第一話 人生初遅刻 と 不思議なお姉さん

 朝、目が覚めた。


 大学一年生の私は、家賃5万円ちょっとの部屋で一人暮らしをしている。


 いつもと違うのは、アラームが鳴らなかったこと。時計を見ると、時刻は九時。


「うっそ⁉遅刻……」


 やってしまった。大学入学から1か月と少し。今まで遅刻したことなんてなかったから、焦る々る。時計が示す九時は一限目の開始時刻だ。女子大生であれば、見目を気にするのかもしれない。しかし今の私にそんなことを気にしている時間はなく、朝食を抜き、五分で支度を済ませ家を飛び出した。


 これが小説や物語の中の話であれば、事故にあうとか、イケメンとぶつかるとかあるのだろうが、あいにくそんなことは起こらない。急いだものの、一限目は教授の設定した講義開始後十五分ライン(遅刻と欠席の線引き時間)に間に合わず、終わってしまった。そもそも家から駅までが三十分掛かる時点で間に合うはずもないのだ。


 次に私が受ける講義は四限目。大きな空き時間を有意義に使えるとは思えないが、現代文学で出されたレポートの資料集めに図書館へ向かった。


 今回の現代文学のレポートテーマは、文学から読み取れる仕事の移り変わり。そのために必要な文学小説を探し、読み漁り、まとめる。探し出した文学小説を年代順に読み解くことは非常につらい。だけど、単位のため、卒業のため、時間がかかってもやるしかない。


 しかし、レポートの調べものをしていたはずが、知らぬ間に寝ていたらしい。急いで時間を確認するため、スマホを見る。


「うわぁ、十四時四十五分。四限目始まってる。急がないと」


 本来なら音を立ててはならない図書館で極力、音をたてないよう早歩きだ。図書館を出た後、講義室までは全力疾走。そのおかげかどうかは知らないけれど、欠席扱いは免れた。だけど、私の中では本日2回目の遅刻となった。


 四限目を終えたはいいが、今日のついてなさに家へ帰っても何もしたくないと街をぶらつくことにした。


 大学入学を機に引っ越して来たこの街を初めて目的もなく街をぶらついていた。すると、いつも買い物で通る大通りに見たことない横道があることに気がついた。気になるがまま、横道に入ると突き当りは案外近く、そこにはカフェがあった。大通り沿いで見かける喫茶店やカフェとは少しばかり違うような雰囲気だったが、晩御飯の時間にはちょうどいいと、興味本位のままカフェに入ってみる。


 カフェに入ると老紳士のようなおじいさんに迎えられ、カウンター席に案内された。案内されるままメニュー表を見て、デミグラスハンバーグシチューセットとコーヒーを注文した。


 注文を終えると、一席開けた右隣に座るアッシュカラーの髪のお姉さんに声を掛けられた。


「初めて見る顔だね」


「あ、こんにちは。ぶらついてる途中で見つけて、お腹もすいていたので」


「そう。じゃあ、いいこと教えてあげる」


 そう、私に微笑んだお姉さんは、私を出迎えたおじいさんに向かって言った。


「マスター、いつものくださる?」


 その言葉を聞いたおじいさん、もといマスターはお姉さんの前にカフェモカを置いた。


 それに対してお姉さんは礼を言うと、私と向かい合うように座り直すと先ほどの話の続きだと言わんばかりに話し出した。


「今の言葉は、通い慣れた常連でマスターに好みを覚えてもらえれば誰だって使える魔法の言葉。だけどね、ここではもうひとつ、魔法の言葉があるの。“闇は開けました”これは限られたものにしか使えない魔法の言葉」


 そこまで話すと、お姉さんはマスターの方へ顔を向ける。


「マスター、闇は開けましたよ」


 お姉さんが言い終えると、マスターは何か鍵のようなものを渡した。受け取ったお姉さんは、もう一度こちらへ向き直り話を続けた。


「さっきの言葉を言えば、このようなカギをいただけるの。ただし、これにはほかに条件があるのだけれど、それは自分で見つけなさい」


 言いたいことを言い終えた雰囲気のお姉さんは、カフェの出入り口とは反対側の店の奥にある扉の奥へと消えていった。


 お姉さんの消えた扉から目を離せないでいるとマスターから声を掛けられた。


「それを食べ終えたら、今日は帰りなさい」


 マスターの声に引き戻されたかのようにカウンターに置かれた料理へ意識を向け、食べ始めた。


 料理が出来上がってから時間が経ってしまったのだろう少し冷め始めていたが、とてもおいしく、あっという間に食べ終えた。


 そして、マスターの言葉通り店を出る際お姉さんの消えた扉のある場所を見るとそこに扉はなく、マスターに言いかけたところで、マスターの方から声がかかった。


「お嬢さん、ここのあたりは夜になるにつれて治安が良くない。早く帰りなさい」


 店外へ追い出されるように見送られながら私は家への道を歩き始めた。


 あのお姉さんはナニモノだったのだろうか。また、あのカフェへ行けば会えるだろうか。


 今日の疑問は次に会えたら聞けばいいや、と頭の片隅へと追いやった。

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