グーグルマップで料理店を調べながら、どこかいいところが無いかな、と。

 そこで見つかったのが、池袋公園の近くの店「鳥来店」だった。「チョウライテン」と呼ぶのか、「トリライテン」と呼ぶのかは分からないが、店の入り口からふわっと香ばしいいい匂いが立ち込める。


 がらがらと戸口を開けると「いらっしゃい」と中国人の独特の訛り声が届いた。

 カウンター席には中年の親父や、白髪のビールを傾けている翁がいた。

 辿たちはテーブル席に案内されて、メニュー表を渡される。

 佐奈は言っていたようにチャーハンと焼き餃子を注文し、辿はというと、豚キムチ定食を頼んだ。


「ねえ。で、話って言うのはね、私もう歌手、やめようと思う」

「えっ、それはなんで……って、ごめん。そう思うのは無理もないよね。そういうことをさせられていたんだから」

 芸能界の裏、というか、彼女はそんなアンダーグランドの住人に利用されていた。

 だからこそ、可哀想という同情の一言で片づけてはいけないと思う。

「そうだよ。だからもう、身を引こうかな……って」

 辿は息を吸って、頭の中を整理した。そして吐くべき言葉を整頓しながら言う。

「僕はそれでも、君に歌手活動を続けてほしい――」

「それはいったいどうしてなの? どうしてそこまでして、辿くんは私に歌手活動を続けさせることにこだわるの?」


 その言葉に、辿が正直に胸の内を語る。

「君は、月に輝く少女なんだよ。アルビノという病気は、いつか失明する。永遠に光を失うんだろ? だったらそんな君に、最後に人の光を浴びてほしい。それが願いなんだ」

「人の光ってなに?」

「例えば、コンサート会場でのスポットライトだったり、サイリウムだったりだよ。それは歌手でないと体験できない光だ。君はそれで永遠になってほしいんだ」


 彼女は俯いた。すると中国人の店員が料理を持ってきた。辿はそれをつまみながら、「どうかな」と尋ねてみる。

「でも怖いよ……」

「だからね、僕は君のために芸能事務所を立ち上げようと思うんだ」

「ごめん、話が突飛すぎてる。芸能事務所なんてそう簡単に立ち上げられるものなの?」

「鳥居に協力をお願いしている。鳥居の親は企業連に大きな影響を与えることが出来るんだ」

「持つべきものは友達か……じゃあ、任せてもいいの?」

「ああ。任せてくれ」

 すると途端に快活になって、「じゃあ安心だ」と言った。多分に気丈に振る舞っているのだろう。

 辿は嘆息をつき、声を出さず口だけ動かして「ありがとう」と漏らした。

 

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