真実
そして、地球組に乗り込む日がやってきた。
「ああ……」
布団の上で横になり、苦しそうにするゆうき。
「ったく。主権者のあんたがインフルエンザになってんじゃないわよ」
まいが呆れた。
「しゃーねえだろ」
「まあ、今回はなしにする?」
「いや、場所はメールに送った通りだ。そこにまなみたちと行ってくれ」
「ねえ、ほんとにそこにあかねちゃんがいるの?」
ゆうきは答えた。
「いる、と思う」
事前にゆうきが地球組に入信して、代表とメールでやりとりすると、駅前に黒いリムジンで迎えに上がるので待つようにと伝えられた。彼はインフルエンザを発症し、来られなくなってしまったが、まい、まなみ、アリス、りかを入信していたので、四人が向かうことになった。
駅前に立つ四人は、ドキドキしていた。
「ねえまいちゃん。もしさ、黒い車から降りてきた人たちが、黒いサングラスに黒いスーツの男の人たちだったらどうする?」
まなみが聞く。
「逃げる」
「じゃあさまい。ハゲ頭でアロハシャツを着たサングラスのいかついやつらだったら?」
アリスが聞く。
「それも逃げる」
「宇宙人だったら?」
りかがおどろ気な雰囲気で聞く。
「それはないでしょ」
三人が呆れた。
「あれえ?」
そこへ、黒いリムジンカーが、三人の前に到着した。
「お待たせしました。地球組へご案内します」
中から出てきたのは運転手のみで、黒いドレスに黒い帽子を深くかぶった女性だった。
「ほっ」
四人は安堵した。
「……」
女性はなにも言わず、後部座席のドアを開けた。
「あーこれこれ。ほら、カラオケマシーンあるでしょ?」
乗り込んですぐにりかが、マイクを拾う。
「歌おうみんなで!」
まなみがマシーンにスイッチを付けた。
三人がカラオケに夢中になる中、まい一人だけはあたりをチラチラと気にしていた。
(ダメだ。窓も開かないし、運転席も見えない。これじゃ、地球組までの場所がわからないじゃない!)
考え、腕時計を見た。
(出発したのは午後三時半。さすがに一時間以上はかからないわよね?)
ふと、考えがよぎった。
(信号待ちをしてる。もしかして、この瞬間にドアを開けられるんじゃ……)
はずがなかった。窓と同じく、ドアも開けられないようになっていた。
「頼むからあと三十分で着きなさいよ?」
切に願った。
まいの望み通り、地球組は三十分以内で到着した。
「到着でございます」
運転手が後部座席を開け、まいたち四人を車から下ろす。
「うわあ……」
四人は、豪邸のような屋敷を呆然と見上げた。
「なんか、プラチナファミリーで紹介されてそうなお家ね」
りかがつぶやいた。
「では、地球組の代表のお部屋へご案内します」
運転手が案内した。
「いよいよね……」
まいが息を飲んだ。
「始めに、今手元にある荷物をすべて玄関にいるボーイに渡してください。懐に入れてある物もすべて、お願いします」
運転手の指示に従う四人。
「これもゆうきの言う通りね」
まいがつぶやいた。
続いて、二階の代表がいる部屋へと案内される四人。木でできた階段がミシミシと音を立てる。
「こちらです」
と言って、運転手は襖を開けた。
「ようこそ、地球組へ」
「初めまして。金山ゆうきと、その仲間で、す?」
まいは言葉を詰まらせた。
「ウ、ウソでしょ……」
まなみもがく然とした様子。
「え、なになに? なんかあった?」
アリスが困惑の様子を見せている。隣でりかも困惑している。
「僕も同じように、驚きの様子を見せた」
地球組の代表であるこうきがつぶやいた。
「こうき君? な、なんであなたがここに?」
まだ驚きが収まらない様子のまい。
「その前に、なぜ君たちがここに?」
立ち上がり、一人一人を名乗った。
「まなみちゃんに、えっと、そこの隣の金髪の方は?」
「いとこよ」
アリスが言った。
「まなみちゃんのいとこか。そして、ゆうきの姉の……」
「まいよ。久しぶりね、ゆうきのもう一人の幼馴染み、こうき君」
こうきはフッと笑みを浮かべた。
「もういいよ、あかねちゃん」
「え?」
まい、まなみ、アリスはこうきが示す黒ずくめの女運転手に目を向けた。
黒い帽子を外したその顔は。あかねだった。
「あ、あかねちゃん……。で、でもあなたは殺されたはずじゃ」
「まいちゃんごめん。あれはこうきが行方をくらますために組んだ罠なの」
「あかねちゃん!」
まなみが声を上げた。
「おっぱい大きくなったねえ」
「今それ言うこと?」
唖然とするあかね。
「ごめんねみんな」
りかが電磁波ライフルを向けた。
「メールといっしょに、弟君の顔も送付されるんだけど、その時こうき君はなにかよからぬことが起きるんじゃないかって、あたしに言ってきたんだ」
「り、りかさん! まさか、始めから……」
「ゆうきのやつ。大人になって勘がするどくなったのか?」
こうきが言う。
「でもまさか旧友から入信の連絡が来るとは思わなかったよ。だけどさ、僕たちも世間にあまりいいように思われてなくてね。もしかしたらってことで、策を講じてきたわけよ」
こうき、りかに電磁波ライフルを向けられたまい、まなみ、アリスの三人。
「ふん。こっちだって考えなしに来たわけじゃないのよ」
と、まい。
「なに?」
「まさか、あかねちゃんとこうき君がいるなんてのは、想像もつかなかったけどね」
と言い、ズボンに手を入れると、パンツの中から一本の棒を取り出した。
「そ、それは! あたしが昔まいちゃんが剣道大会で優勝できるようにと渡した、ポケットフェンシング!」
りかが驚いた。ポケットフェンシングとは、ポケットサイズに収納できるフェンシングで、素振りの練習になると思い、開発してくれたもの。
「入り口でカバンと懐の荷物は預けろって言ったでしょ? パンツの中までは言ってないわよね」
「きったなあ……」
全員引き気味の様子。
「うるさい! これもゆうきの作戦なのよ!」
「ていうか、肝心のゆうきはどこだよ?」
こうきがにらむ。
「お生憎様。友達は今日インフルエンザで寝込んでるの」
まいはポケットフェンシングを伸ばした。
「あなたのしてきたことは人殺しよ? おとなしく、自首しなさい!」
「人殺し? 確かに、僕のしてきたことは人殺しかもしれない。けどね、僕はただ人を殺めたわけじゃあない。悪行を繰り返し続けてきた者だけを葬ってきたのさ」
「はあ?」
「今この世界に必要なのは善。善こそすべて。善しか残らない世界になれば、なんだって叶う」
こうきは、飾ってある日本刀を手にした。
「どちらかが剣を落とせば負けだ」
まなみ、アリス、あかね、りかが二人から距離を取った。
剣と剣を向き合うまい、こうき。
「たあ!」
まいの叫び声とともに、真剣勝負が始まった。
「……」
四人が黙然としている中、剣と剣の鈍い音が響き渡る。
「わっ!」
まいの剣が押さえられた。
「うおお!」
こうきがうなり声を上げ、威嚇する。しかし、まいはそれに動じず、勝負を続ける。
ふと、まいの頭に子ども時代の記憶が浮かんだ。それは、小学校の休み時間、校庭でゆうき、こうきと遊んだ日のことだった。
「俺、大きくなったら運転手になるんだ」
と、ゆうき。
「なんで?」
こうきが聞く。
「だってさ、運転手になれば、遠くに行けるようになるじゃん。俺、遠くに行くの好きだからよ!」
「私はいや」
と、まい。
「なんでまいちゃんは遠くに行くのがいやなの?」
「お姉ちゃんは、乗り物酔いがひどいんだよ」
「私だって、ほんとはおじいちゃんの故郷の岐阜に行きたいの!」
ムッとしたまい。
「あ、あはは」
こうきが苦笑した。
「こうき君はどんな夢があるの?」
まいが聞いた。
「僕? えっと僕は、パパとママに教師になれって言われてるんだ」
「ええ? もう大人になったらなるもの決まってるってこと?」
と、ゆうき。
「うん、まあそういうことになるのかな?」
「お母さん言ってたわ。なりたいものは、自分で決めなさいって。私まだなにをしたいかわからないけど、お母さんに言われた通り、自分で決めてやるわよ」
「とりあえず乗り物酔い治しな?」
ゆうきがほくそ笑む。
「うるさい!」
ムッとするまい。そんな二人を見て、こうきはまた苦笑した。
そんな昔を思い出したあと、まいは剣を上に振るって、こうきを壁まで追い詰めた。
「ねえ、あんた今なりたいものになれた?」
「は?」
「昔、私とゆうきで夢はなにか話したことあるよね。なんて、私もゆうきも、まだ決められないけどさ。こうき君、あんたはどうなの? 今、夢を叶えたの?」
こうきは歯を食いしばり、答えた。
「なにが夢だ。そんなものはすべて幻。だから今こうして世界を変えようとしているんだ」
「え?」
「僕は途中、君たちの通う小学校から県外の私立小学校に転校した。その後も中高一貫の学校に通い、大学も出た。けど、成績はいまいちだった。テストの結果を見る度、パパからはぶたれ、ママからは冷たくあしらわれた。認められたかった。いい成績を取り、パパとママにほめられたかった。でも、結果は変わらなかった。いつかぶたれることもなくなり、あしらわれることもなくなり、僕は二人にとって無価値の存在となった。どうだ、夢なんてこうも簡単に散るのさ。どうしてか? この腐った世の中が悪いんだよ!」
怒鳴った時だった。
「それは違うぜ」
誰かの声が聞こえた。全員がその主に目を向ける。そして、全員が目を見開いた。
「ゆうき……」
あかねがつぶやいた。入り口に立っていたのは、スーツを着て、汗だくでフラフラとした様子のゆうきだったのだ。
「だ、大丈夫弟君? インフルなんじゃ」
「大丈夫だ。こんなこともあろうかと、姉ちゃんのスマホにGPS機能をはりめぐしておいたんだ」
「で、でもさすがにここまで来るのしんどかったでしょ」
「ゆりさんに送ってもらった。俺たちの馴染みの喫茶店オーナー。結婚したんだってな」
額の汗を拭い、ゆうきがほほ笑んだ。
「姉ちゃん。こうきから離れてくんねえか? 話がしたい」
「う、うん」
言われた通り、離れた。
「こうき、久しぶりだな。五年生以来だな」
「……」
「ごめんな。今ちょっと体調、悪くてよ。でもこれがさ、熱が三十八あるくらいで、食欲はあるんだよなあ。変な話だよな」
「……」
「おいこうき。お前元気か? ちゃんと飯食ってるか?」
こうきはなにか答えようとする様子がない。
「こうき?」
「どうして、どうして今さらやってきた?」
「へへっ。まさかお前が主犯とは気づかなかったけどさ。世界的バイオリニストが俺の幼馴染みでよ。行方不明といい、殺人事件といいなんか変だと思ってたんだ。ある日、知り合いの科学者がとある宗教団体、まあそれがここ地球組なんだけど、そこに発明品を依頼を受けたらしくて、その話を聞いて、最近起きてる爆発事件と、なんかこれらに関連性がありそうだと思ったわけさ」
「くっ」
歯を食いしばるこうき。
「げほげほ!」
咳込んでから話を続けるゆうき。
「それで、作戦立てて地球組に入信するフリをして乗り込むことで、なにか謎を解けないか考察したんだよ」
「ははは! ゆうき、お前かしこくなったな」
「まあな。俺も伊達に成長してるわけじゃねえしよ」
「よし、こうしよう。みんなで入信しないか、地球組に」
こうきが言い放った。
「みんなで世界を変えようじゃないか。昔からの縁もあるし、僕たちならうまくいくよ。そうしよう!」
しかし、こうきの意見に賛同するものはいなかった。
「もうやめて!」
あかねが声を上げた。
「こうき君間違ってるよこんなこと。まるで自分がしてることが正しいみたいに言ってるけど、思いっきり悪人と同じだからね?」
「なに?」
「そうだよ! 人の命を無理やり奪うことが正義なの?」
と、まなみ。
「自分が同じ目に遭っても文句言えないよ?」
と、アリス。
「しれっと怖いこと言ってる人いるけど、あながち間違ってないわ」
と、まい。
「お金に目がくらんだあたしもあたしだけど。やっぱり間違ってる!」
りかは、電磁波ライフルを床に投げ捨てた。
呆然とするこうき。
「違う、僕は間違ってない。僕は正義を執行しているだけだ。僕は世界を良くしようと努力しているだけだ! お前たちも悪だ!」
血相を変えて剣を向けた。すると、ゆうきがフラフラの体で彼の胸倉を掴んできた。
「離せ! 離さないと斬るぞ?」
「おう、やってみろよ。でもできないはずだ。なぜなら、俺は友達だからな」
「!」
その瞬間、こうきは頭に昔の記憶が思い起こされた。それは、転校前日の下校時だった。河原をゆうきと並んで歩いてた時。
「僕、東京に引っ越すんだ」
「え、すげえ! 都会じゃーん」
「うん……」
「俺昔父さんが買ってきた東京バナナ? あれ好きなんだよねえ。買ってきてよ」
「それが、無理なんだ。もう二度とゆうきに会えないかもしれない」
「どうして?」
「東京に来たら、パパとママが遊んじゃダメだって。勉強だけしてなさいって。教師になるために、頑張らないといけないんだ。だから、もうこれっきり……」
潤んだ瞳をするこうきにゆうきは。
「じゃあ大人になったら会おう」
「え?」
「友達の顔は、父さん母さんみたく老けても忘れることないさ。こっちが東京に行くか、そっちが戻ってくるかは自由で、ね!」
こうきは目をこすり、「うん!」とうなずいた。それから、しばしの別れとなる。
「……」
胸ぐらを掴まれたまま呆然とするこうき。
「これはあくまでも憶測にすぎないが。こうき、お前両親を遣っただろ?」
「!」
目を見開くこうき。
「自分の犯した罪を覆い隠すために、こんなの始めたんじゃないのか? 落とし前のつもりか?」
「そ、そんな。僕は……」
「口では言っても、顔が隠しきれてない。こうき、転校前日もそうだった。お前は東京に行くのがいやだった。顔に出てんだよ」
「僕は……僕は!」
こうきは力が抜けたのか、徐々に膝を床に下ろし、その場で頭を抱えた。その後、ゆりさんが通報した警察がかけつけ、こうきは連行された。
まいたちは事情聴取を受けたのち、ゆりさんの車で家まで送ってもらうことになった。
「げほげほ!」
「ったくゆうきのバカ! 熱のくせに来てんじゃないわよ」
まいがゆうきの頭を叩いた。
「しかたねえだろ! 行きたくて行きたくてしょうがなかったんだよう」
「それがバカだって言うのよ!」
ムッとするまいをよそに、ゆうきはあかねに目を向けた。あかねはゆうきから目をそらした。
「あかね。よかった、生きてて」
フラフラしながら、ゆうきがそばに寄る。
「来ないで!」
「か、風邪引いてるから?」
「違う。あたし、一応みんなを巻き込んだ張本人だよ? なのに、どうして逮捕されないの?」
ゆうきがほほ笑み、答えた。
「お前はただ誘発されただけだ。不憫だっただけだよ」
「へ?」
「俺、しんどいんだよ。ちょっと肩貸して?」
と言って、無理やり肩を組んできた。
「ち、ちょっと!」
赤面するあかね。しかし、潤んだ瞳とちょっとうれしそうな表情をしていた。
「あ、あのあたしもすいませんでした」
りかも軽く頭を下げた。
「大人になっても、みんなをひどい目に遭わせちゃったね」
てへっとした。
「じゃあ、今夜はりかさんのおごりで、打ち上げといこうか」
「おお、まいちゃん! いいこと言うねえ」
まなみが喜んだ。
「ウナギ食べたい!」
と、アリス。
「まなみはステーキがいいなあ」
「あたしはナポリタンかなあ」
と、あかね。
「おいおい。まずは俺を家に送れよ」
「じゃあみなさん。このゆりさんが喫茶店でなんでもご用意致しましょう!」
「おお!」
「え、え? もしかして、そのツケを、りかちゃんが払うの?」
りかが自分を指し、聞く。
「うんうん!」
みんなでうなずいた。
「ひどい……」
「それじゃあ、喫茶店に、ゴー!」
ゆりの合図で、喫茶店へ出発した。
「まずは俺を家まで送れよ?」
ゆうきがつぶやいた。
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