第十六話 親の愛 と 記憶の足跡

 鏡に映し出された過去の映像は、私の心に深く刻まれた。両親との幸せな記憶、そして、両親を失った悲しみ。それらは、私が心の奥底に封印していた感情を呼び覚まし、心の奥底に眠っていた記憶の扉をゆっくりと、しかし確実に開いた。まるで、長い間閉ざされていた部屋の扉を、そっと開けるように。


 あれから数日が経ち、私は断片的な記憶をまるでパズルのピースのように思い出すようになった。それは、全体像を掴むことができないほどバラバラだったけれど、私は諦めなかった。ヒスイと共に、記憶のピースを繋ぎ合わせるために、過去の思い出の場所を訪れることにした。失われた絆を、もう一度確かめるために。


 最初に訪れたのは、幼い頃によく両親と遊びに行った公園だった。そこは、色褪せたブランコや錆びついた滑り台が、まるで時間を忘れ去られたかのように静かに佇んでいた。風に揺れる木々の葉擦れの音が、遠い日の記憶を呼び覚ます。私は、その光景を見た瞬間、両親と遊んだ記憶が鮮明に蘇ってきた。


「お父さん、もっと高く押して!」


「はいはい、アキ姫様、落ちないようにしっかり掴まっててくださいね」


 耳元で響く両親の優しい声。私は、ブランコに乗り、目を閉じた。風が頬を撫で、まるで両親に抱きしめられているような温かい感覚がした。ブランコの揺れに合わせて、幼い頃の記憶が走馬灯のように蘇る。両親と手をつないで歩いた道、一緒に食べたアイスクリームの味、夕焼け空の下で交わした約束。それらは、どれも色褪せることなく、私の心に鮮やかに刻まれていた。


 次に訪れたのは、私が通っていた小学校だった。そこは、私が両親に作ってもらったお弁当や、両親と一緒に作った作品が、まるでタイムカプセルのように大切に保管されていた。教室の隅に置かれた古い木箱。埃を被ったその中には、私が描いた両親の似顔絵や、一緒に作った折り紙の鶴が入っていた。


「アキ、お弁当美味しかったよ。ありがとう」


「アキの絵、素敵だね。お父さんとお母さんの宝物にするよ」


 両親の優しい言葉が、私の胸に響いた。私は、両親との思い出の品を手に取り、涙を流した。それは、私が両親との絆を確かめるための、かけがえのない宝物だった。


 しかし、思い出の場所には、同時に、記憶を封印した時の悲しみの痕跡も残されていた。公園の隅には、私が泣きながら両親との思い出の品を埋めた場所があった。土を掘り返すと、色褪せた写真や手紙が出てきた。それは、私が両親との思い出を封印するために、必死に隠したかったものだった。小学校の教室には、私が両親の遺影を見つめ、涙を流した場所があった。机の隅には、私が書いた両親への手紙が残されていた。それは、私が両親に伝えられなかった、後悔の言葉だった。


 私は、過去の自分と向き合うことになった。記憶を封印した時の自分、両親を失った悲しみに打ちひしがれていた自分、そして、両親との幸せな日々を送っていた自分。三人の自分が、私の中で葛藤していた。


 記憶の旅の中で、私は過去の自分との対話を繰り返した。なぜ記憶を封印してしまったのか、なぜ両親との思い出を捨ててしまったのか。過去の自分は、私に問いかけた。


「私は、両親を失った悲しみに耐えられなかった。両親との思い出は、私にとってあまりにも辛すぎた。だから、記憶を封印してしまった。そうすれば、少しは楽になれると思ったから」


 過去の私は、そう答えた。しかし、それは、本当の理由ではなかった。私は、両親との思い出を封印することで、両親の愛情からも目を背けていた。両親の愛情を受け止めることが、怖かったのだ。両親を失った悲しみが、再び私を襲うのではないかと恐れていた。


 私は、過去の自分に謝った。そして、両親の愛情を受け止める覚悟を決めた。両親との思い出は、私にとってかけがえのない宝物。それは、私が両親との絆を確かめるため。また私が未来へ進むための、希望の光だった。

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