甘い檻、諦めたはずの騎士の執着愛
狭倉朏
甘い檻
馬車は山道を走っている。
コンコンと窓が叩かれ、侍女がそっと開ける。
窓の外には護衛騎士のクリスがいる。
すらりと伸びた背、まっすぐで優しい目。まさに颯爽とした騎士の姿。
「エリー姫様、この先、揺れますので、どうぞお気をつけを」
「ありがとう、クリス」
微笑んでみせると、クリスも笑顔を返してくれる。
「クリスたちも気をつけてね」
「ありがたきお言葉痛み入ります」
そのままクリスは去っていってしまった。
窓を閉めながら侍女がため息を漏らす。
「素敵ですねえ、クリスさま」
「そうね」
私は静かに相槌を打つ。
クリス、私の護衛騎士。ずいぶんと長いこと私に仕えてくれた人。
私が王宮の庭で寝ていればマントを掛けてくれて、森へ散歩に行きたいとダダをこねればついてきてくれて、街をお忍びで歩きたいと言ったら荷物持ちをしてくれた。すべて文句ひとつ言わず、私のためにいてくれた人。
「結婚式にあの方を連れて行くなんて、隣国の殿下が嫉妬しなければよいけれど」
「……そんなこと」
私達は今、隣国へ向かう馬車の中にいる。私が隣国の王子に嫁ぐのだ。
その護送を終えたら、クリスとは離ればなれになる。
「…………」
胸にチクリと痛みが走った。
馬車が進む。道が揺れる。
不安になる。でも、外にはクリスがいるのだもの、きっと大丈夫。
そう思っていたとき、前方から大きな馬のいななきが聞こえた。
「なに……?」
「姫様!」
馬車が、揺れた。
侍女が私を庇うように抱きつき、私の目の前が真っ暗になる。
外から何かがぶつかるような大きな音、続いて聞こえてきたのは、金属の打ち合う音。
「……え?」
ただの事故ではない。あれは剣の音だ。
「……なに?」
「敵襲ー!」
遅れて聞こえてきた声に、私の体が震えた。
外からは絶え間なく争いの音が聞こえる。クリスは、皆は無事だろうか。
侍女が必死で私を抱き締めてくれる。
「……っ」
悲鳴を上げそうになるのを、必死に噛み殺す。
どんどんと音が聞こえなくなっていく。
どちらなの。敵と我々、どちらが……。
「姫様……っ!」
外から、切羽詰まったクリスの声がした。
「クリス……っ!」
私は泣きながらクリスの名前を呼んだ。
侍女が馬車の内鍵を開ける。
血だらけのクリスが馬車の中に飛びこんできた。
「ああっ! 血が……っ」
「すべて返り血です」
その返答に私の腰が抜けた。その身体をクリスが支えてくれる。
「姫様、隊列は壊滅的です。一旦、俺と馬で逃げましょう。近くに親族の城があります」
「は、はい……」
「姫様、どうか目を閉じて」
「え……?」
「……仲間の、死体が」
「っ……」
私はぎゅっと目を閉じた。
クリスが私を抱き上げ、馬車から降ろす。
「……クリス、ああ、でも」
私は目を閉じたまま、馬車の方に顔を向ける。
「わたくしなら大丈夫です!」
侍女の声がする。
「姫様……どうか、お幸せに!」
お幸せに?
どこか違和感を覚えながら、私はクリスの馬に乗せられ、そのまま馬は走り出した。
「姫様、もう大丈夫です。目を開けてください」
目を開ける。ここがどこかわからない。山道の中だ。
「……怖かった」
「大丈夫……大丈夫です、もう、大丈夫」
クリスが私を抱く腕に力をこめた。身動きができないほど、強く。
そうして馬は城にたどり着いた。
「……堅牢な城ね」
石造りの城は冷たくそびえ立っていた。
「はい、何者からも姫様をお守りできます。さあ、中へ」
クリスが門を開く。
私達の背後で、門が大きな音を立てて閉まった。思わず私は振り返る。堅牢な城を守る門が、なんだかやけに冷たく見えた。
クリスが慣れた様子で城の中を歩く。
「ここにはよく来るの?」
「ええ」
「……あなたのことで、知らないことがあったのね」
「そうですね。きっと、俺の気持ちも知らないままだった」
「……クリス?」
「これで、知ってもらえる」
クリスが振り向き、私を抱き締めた。
「あなたを、捕まえた。もう離さない」
私はすべてを悟る。
「……あの襲撃は」
「俺です」
「……侍女が話すわ。そうしたらただではすまない」
「彼女には俺とあなたが愛し合っていると告げています」
お幸せに――。その言葉の意味を知る。
「どうして、こんなことをするの」
私は涙ながらに訴える。
「どうして、私に、諦めさせてくれないの……」
そう言った瞬間、クリスの顔が喜色に染まる。
「あ……」
私は、言葉を、間違えた。
「姫……」
囁く声は甘い。
「お守りします」
「クリス」
「絶対に、お守りします」
腕の力は強く、私は振りほどけない。
そうして私は堅牢な城に閉じ込められた。
私は言葉を間違えた。
けれども、心の底から間違えたのか。
間違えようと思って間違えたのか。
果たしてこの檻の鍵を閉めたのは、どちらだったのか、もう、わからない。
甘い檻、諦めたはずの騎士の執着愛 狭倉朏 @Hazakura_Mikaduki
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