第十一話 決断 と 死者の世界

 家に帰り着いたはいいが、日付が変わるまで私は何もできないため、シオンの言葉を整理することにした。


 その一.私は認知されなくなった。

 その二.私は物に触れられなくなった。例外あり、カフェのドアだけ触れられる。

 その三.シオンとお姉さんは同一人物である。

 その四.シオンは死者の世界の住人である。

 その五.私は大学生への入学を迎える前に死んだ。

 その六.死者は死者の世界に行かなければならない。

 その七.猶予は明日一日。

 その八.明日中に自分の意志で死者の世界に行く決断をしなければならない。

 その九.決断できない場合は強制連行される。

 その十.強制連行されれば、転生も、生まれ変わりもない。


 次に現在のというか死ぬ前の私の状況をまとめることにした。

 

 仲良かった友達 ―― いない。唯一がシオン。

 小学生時代の思い出 ―― ない。

 中学生時代の思い出 ―― ない、不登校。

 高校生時代の思い出 ―― いじめられてた。

 大学生活はというと、シオンといた。シオンがいなければ、ひとりぼっち。



 ここまで整理してみて思ったこと言ってもいいだろうか。


「私、現世にいたところで良いことなくない? むしろ、死者の世界に行けばシオンもいるって考えれば、向こうのほうが楽しそうじゃんね」


 一日も考える時間いらなかった。明日、丸一日時間が空いたことと、認知もされ、触れられるようにもなるらしいし、最後くらい両親の顔を見てからカフェに行こうと決めた。始発の電車で実家に向かって、三時間以内に実家付近の駅から電車に乗らないとシオンとの約束の時間に間に合わない。始発の時間までは四時間。今、寝たらたぶん起きられないと思うため、触れられるようにもなったみたいなので、部屋に置いてあるものをまとめることにした。物が少なかったため案外早く終わる、といっても、始発の時間まで一時間になっていた。


 認知されるということは、もちろん電車運賃を取られるわけだから、リュックに財布と死者の世界に持っていけるかわからないが、持っていきたいものを詰めて背負う。この部屋へは戻ってこられないだろう。私は、部屋の中の物はどうなるのかわからないけれど、窓の鍵が締まっていることを確認して、ガス栓を閉める。そして、ブレーカーを落として、最後に玄関の鍵を閉めた。家の鍵はエントランスにある自分の部屋の郵便受けに入れてから駅へ向かった。


 ここから実家へは電車を4回乗り継がないといけない。乗車時間が片道約六時間。実家の最寄り駅から徒歩片道一時間かかる。そのため、始発の四時五十分に出発したところで実家に着くころには十二時頃。余裕を持ってカフェに着いておくことを考えると十五時には地元を出発しなければならない。そのため、両親が家にいるなら顔だけ見て帰ればいいだけの話。もし家に両親がいない場合は、両親の顔を見ることは諦めればいい。ただ、最後に地元をすべて見て回るのは不可能でも、少しくらいは見られればいいかな程度に思っている。しかし、遅延が発生する可能性は、今の時代もゼロってわけではない。とんぼ返りになると思いつつも地元に帰った。


 地元に着くと懐かしさを覚えたが、感傷に浸る時間はないと実家に急いだ結果、両親はいた。いたのはいいけれど、危うく顔を見られそうになり慌てて物陰に隠れ、何とか非常事態は免れた。もし、顔を見られていたらどうなったのだろうか。両親は娘が大学入学前に死んでいることを知っているはずだ。


 とりあえず、最後に両親の顔を見ることはできた。しかし、この街にいい思い出なんてものがなかったことまで思い出し、嫌なことを振り払うように地元を離れた。とんぼ返りをしたため、カフェに着いたのは二十一時だった。


「アキ、来るの早かったね」


 店内に入るや否やシオンの声が聞こえてきた。


「どうするか決まった?」


「うん。私の意志で死者の世界に行く。迷いはないよ」


「案外あっさり言うね」


「昨日帰ってからシオンが言ったことを整理して、これまでの自分の状況を整理してみたら、現世《ここ》より死者の世界のほうが私は楽しいのかなって思ったから」


「そう。ま、なんでもいいや。マスター」


「はい。では……」


 マスターは私のほうを向くと問いかけた。


「“闇は開けましたか?”」


 今の私にはこの言葉の意味がわかった。闇とは“行く宛がなく彷徨った状態”や“自分が死んでいると気づけない魂を持った実態霊で過ごした時間”のことを指す。だから、闇が明けた、つまり行き先を見つけたということだ。


「はい。“闇は開けました”」


「では、“あなたはナニモノですか?”」


 マスターから更に問いかけられる。今はもう自分がナニモノかわかったから、迷うこともない。


「わたしは、彷徨う死者です」


 迷うことなく答えるとマスターから鍵を受け取った。不思議と不安や恐怖、何とも言えない焦燥感はなかった。扉へ近づく私の後ろにはシオンとマスターがいる。


私は鍵を差して扉を開けた。扉の先は、約8か月前に見たときと同じ、ただ真っ黒な空間が広がっていた。扉の先は死者の世界。一歩踏み出したとき、マスターの声が聞こえた。そんな気がした。

















「良き死生を」



〈第一章 完〉

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