第9話 お母さんの墓参りと山の友達


 夏休みに入ったから学生服は着ない。中学の頃まではお母さんが用意してくれたシャツやジーパンを着ていた。お母さんが亡くなるまでは。


 でも親戚に引き取られてからは、ずっと同じ洋服を着ていた。今はいつも俺の身の回りの事をしてくれている人、柚木聡子ゆずきさとこという人が毎日俺に着替えを要求して来る。


 休みの日なんて三畳の部屋にずっと居て暑いから何も着ないで教科書を読んでいた。家の外には学校以外出る事も許されなかった。理由は行ってくれなかった。



 最近は、自分で何となくこれで良いと言えるようになった。今日は淡い水色のTシャツと濃紺のコットンパンツだ。胸に何かマークがあるけど分からない。


 今日は部屋で夏休みの宿題をしている。量が多いだけで質問の深さは全くない。一科目が簡単に終わってしまう。一教科は一日も掛からない。


 俺は夏休みに入った翌日からお父さんと一緒に朝食を食べた後、部屋で宿題をしている。

 そしてお昼なり一人で昼食を食べた後、また部屋で宿題をした。前は家の掃除とか何でもさせられた。



 午後三時からは本棚にある本を読む事にしている。そんな過ごし方をしているとお父さんが夕飯の時

「瑞幸、せっかくの夏休みだ。勉強ばかりでなく外に出て見たらどうだ?」

「えっ?!外で遊んでいいの?」

「瑞幸…」


 どれだけ酷い生活を強いられてきたんだ。最近は顔の色つやも随分良くなった。体は皮しかなかったが、最近は随分肉付きも良くなった。でもまだまだ痩せている。

 食事は成長を気にした料理にさせているが、運動も必要だ。


「瑞幸、何か好きな遊びとか運動とかないか。何でもいいぞ?」


 瑞幸が悲しそうに首を横に振るだけだ。涙が出そうになる。


「分かった。この辺を散歩する事から始めないか?」


 俺はここに連れて来られて以来、家の中と車で学校の往復だけで家の周りがどういう環境なのか全く分からなかった。だから

「うん、外に行きたい」

「そうか、では近くの河川敷で散歩するのも良いだろう。明日からでもそうして見なさい」

「うん」


 翌日、俺は朝食を摂ってから東条さんと柚木さんそれと名前の知らない女性の人に連れられて家から車で五分程の所に来ていた。


 目の前には大きな川が流れていて遠くに山並みが見える。ずっと遠くの山並みを見ていると田舎の山が思い出されて来た。みんな元気かな?


 防護堤から下に降りる短い坂を降りて河川敷に出ると急に体を動かしたくなった。


 後ろにいる人達を無視して走り始めると前転や後転なんかを何回もした。体が昔を思い出そうとしている。


 思い切りジャンプもした。とっても気持ちいい。こんな感じ東京に出て来てから感じた事のないものだ。

「瑞幸様」


 後ろの方で声が聞えた。東条さんや柚木さん達が追い掛けて来る。ちょっと調子に乗り過ぎたか。


 §東条鑑

 いきなり瑞幸様が走り始めた。凄いスピードだ。そして体操選手の様に前転を三回、後転を三回した後思い切り飛び上がった。自分の身長と同じ位高い。

 初めて瑞幸様と会った時とは全く違う。顔が生き生きしていてとっても楽しそうだ。


「ごめん東条さん。何年もこういう所来た事が無くて体が勝手に動いちゃった」

「瑞幸様、ついて行けず申し訳ございません」

「東条さんが謝る事なんて無いよ。いきなり走り始めた俺が悪かったんだ」


「誠に申し訳ございません」

 後ろから追いついた柚木さんともう一人の女性が謝っている。

「いいから気にしないで」

「ありがとうございます」


 その後は川の流れを見ながらゆっくりと歩いた。お父さんが言っていた通りだ。頭がリフレッシュする。


 家に帰って夕食の時、この話をすると

「そうか、それはとても良かったな。今度総合運動場にも連れて行ってあげよう。走るだけでなく色々な物が置いてあるぞ」

「うん、楽しみにしている」


 でも部屋で勉強する事を優先した。八月に入って宿題も終わって教科書の予習をしている。

 ノートが有るというのは本当に楽だ。昔はノートが無かったので何回も頭の中で見直していた。


 八月も十日を過ぎた時、お父さんが

「瑞幸、お母さんの墓参りに行こう」

「うん。お父さん、その時山の友達に会いたいんだ」

「山の友達?」

「うん、前に言っていたシカやタヌキそれにヘビたち」

「…そうか。手配しよう」



 俺はお父さんと一緒に俺がお母さんと一緒に住んでいた田舎に来ていた。お爺ちゃんやお婆ちゃんそしてお母さんと一緒に住んでいた家は、そのままだったけどボロボロになっていた。


 取敢えずそこの庭に車二台を停めてお母さんやご先祖が眠るお墓に行った。歩いて十分位掛かる。


 行ってみると案の定草がぼうぼうで凄い状況になっていた。俺は直ぐに墓の周りの草をむしり始めると

「瑞幸様、その様な事は私達が致します」

「いいんだ。これだけは俺がやりたいんだ」


 そう言うとお父さんが

「私も抜こう。お前達は線香に火をつけるのとバケツに水を持って来てくれ」

「畏まりました」


 それから二十分ほどして綺麗になるとお墓を布で拭いて苔とか落とした。そして花を台に差すと線香をお墓にあげた。


 心の中で

 お母さん、今はお父さんの家で暮らしている。大変な時期も有ったけど、今は大丈夫。

 お父さんはとても優しい人だよ。お母さんに生きていて欲しかった。

 涙が出て来たけど手で拭った。


 それからお父さんが線香をあげて手を合わせた。とても長い間手を合わせていた。目に涙が溜まっている。


 それが終わると東条さん、柚木さん、そしてもう一人の女性の人が手を合わせて。


「瑞幸、これからはお彼岸とお盆の時にお墓参りに来るとしよう」

「うん!」



「お父さん、まだ時間有るかな?」

「まだかまわないが何か有るのか?」

「山の友達に会いたい。ここから十五分位歩くんだけどいいかな?」

「構わないよ。一緒に行ってあげる」

「ありがとう」


 それからは舗装もされていない石ころだらけの道を歩いた。都会の人には厳しいんじゃないかな?


 そして昔お母さんが耕していた田んぼは草ぼうぼうだったけど、傍にある山は変わっていなかった。


「お父さん、ここ」

「えっ、ここに友達がいるのか?」

「うん、ちょっと行って来る」

「上河原様、私がついてまいります」

「頼むぞ」

「はっ!」


「東条さん、山は急でぬかるんでいるから足元に気を付けてね」

「分かりました」


 お父さん達は道路から見ているけど、俺と東条さんは田んぼのあぜ道を歩いて山の近くまで来た。

「東条さんは、ゆっくりでいいから」


 俺はそう言うと昔の様に駆け上った。

「あっ、瑞幸様」


 東条さんの声を無視して山の中腹迄来るとが来るのが分かった。でも


-ぐ、ぐ、ぐ。

-ぐーっ。

-ひゅるひゅる。


 皆が俺を威嚇している。俺を忘れたのか?それに皆一匹じゃない。シカもタヌキもヘビも何匹かの子供と一緒にいる。


「覚えて無いの?俺だよ」


-ぐ、ぐ、ぐ。

-ぐーっ。

-ひゅるひゅる。


 もしかして。俺は手や腕に山にある泥や木の葉を擦り付けた。そして

「ほら、俺だよ」


 一番大きなシカが注意深く俺の傍にやって来て鼻で俺を嗅いでいる。少しすると体を摺り寄せて来た。


 そうしたらシカの子供やタヌキ達がやって来て前の様に俺にすり寄り始めた。ヘビは俺の足元に来るとするすると昇って来て、腕を伝って一度ジッと見た後、長い舌を出して俺の顔をペロペロし始めた。


「あははっ、思い出してくれたんだ」



 §東条鑑

 信じられないものを見ている。瑞幸様が山のぬかるんでいる斜面を凄いスピードで駆け上がった。

 何とか、追いついたと思ったら、シカやタヌキそれに蛇までもが瑞幸様の体にすり寄ったり、何とヘビが腕に絡みついて舌で瑞幸様の顔をなめている。

 とても現実的な事とは思えない。なんて方なんだ。野生動物とここまで仲良くなれるなんて。


「瑞幸様」

「あっ、東条さん」


 シカやタヌキやヘビが瑞幸様から離れて俺を警戒している。

「みんな、あの人は俺がお世話になっている人。危険な人じゃない」


 瑞幸様の言葉に動物がまたすり寄っている。なんて事だ。一体この方は?


 俺は二十分位そのまま動物達と遊んだ後、

「みんな、また来るから。今日はここ迄だ」


 §東条

 瑞幸様の言葉が分かるのか?動物たちが寂しそうな顔をして山の中に消えて行った。信じられない。

「東条さん、帰ろうか」

「はい」



 お父さん達の傍に行くと腕や洋服が真っ黒になってしまった俺を見て、お父さんが

「瑞幸、大丈夫か。どうしたんだその汚れは?」

「久々にシカやタヌキそれに蛇と遊んでいた。だから洋服が汚れてしまったんだ。ごめん」

「本当か、東条」

「はい、瑞幸様はこの山の動物達と心が通じ合えている様です。私は素晴らしい物を見せて貰いました」

「そうか」


 瑞幸が動物達と触れ合うのはいい、しかしこうなるほどにこの子には人間の友達が居なかったのか。何という事だ。

 野生の動物の気持ちが分かるほどに優しい瑞幸の心。素直に育ってほしいものだ。



 俺は、真っ黒になってしまった洋服をお爺ちゃん達の実家の玄関先で着替えた後、車で東京の家まで戻った。

 これからはお母さんの墓参りも毎年出来る。その時は動物達と遊ぶ事にしよう。車の中でお父さんに動物達は皆子供が出来ていたよと言うと笑っていた。


―――――

書き始めは皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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