現実の塑造者

カルチャーホールの空気そのものが息をしているようだった。リベラリア中心地区の最大の公共スペースは、今夜、人々の感情と期待で満ちていた。天井から降り注ぐ光が波のように揺れ、集まった聴衆の興奮を映し出していた。壁面には投影された夢のような風景が踊り、床は集まった人々の足音に合わせて微かに脈動していた。


これがリベラリアの建築—使用者の感情と調和し、反応する生きた空間だった。


ステージ上で、ミラ・クリエイターは観衆の期待を肌で感じていた。彼女の髪は今夜の目的を示す深い青緑色に自然と変化し、彼女のイマジネーターが腕に心地よい重みを与えていた。3,000人以上の聴衆が彼女の言葉を待っていた。


深呼吸をし、彼女は腕を上げた。瞬時に、ホール全体が変化した。天井が開き、星空が広がり、そして遠く—はるか遠くに境界の壁が見えた。実際の壁ではない。彼女のイマジネーターが生み出した幻影だったが、その迫真性に観衆からは驚きの声が上がった。


「私たちの創造性には境界はない!」ミラの声がホール全体に響き渡った。澄んだ声が、建物の音響システムと共鳴し、まるで建物自体が彼女の言葉を増幅しているかのようだった。「なぜ私たちの社会には境界があるのでしょう?」


彼女の問いかけに呼応するように、ホールの空間がさらに変容した。周囲の壁が完全に透明になり、遠く離れた境界線の壁が見えるようになる。数十キロ先にある実際の壁を「見せる」錯覚だった。しかも単なる視覚ではなく、観衆全員が壁の存在を感じることができるように—その物理的な重みと、それがもたらす制限の感覚を。


「この壁は、かつて私たちの共通の祖先が恐怖から築いたものです」彼女は続けた。髪の色が情熱的な赤から、より穏やかな琥珀色へと変化していった。「しかし今、その壁は私たちの未来への可能性を閉ざしています」


観衆の感情が高まり、多くの人々が自分たちのイマジネーターを起動させた。ホール内の現実が多層的に揺らぎ、様々な個人の想像力が空間に投影される。希望、不安、期待—それらの感情が視覚化され、部屋の中で踊った。


ミラはこの集合的な創造の流れを感じ取り、自らの装置を微調整した。彼女のビジョンが他の全ての投影と同調し始め、集合的な想像力が一つの強力なイメージへと融合していく。個々の夢の断片が結びつき、より大きな何かを形成する過程は、リベラリアの芸術における最高の体験の一つだった。


壁が崩れ落ちる映像が現れた。それは暴力的な破壊ではなく、氷が溶けるような自然な変容だった。その断片から新しい道が生まれ、両社会の人々が出会い、交流する姿。技術と芸術の融合によって生まれる新たな世界の可能性。


「これが私たちの夢見る未来です」ミラの声は静かだが、確信に満ちていた。「効率と創造性が対立するのではなく、互いを高め合う未来」


彼女が描く統合されたビジョンの中で、ユニティアの時間同期塔から発する青い光が、リベラリアの創造節点の虹色の輝きと交わり、新しい調和を生み出していた。その映像は彼女自身の内面からわき上がったものだったが、それが聴衆の集合的想像力と共鳴し、より力強い現実となっていた。


この瞬間、ミラは自分の特別な能力を使わなかった。「鏡に映る未来」を見る能力は、こうした公の場では制御しづらかった。しかし彼女は、この統合のビジョンが単なる夢ではなく、実現可能な未来だと信じていた。


ホールの後方で、イザベル・ミラージュが腕を組んで立っていた。彼女の周りの空気は周囲より密度が高く、彼女のイマジネーターが創り出す不満の場がはっきりと感じられた。彼女の周りにいた支持者たちも同様に、完全には満足していない様子だった。彼らの現実投影には、よりラディカルなビジョン—壁の即時破壊と、より革命的な変化—が含まれていた。


「統合」という言葉には全員が賛同しても、その方法と速度については意見の相違があった。ミラの緩やかで段階的な統合ビジョンは、イザベルたちの急進的な変革願望とは相容れない部分があった。


演説が終わり、ホール全体が歓声と拍手に包まれた。ミラが創り出したビジョンは徐々に消え、ホールは通常の状態に戻ったが、人々の心に残った感情と可能性の残響は消えることはなかった。


ミラはステージから降り、熱心な支持者や好奇心旺盛な質問者たちに囲まれた。興奮した顔ぶれの中、リア・ドリームウィーバーの姿が際立っていた。リベラリアで最も影響力のある現実塑造者の一人であり、創造者ギルドのマスター、そしてミラのメンターでもある女性だった。


リアの存在感は部屋の他の部分とは異なっていた。彼女の周りの空気は常に微かに歪んでおり、彼女の思考が現実そのものを自然に変形させていた。それは訓練を受けた塑造者だけが達成できる存在状態だった。


「素晴らしい演説だったわ」リアは若い弟子の肩に手を置いた。その手首には最新型のデラックス・イマジネーターが光っていた。ミラが使っているものよりも数世代進んだモデルで、その表面は複雑な有機的回路が流れる半透明の結晶で覆われていた。「特に最後の集合ビジョンは見事だった」


「ありがとう」ミラは笑顔で答えた。彼女の髪は落ち着いたターコイズブルーになっていた—成功と安堵の色だ。「でも、イザベルたちは満足していなかったみたい」


リアは肩をすくめた。「急進派は常に不満を持つものよ。あなたが彼らのペースに合わせる必要はない」


彼女の言葉には優しさがあったが、ミラはその下にある計算された意図を感じ取った。リアは常に全体像を見る人だった—そして時に、その視野の広さの中で個人は駒になることもあった。


二人は人混みを抜け、バックステージへと向かった。そこにはより親密な支持者たちが待っており、興奮した議論が続いていた。中央のテーブルに置かれた小さな装置からは、境界線の向こう側の映像が投影されていた—ユニティアの整然とした街並み、効率を追求した建築様式、時間同期塔の規則正しい配置。


映像は視覚的なものだけでなく、ユニティアの時間感覚も伝えていた。観察者は微かに、あちら側の時間の流れが異なることを感じ取れた—より規則的で、予測可能で、そして時にはより重いものとして。


「私たちが目指すべきなのは、彼らの技術を取り入れながらも、私たちの創造性を失わないことだ」アカデミーの教授が熱心に語っていた。彼の髪は議論の興奮で銀色から金色へと変化していた。


「でも、彼らは本当に統合を望んでいるのか?」別の活動家が疑問を投げかけた。彼女の周りには不安の雲が漂っていた。「時間技師評議会は保守的で、変化を嫌うことで知られている」


ミラはこの議論に半分だけ注意を払いながら、小さな手鏡を取り出した。それは普通の鏡ではなく、黒曜石の縁取りを持つ特殊な結晶でできたパーソナル・リフレクターだった。彼女の特殊能力を増幅するために調整された装置だった。


彼女はそれを覗き込み、内なる能力を意識的に解放した。鏡の中の彼女の姿が微妙に変化し始めた—単なる反射ではなく、可能性の窓が開いたのだ。未来を見ているのではない—正確には「可能性の未来」を覗き見ていた。


鏡の中の彼女はユニティアの制服のような服装をし、その青灰色の堅苦しいデザインは彼女の普段の自由奔放なスタイルとは対照的だった。鏡の中のミラの額には緊張の色が浮かんでいた。背景には見知らぬ施設が映っていた—幾何学的で厳格な設計のユニティア様式の部屋だった。そして彼女は誰かと話していた—顔は見えなかったが、直立した姿勢と規律正しい動きから、明らかにユニティアの人物だった。


この映像は何を意味するのか—未来の警告なのか、それとも必要な道筋なのか。ミラは眉をひそめた。彼女の能力は時に曖昧で、解釈が難しかった。予知というより、確率の芸術に近いものだった。


「ミラ」リアの声が彼女の瞑想を中断させた。「少し話があるの」


リアはミラを人込みから離れた小部屋に案内した。そこはより個人的な会話のために現実障壁で保護されていた—外部からは音も感情も漏れない空間だった。二人きりになると、リアの表情が一変した。いつもの温かな微笑みは消え、より厳しく、計算高い表情に取って代わった。


「明日、ネクサスへ行ってもらいたい」


ミラは驚いた。「ネクサス? 文化交流プログラムの次の派遣は来月のはずでは?」


「予定を前倒しした」リアは窓の外の境界線の方向を見た。彼女の瞳に映る微かな光が、彼女の緊張を示していた。「情報によると、ユニティア側が特別な技術者をネクサスに派遣した。時間技師評議会の最高評価者の一人だそうよ」


「彼らが技術者を派遣する?」ミラは困惑した。彼女のパーソナル・リフレクターが微かに脈動し、彼女の感情に反応した。「何か起きているのね」


「境界の不安定化が始まっているという噂がある」リアは低い声で言った。「技術的な問題か、あるいはそれ以上の何かかもしれない。いずれにせよ、私たちも注視すべきよ。それに…」彼女はミラの手を取った。「あなたの特別な能力が役立つかもしれない」


ミラは言葉に詰まった。彼女の能力—「鏡に映る未来」—は本来ならば秘密のはずだった。幼い頃から持っていた不思議な力で、鏡に映った自分の姿を通して可能性の未来の断片を見ることができた。しかし、その能力は不完全で予測不能だった。10代の頃、親友の死の前兆を鏡で見たにもかかわらず、それを防げなかった経験から、彼女はこの能力を恐れるようになった。


リアが話を続けた。「私たちはユニティアを真似る気はないわ。彼らが境界で何をしているにせよ、私たちも独自の目と耳を持つべきよ。あなたが最適任者だわ—統合運動のリーダーであり、芸術的才能を持ち、そして…特別な直感力を持っている」


「どうして…」ミラは尋ねようとした。自分の秘密がどうして知られているのか。


「私の立場にいれば、才能ある若者の特別な素質を見抜くものよ」リアは微笑んだ。その笑顔には計算された温かさがあった。「心配しないで。あなたの秘密は守られている。ただ、今はその力がとても必要とされているの」


ミラは不安と好奇心の混じった感情を抑えながら、深く息を吸った。「パーソナル・リフレクターが見せた映像…」彼女は躊躇った。「ユニティアの施設のようなところで、私が誰かと話していた。関連があるのかしら?」


リアの目が鋭く光った。「それこそが、あなたが行くべき理由よ。その映像は意味があるはず。あなたの能力は時に、私たちの理解を超えた導きを与えてくれる」


ミラは瞬時に状況を把握した。この任務は単なる観察依頼ではなく、リアには何らかの別の目的があるようだった。しかし同時に、自分の能力が示した映像と、この機会の間に何らかの関連があることも確かなようだった。


「わかったわ。行くわ」彼女は決断した。


「素晴らしい」リアは満足げに頷いた。「正式には芸術評議会の若手代表として、文化交流プログラムの責任者という肩書きで行ってもらう。必要な書類は全て用意してある」


この会話の迅速さとリアの周到な準備に、ミラは一瞬の不信感を覚えた。まるで彼女の承諾は最初から計算されていたかのように。しかし彼女は、リベラリアの価値観である個人の選択の自由を信じ、自分の決断と見なすことにした。


彼女は自分のパーソナル・リフレクターを握りしめた。装置は彼女の不安に反応して、微かに温かくなっていた。「ユニティアの技術者について、もっと知りたいわ」


「名前はアレン・タイマー」リアは情報を共有した。「非常に優秀な時間技師だとされている。そして…」彼女は一瞬躊躇した。「彼もまた特殊かもしれないという情報がある」


「特殊?」


「詳細はわからないわ。ただの噂かもしれない。しかし彼は、標準的な時間技師とは異なる何かを持っているという噂よ」


ミラはこの情報を消化しながら、再びパーソナル・リフレクターを見た。鏡は今、通常の反射に戻っていたが、彼女はその中に可能性の糸が張り巡らされているのを感じることができた。アレン・タイマー—鏡に映った未知の人物—彼と彼女の間には何らかの接点があるのかもしれない。


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翌朝、ミラは早くに目覚めた。夢の中で、彼女は高い壁の上を歩いていた。左側はユニティアの整然とした都市景観、右側はリベラリアの自由で有機的な街並み。そして彼女は、その狭い壁の上でバランスを取りながら歩いていた。両側には深い谷があり、彼女は落ちないように慎重に一歩一歩進んでいた。そして壁の先には、彼女には見えない何かが待っていた。


目を覚ますと、彼女は枕元のリフレクターを手に取った。鏡の中の自分は疲れた表情で、眉間に深いシワを寄せていた。そして背景には、見知らぬ金属的な装置が映っていた—明らかにユニティアの技術だった。その装置の目的は不明だったが、重要な意味を持つことは間違いなかった。


「また警告?」彼女は小さく呟いた。「それとも導き?」


彼女のイマジネーターが反応し、彼女の混乱した感情が部屋の壁に映し出された。壁の色が変わり、疑問符のような形が浮かび上がり、そして消えていった。リベラリアの住居は住人の感情状態に敏感に反応するように設計されていた。


持ち物をパックする時間はほとんどなかった。リアが言ったように、全ての手続きは既に完了していた。彼女は最小限の私物と、最新のイマジネーター(リアから贈られた特別なモデル)を携えて、指定された集合場所に向かった。


初秋の朝の光が、リベラリアの街に特有の魔法のような輝きを与えていた。建築物は朝の気分に合わせて色調を変え、より穏やかで温かみのある色合いになっていた。通りを歩く人々も、その環境と調和し、より穏やかなペースで動いていた。


集合場所に到着すると、イザベルが彼女を待っていた。彼女の表情は硬く、明らかに不満を抱えていた。彼女の周りの空気にはかすかな赤い色調があり、彼女の感情状態を反映していた。


「あなたが行くべきじゃない」イザベルは挨拶もなく言った。彼女の声には真剣な懸念と、わずかな怒りが混じっていた。「リアはあなたを利用している」


ミラは驚いた。「どういう意味?」彼女は友人の目をまっすぐ見た。


「彼女には独自の計画があるわ」イザベルは周囲を見回し、声を落とした。彼女のイマジネーターが彼女たちの会話を覆う小さなプライバシー障壁を作り出した。「急進派の非公式会合での話によると、リアは統合後の権力構図について、既にユニティアの一部勢力と接触しているらしい」


ミラは困惑した。「それはただの噂じゃ…」


「単なる噂ではないわ」イザベルは断言した。彼女の言葉が強い確信とともに、空気中に振動した。「だから私は、より直接的な行動が必要だと主張しているの。民衆の力で統合を実現しなければ、権力者たちの都合のいい形に変質してしまう」


ミラは友人の熱意を理解しつつも、その手法には賛同できなかった。イザベルのビジョンには暴力の影があった—それはミラの望む統合の道筋ではなかった。


「暴力的な手段では問題は解決しないわ、イザベル」彼女は静かに、しかし確信を持って言った。「両社会の人々の心を変えることこそが大切なの」


この言葉により、イザベルの周りの赤い色調がより濃くなった。「相変わらず理想主義者ね」彼女は苦笑した。そして彼女の表情が少し和らいだ。「でも…それがあなたの強みでもある。だから皆があなたに従うのよ」


彼女の言葉には皮肉と賞賛が奇妙に混ざっていた。イザベルとミラの友情は深かったが、政治的な違いが時に彼女たちを引き離すこともあった。


トランジットポッドが到着し、ミラは別れを告げた。イザベルは最後にこう言った。「気をつけて。あなたの夢はあなたのものよ。誰にも利用されないで」


ミラはポッドに乗り込み、窓から友人の姿を見送った。トランジットポッドが発進し、リベラリアの風景が流れていった。無限の可能性を秘めた、創造的で自由な彼女の故郷。現実拡張技術によって変容した建築物は、住人の気分や集団的意識によって色や形を変えていた。


今日は統合を支持する声が強まっているのか、多くの建物が青と緑の中間色—リベラリアとユニティアの象徴色の混合—に彩られていた。これは都市全体の集合的意識が彼女のビジョンと共鳴していることを示していた。その光景に、ミラは勇気づけられた。


彼女はパーソナル・リフレクターを取り出し、再び覗き込んだ。今回は未来の映像は見えなかったが、彼女は自分の決断が正しいという直感を感じていた。


ポッドは境界の壁へと近づいていった。巨大な壁が視界を覆うにつれ、ミラの心臓の鼓動が早まるのを感じた。彼女にとって、この壁は常に両社会の不自然な分断の象徴だった。何世代にもわたって続いてきた人為的な障壁。そして今、彼女はその向こう側の現実に近づこうとしていた。


壁が近づくにつれ、彼女のイマジネーターが微かに振動した。異なる現実場への接近を感知したのだ。リベラリアの可塑的な現実から、より固定された現実体系への移行が迫っていた。ミラは深呼吸し、身体を準備させた。


「現実調整室に移動してください」AIの声がアナウンスした。


ミラはポッドの後方の小部屋に入った。それは、リベラリアの現実操作から徐々に離れ、より「標準的」な物理法則へと身体を順応させるための装置だった。一種の減圧室のような役割を果たす空間だ。


部屋の壁面は無数の小さな結晶でできており、光を通して微妙に色を変えていた。ミラは中央に立ち、目を閉じた。彼女の周りの現実が徐々に変化していくのを感じる—リベラリアの流動的で応答性の高い環境から、より固定的で予測可能な状態へ。


それは彼女にとって窮屈さを感じる瞬間だった。創造者として、彼女は周囲の現実に常に影響を与え、それに応答してきた。その自由が制限されると、まるで一部の感覚を失ったかのような喪失感があった。五感のうちの一つが鈍くなるような感覚だった。


「現実調整完了。ネクサス中立地帯に到着します」


ミラはポッドに戻り、窓の外に広がるネクサスの光景を見た。それはリベラリアとユニティアの折衷的な景観だった—秩序と自由の妥協的産物。彼女はそれが奇妙に美しいと感じた。二つの異なる現実の思想が出会い、意図せず創り出した第三の姿。


ネクサス中央駅に到着すると、文化交流プログラムのスタッフが彼女を出迎えた。


「クリエイター様、ようこそネクサスへ」若い女性が丁寧に挨拶した。彼女の表情はリベラリア的な開放性とユニティア的な抑制の間のどこかにあった。「私がガイドを務めますヴェラです」


ミラは微笑んだ。「ありがとう、ヴェラ。ただミラでいいわ」


国境管理手続きは予想より速く終わった。リアの言葉通り、全てが事前に準備されていたようだ。管理官たちは彼女の名前を聞くと、わずかに姿勢を正した—明らかに彼女の到着は予期されていた。


「宿泊施設にご案内します」ヴェラは言った。「明日から文化交流プログラムが始まります。今夜は休息を」


ミラは頷いたが、内心では休息よりも探索を望んでいた。彼女はかつて一度だけネクサスを訪れたことがあったが、それは短い観光ツアーに過ぎなかった。今回は、より深く境界地帯の現実を知る機会になるだろう。


彼女の創造的な精神は、この混合現実を探検し、理解し、そして感じたいと強く願っていた。


ネクサスの街を歩きながら、ミラはこの中間地帯の独特の雰囲気を吸収した。建物はある程度は感情や思考に反応したが、リベラリアほど流動的ではなかった。人々の服装や話し方もまた、二つの社会の折衷的な性質を示していた。ネクサスはそれ自体で一つの社会になっていた—単なる境界ではなく、独自の文化と慣習を持つ第三の場所。


宿泊施設は意外にも居心地が良かった。ユニティアの実用性とリベラリアの快適さが程よく融合していた。部屋に入るとすぐに、ミラはリフレクターを取り出し、鏡を覗き込んだ。


鏡の中の彼女は落ち着いた表情をしていたが、背後に見知らぬ男性の姿があった。顔は鮮明ではなかったが、ユニティアの時間技師特有の制服を着ているようだった。彼は厳格な姿勢で立っていたが、その目には予想外の深みがあった。リアが言及した「特別な技術者」アレン・タイマーだろうか?


ミラは自分の心臓が速くなるのを感じた。これは単なる予感ではなく、リフレクターが示す可能性の未来だった。彼女はその映像に見入った。男性の周囲の空気が微妙に歪んでいるように見えた—まるで時間そのものが彼の周りで異なる流れ方をしているかのように。


そのとき、部屋のコミュニケーターが鳴った。ミラは驚いて鏡から顔を上げた。


「ミラ・クリエイター様、ドクター・クレイグです。ネクサスへようこそ」声は穏やかだが、どこか緊張感を含んでいた。「明日の予定前に、一度お会いできればと思います。ネクサスの状況について知っておいていただきたいことがありまして」


ミラは好奇心をそそられた。クレイグ—彼の名前は知っていた。ネクサスの境界技術の責任者で、両社会から尊敬される科学者だった。「もちろん、お会いしましょう」


「ありがとうございます。1時間後、境界施設の私のオフィスはいかがでしょう?」


「大丈夫です」ミラは応答した。


通信が切れると、彼女は再びリフレクターを見た。鏡の中の映像が変化し、ミラは複雑な機械装置が並ぶ室内にいる自分の姿を見た。明らかに研究施設のような場所で、彼女の顔には驚きの表情が浮かんでいた。そして室内には先ほど見えた男性—おそらくアレン・タイマー—も居た。二人は何かを発見したかのように、同じ方向を見つめていた。


「これは何の警告?それとも約束?」彼女は小さく呟いた。しかし、すぐに鏡は通常の反射に戻った。


ミラはリフレクターをポケットにしまい、窓の外の景色を眺めた。ネクサスの街並みはユニティアとリベラリアの建築様式が混在する不思議な光景だった。そこには彼女の故郷の自由奔放さはなかったが、ユニティアの厳格さもなかった。境界の街は、二つの思想が出会い、そして互いに影響を与え合った結果生まれた第三の存在だった。


「これが統合の一形態かもしれない」彼女は思った。不完全かもしれないが、共存の可能性を示す生きた例だった。


彼女はイマジネーターを活性化させ、部屋の雰囲気を少し調整した。ネクサスの現実はリベラリアほど柔軟ではなかったが、それでも彼女の創造力にある程度は応答した。壁の色が少しだけ暖かみを増し、空気中に微かな花の香りが漂い始めた。


一時間後、彼女は境界施設に向かっていた。ネクサスの街を歩きながら、ミラは人々を観察した。彼らの多くはネクサス生まれで、二つの文化の混合に慣れ親しんでいた。彼らの服装や話し方、身振りはユニティアとリベラリアの特徴が混ざり合っていた。特に若い世代は、既に一種の統合文化を自然に形成していた。


境界施設に到着すると、厳格なセキュリティチェックを受けた。彼女の身分証と文化交流プログラムの許可証が確認され、ようやくクレイグのオフィスへと案内された。


「クリエイター様、お越しいただきありがとうございます」クレイグは立ち上がって彼女を迎えた。


ミラは彼の右目に気づいた—それは明らかに義眼で、青と緑の光が交互に脈動していた。彼女はその意味を理解した—ユニティアとリベラリア両方の現実を同時に見るための特殊な装置だ。非常に稀少で高価な技術だった。そのような装置を持つクレイグは、単なる科学者以上の何者かであるはずだった。


「ドクター・クレイグ、お招きいただきありがとうございます」彼女は礼儀正しく応じた。彼女のイマジネーターが微かに振動し、彼の周囲の現実場の複雑さを感知した。


クレイグは彼女を座らせると、すぐに本題に入った。


「ご存知かもしれませんが、最近境界の安定性に問題が生じています」彼は大きな画面を指し示した。境界線に沿って赤い点が点滅していた。「これらの地点で時間場の不安定性が観測されています」


ミラは画面を注視した。彼女は技術的な専門家ではなかったが、創造者としての直感で、これが通常とは異なる状態であることを感じ取った。「これは自然発生的なものですか?」


クレイグの義眼が一瞬強く光った。「それが問題なのです。ユニティア側は...非公式ながら、リベラリアの統合活動家による意図的な干渉ではないかと疑っています」


ミラは驚いた。「それは不可能です!私たちは技術的な手段で境界を弱体化させようなどとは考えていません」彼女の髪が防御的な深紅色に変わった。


「私はあなたを疑っているわけではありません」クレイグは穏やかに言った。「むしろ、あなたのような穏健派の視点が必要だと考えています。両社会の技術的調和を目指す人物として」


ミラは彼の真意を見極めようとした。クレイグの表情から何かを読み取ることは難しかった—彼は両方の社会で生きることに慣れた人物だった。


「明日、ユニティアから派遣された特別な技術者とお会いすることになります」クレイグは続けた。「アレン・タイマー—時間技師評議会の最高評価者の一人です」


ミラは反射的にリフレクターに手を伸ばした。先ほど鏡に映った人物の名前が明かされた瞬間だった。彼女の指先がポケットのリフレクターに触れると、微かな電流のような感覚が走った。


「彼は...どのような人物なのですか?」彼女は自分の声が普段より少し高くなっていることに気づいた。


クレイグは微笑んだ。「非常に有能な技術者です。しかし、典型的なユニティア人です—効率と秩序を何よりも重んじる。あなたとは、かなり異なる価値観を持っているでしょう」


ミラはクレイグの言葉の表面下にある何かを感じ取った。彼はアレン・タイマーについて、言っていないことがあるようだった。彼女は直感的に、両者の出会いがクレイグによって意図的に設定されていることを悟った。


「価値観が異なる人々の間でこそ、最も重要な対話が生まれます」彼女は率直に言った。


クレイグは興味深げにミラを観察した。「哲学的ですね。明日の文化交流プログラムでの議論が楽しみです」


クレイグはさらに、境界の不安定性に関する技術的な説明を続けたが、ミラには彼が情報を選別して話していることが明らかだった。会話の終わり頃、彼は彼女の能力についても遠回しに言及した。


「あなたの...特殊な能力について聞いています」クレイグが最後に付け加えた。「ネクサスは様々な能力に対して開かれた場所です。ここでその能力が発揮されることを期待しています」


ミラは動揺を隠せなかった。「私の能力?」


「詳細は存じませんが、リアから『特別な直感』を持つと聞いています」クレイグは曖昧に答えた。「明日お会いしましょう、クリエイター」


宿泊施設に戻る道中、ミラは混乱していた。あまりにも多くの人が彼女の秘密を知っているようだった。リア、そして今やクレイグ。そして、明日会うというアレン・タイマー—彼は何者なのか、そして彼との出会いは彼女の未来にどんな影響をもたらすのか。リフレクターが示した映像には何か重要な意味があるはずだった。


街の中を歩きながら、彼女は境界に近づくにつれて現実がより不安定になっていることを感じ取った。彼女のイマジネーターが微かに脈動し、周囲の現実場の歪みを検知した。これは通常ではなかった。境界の近くでは常に現実のひずみはあったが、このように顕著ではなかった。クレイグの警告は本当だったようだ。


部屋に戻ると、再びリフレクターを取り出した。しかし今回は、鏡に映るのは疲れた自分の顔だけだった。未来は、今夜だけは沈黙を選んだようだった。あるいは、彼女が既に進むべき道に足を踏み入れたからかもしれない。


ミラは窓から外を見た。遠くに見える境界の壁と、その向こうに広がるユニティアの規則正しい光の配列。壁の向こうには、アレン・タイマーという名の時間技師がいて、彼もまた彼女と同じように窓の外を見つめているのかもしれなかった。


そして、明日—彼らは出会う。リフレクターが見せた可能性が現実になる瞬間。


「境界線の彼方」彼女は小さく呟いた。「私たちは本当にそこにある未来に到達できるのだろうか」


彼女の髪が、希望と不安の混じった淡い紫色に変わった。明日は、彼女の人生を変える日になるかもしれなかった。それは彼女の直感だけでなく、彼女の特別な能力も示唆していた。彼女は深呼吸し、明日の出会いに備えようとした。


しかし、彼女の心の中では、一つの疑問が続いていた—ユニティアの時間技師もまた、彼女と同じように「特別」なのだろうか?そして、彼らの出会いは本当に偶然なのか、それとも何か大きな力が彼らを引き合わせようとしているのか?


ミラはイマジネーターに触れ、部屋の照明を柔らかくし、リラックスできる環境に調整した。明日のために休息する必要があった。そして、彼女が知らない間に、ネクサスの空には青白い光が微かに広がり始めていた—境界の不安定化の最初の目に見える兆候。

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