白馬組

 一件の企業ビルが爆発事件を起こしたのち、すぐに他の場所でも同様の事件が相次いだ。一件は小さな病院、もう一件は某支店のコンビニ、さらに一件は宗教団体が所属する建物だった。


 ゆりさんが経営する喫茶店に、まい、まなみ、アリスとゆうきが集まっていた。

「弟君、一年見ない間に大きくなったねえ」

 と、感激するまなみ。

「あたしとは初めまして、かな」

 お団子ヘアのアリスは軽くお辞儀をした。

「あ、いや、ども」

 ゆうきも少しはにかんでお辞儀をした。

(初めてじゃないけどな)

 ゆうきは、密かにアリスのことを大和撫子に見ていた。会ったことがあるのは一度だけで、話したこともない。今回、初めてお互い言葉を交わした。

「おほん。ゆうき、どうして今回私たちをここへ連れ込んだのかしら?」

 と、まいがひと声を上げた。

「まいちゃん。弟君は、久しぶりにまなみたちと会いたかっただけだよね。お姉さんたちに囲まれたかったんだよねえ」

「そういうわけじゃねえよ」

 そこへ、ゆりがお茶を運んできた。

「お待たせしましたー。コーヒーと紅茶、オレンジジュースとリンゴジュースでーす」

「ゆりさん! まなみだよ、覚えてる?」

「まなみちゃん! 見ない間に、大人のお姉さんになったねえ」

「まあね。お米が炊けるようになったからね」

「お米だけかい……」

 まいが呆れた。

「今回、俺がみんなを呼んだのは、他でもない。あかねのことだ」

 みんな、ゆうきに視線を向けた。ゆうきはリンゴジュースを一口飲み、話した。

「今、この辺で爆発事件や社長の死亡事件が多発してるだろ? それが始まる前、あかねの行方不明の件が話題に上がった。なにか関係があると思わないか?」

「やあねえ。そんなことあるわけないでしょ」

 と、苦笑するまい。

「姉ちゃん。俺は至ってまじめだ」

 と言って、まいを真剣な眼差しで見つめた。

「あくまでも憶測でしかないけど、もし爆発事件とあかねの誘拐が関連していたとしたら、犯人を突き止められるかもしれない」

「ま、まあこの辺で起きてるからね」

 と、まなみ。

「爆発物を所持してるやつだよ? なにしてくるかわかんないのに、あたしたちがつかまえられると思う?」

 と、アリス。

「ゆうき。まだなにかないの? その、事件についてさ」

「まあ、他に言えるとすれば、爆発した場所は、すべてブラック企業とか、いけないうわさが立っていたことで有名だったくらいだな」

「じゃあ、そこで働いてた人が恨んで、爆発事件を起こしたってこと?」

 と、ゆり。

「いや、それじゃすぐに袋のネズミだよ。なかなかつかまらないってことは、よほどの腕っぷしか、陰謀があるかのどちらになるさ」

「でも、あかねちゃんの誘拐と、爆発事件は関連してるのかなあ?」

 まなみが首を傾げた。

「ある、気がする」

 ゆうきはあいまいな返事をした。


 夜。地球組の拠点は、人里離れた山の中の屋敷だ。そこに信者全員がいるわけではない。信者の中にはインターネットを介して繋がる者も多数存在している。もちろん、屋敷で同じ屋根の下、寝食を共にする者も存在する。あかねは、その一室に寝泊まりしていた。

「どうして……」

 最初に銃殺された社長の顔が、脳裏に浮かんだ。

「そんな……。こうきが、あんなことするなんて……」

 震えが止まらない。

「あかねちゃん」

 ふすまが開く音とともに、こうきが現れた。

「どう? ここの生活は慣れた?」

「ちっとも」

「でもここは、僕たちが住んでいた故郷さ。まあ、最も君の暮らしていたマンションは遠いけどね」

「ねえ、どうしてこんなことするの?」

「え?」

「どうして罪もない人を殺して、爆発までするのかって聞いてんのよ!」

 血相を変え、彼に問う。こうきはフッと笑い、答えた。

「あかねちゃん、僕最初に言ったよね。地球組ここは世界をあるべき姿に変えるとこって。だから、ああいうクソみたいな連中は消してしまうのさ」

「そんな……」

 がく然とするあかね。

「逆に、善行をする人にはさらに精進してもらえるように、投資を欠かさないよ。地球組のことも宣伝すれば、やがてそちらから投資してくれるようになる。これで一石二鳥さ。やがて世界は善しか残らない世界になる!」

 開いたふすまから覗く満月の光に照らされるこうきを見て、あかねはただ呆然とするだけだった。

 しかし、ふと頭によぎったことを口にした。

「家に帰りたい……」

「へ?」

「あたしはただ、家に帰りたいだけなの! 始めはパパとママに会えるし、憧れのバイオリニストになれると思って、アメリカに行った。だけど、バイオリニストになれば、毎日パパママに会えないし、違うとこに転々とするし。子どもの時みたいに、いつもの場所で、友達みんなの前で演奏して、週末はパパとママに会う。それでいいのよ」

「ふん。なにがパパとママだ。なにが友達だ。そんなもの必要ない!」

 怒鳴り、あかねの頬を叩いた。

「必要なのは善! 善行こそすべてだっ」

 あかねは頬を押さえ、震えながらこうきを見つめた。

「おっと、ごめんごめん。ついカッとなっちゃってさ。まあでも、君のその望みは叶えてやらなくもない。地球組のトップだからこそ、人の願いを聞き入れるのも、善行の一つだ」

「え?」

「わかった。明日、街へ行こう。そこで、君の行きたいところへ向かおうじゃないか」

「あ、ありがと」

「ただし、少しだけだからね?」

 クスッと笑い、ふすまを閉め、去っていった。

「あっ」

 あかねは思い出した。自分にはスマホがある。そして、スマホでゆうきに連絡ができると。

「しまった! スマホは没収されてるんだったあ……」

 しょんぼりした。


 翌日のニュースを見て、金山家は一同目も口も閉じれない状況に至った。テレビ画面に映し出されていたのは、西野あかねの遺体というテロップと、その遺体が発見された事件現場だった。

 報道されたニュースによると、今朝の六時頃に、港に停泊中の漁船に女性の遺体が転がっており、鑑識の調査の結果、西野あかねのものだと判明した。

「……」

 部屋で、まいとゆうきはお互いそれぞれの勉強机に座り、ただうつむいていた。

「まなみから、連絡来ないね」

「……」

 ゆうきはただ黙ってうつむいていた。なにか考え込んでいるようにも見えた。


 地球組では、屋敷で生活をしている信者全員と、リモートで画面越しから様子を見る信者を合わせ、集会が行われていた。

「諸君。今回集まっていただいたのは、他でもない。なんと、我々地球組の活動に拍車をかけるため、新たな発明品を用意していただいた!」

 ステージ台の上で意気揚々に話すこうき。

「発明品?」

 横であかねが首を傾げている。

「それが、白馬組だ!」

 ステージ台の前の地面が開き、下からヒヒーンと鳴き声を上げる白馬のロボットが登場した。

「あかねちゃんを乗せて、僕がこれに乗り、あちこち飛び回りながら、世界を変える!」

「おお!」

 信者全員が拳を上げた。

「君たちは、そんな僕たちを襲ってくる邪魔者を足元に置いてある電磁波ライフルで仕留めてくれ」

 信者全員が、足元に置いてある電磁波ライフルを手にした。

「それも発明品だ。それは強力な電磁波が組み込まれたライフルで、撃たれた者は即死。リモートでお送りしている者には、後日郵送するので、乞うご期待!」

 こうきは白馬組にまたがり、最後の宣告をした。

「いよいよ世界が善に満ちる時が来た。君たちが望むものはなんだ。そのためにしてきた努力を邪魔してきたクソ野郎どもに復讐する時が来たのだ!」

「おおー!」

 信者全員が電磁波ライフルを掲げ、声を上げた。

「なんなの、これ……」

 あかねは唖然とした。


 日曜日。今晩会社近くのマンションに帰るまいは、最後に夕飯を一人で作ろうと、嫌がるゆうきを連れて、スーパーへ立ち寄った。

「なんで姉ちゃんの買い物に、俺まで付き合わされなきゃならん?」

「いいじゃないのよ。昔、二人でおつかいすることなかったでしょ?」

「そりゃあ、子どもだけでスーパー行ったら知らない人に連れてかれるからって、母さんがうるさかったからだろ」

「今夜は餃子と天津飯、あとチンゲン菜をやろうと思うんだ」

 ウキウキなまいを見て呆れた様子のゆうき。ふと、エスカレーターのあたりに目を向けた時だった。

「あ、あれは!」

 二階から、誰かがライフルを向けていた。

「誰を狙っているんだ!」

 ゆうきは、すぐにかけつけた。しかし、それも虚しく、すぐに悲鳴が聞こえてきた。

 スーパーのエプロンを身にまとった中年の男が、胸から血を流し、倒れている。

「あいつは……」

 気づけば、二階にいた狙撃者はいなくなっていた。

 あとでわかったことだが、撃たれたのはスーパーの店長で、セクハラやパワハラの批評が絶えなかったらしい。なので、従業員の中には、「死んで清々した」、「当然の報い」など、心ない声も飛び交っていた。

「だからって、人を殺していい理由なんてないはずよ!」

 まいは、一連のニュースに怒りをあらわにした。

「姉ちゃん」

 ゆうきがつぶやいた。

「犯人は、俺たちのそばにいる」


 地球組の存在は知られていないものの、事件現場のほとんどが黒いうわさが立つ場所だったことから、ネット上では、「○○をやってほしい」、「うちの会社ブラックだから爆発して」などの不謹慎な投稿が目立った。事件の悪化を防ぐため、このような投稿は管理者によってほとんどが削除されていった。

「はい。できましたよ」

 まい特製の中華メニューが、金山家の食卓に並んだ。チンゲン菜サラダと天津飯、餃子にシューマイと、デザートに杏仁豆腐が並んでいた。

「やっぱりまいは料理上手ねえ」

 さくらが感心した。

「久しぶりの豪華飯だ!」

 たけしがまず天津飯にむさぼりついた。

「あつあつ」

「お父さん、熱いからゆっくり食べてね?」

「明日からまたカレー生活か……」

 と言って、ゆうきが天津飯を一口入れた。

「あんたもなにか料理したら?」

 まいが呆れた。

「まい。あんた料理系の仕事も向いてるかもよ?」

「へ?」

「母さん、あんたの料理上手は子どもの時から認めてたからね。後片付けだって、しっかりやるし」

「……」

「それにしても、帰り気を付けろよ? なんなら送ろうか?」

「お父さん。車もないし、歩いて四十分もあるんだよ? 私一人で大丈夫よ」

「でも、最近なにかと物騒じゃないか。今朝もお前たちが行ったスーパーで殺人事件があったみたいだしな」

「わかった。父さん、食ったら、俺が一緒に行くよ」

「ゆうきまで……」

 まいはあまり乗り気じゃない様子。

「まずはお手製の中華飯を味わいましょ!」

 さくらの一言で、全員が天津飯を口を運んでいった。

 夕食も終わり、まいは帰り支度を進めた。

「まい、またなにかあれば連絡しろよな」

 玄関先で見送りの言葉をかけるたけし。

「うん」

「じゃあ母さんからも」

「あ、はい」

 苦笑するまい。

「無理しないでね。いつでも頼っておいで」

 まいは少しはにかみ、うなずいた。


 夜空を舞うように、白馬組が屋根と屋根を飛んで、かけていく。またがっているこうきが、手にしている電磁波ライフルで、狙撃する。

「あはは! 僕は今や無敵の存在だ! 神なのだ!」

 白馬組でかけ回りながら、高笑いを上げた。

「こんなの、間違ってる……」

 黒い布をかぶり身を潜めているあかねが、つぶやいた。

「ん?」

 ふと、こうきが空を舞う白馬組から、二人組を見かけた。

「!」

 街灯に照らされた男の顔を見て、目を見開いた。

「ゆうき……。ゆうきなのか?」

 その瞬間、操作を怠ったせいか、白馬組は真下にある空き家の屋根に落下した。

「ん?」

 その衝撃音に気づくまいとゆうき。

「なんか事故か?」

「さあ?」

 その場をあとにした。

「いたた……。もう、なんで急降下すんのよ!」

 あかねが怒った。

「ご、ごめん」

「あたしをこんな目に遭わせるなんて許せない! もうこんなの乗らないかんね?」

「い、いや待ってくれ! 今のは少し気が動転しただけだ」

「はあ?」

「まあまあそうにらみなさんな。あの方に、次は宙に浮けるように設定してもらおう」

 まいは、ふと思い出した。

「そうだ。さっき衝撃音がしたとこ、りかさんのアジトがあったよね」

「あ、そういえば。でもあの人、妹のるかさんと一緒に海外に行ったって、聞いたぞ?」

「あ、そういえば。それで、そのアジトはもう売り物件にしちゃったのよね」

「諸君らはもしかして、知り合いか?」

「誰だ!」

 まいとゆうきが血相を変えて振り返ると。

「りかですが?」

 驚いた表情をする、自称科学の娘、りかが佇んでいた。

 りかは、まいとゆうきの子ども時代、変な発明品を提供してはさんざんな目に遭わせた、いわばトラブルメーカー的存在だった。妹のるかは、薬品の発明を手掛けている。しばらくは海外に出張に出向いていた。

「向こうでトラブル起こしちゃって、しばらくフリーなの」

「それで、預貯金で購入した戸建てで一人暮らしをしているんですか」

「そうなのまいちゃん。しかし、大きくなったね二人とも」

 大人になった姿に、感激。

「まいちゃんは、今どうしているのかね?」

「まあ、営業マンってとこです」

「営業マンー? あの、うちにもよく来てたけど、飛び込みと押し売りはやめてね?」

 ジト目でまいを見つめた。

「で、かくして弟君のほうは?」

「ニートです」

「ニート!」

 ひっくり返った。

「あ、ご、ごめんごめん。人にはそれぞれ人生があるからねえ」

「別にいいっすよ。俺だって、ニートであることは認めてるんだから」

「妹のるかさんはどうしてるんですか?」

「るか? るかはアメリカにいるよ」

「るかさんもアメリカに行ったんですか!」

「うん。あの子はあたしと違って、迷惑しないから」

「あはは……」

 まい、苦笑。

「ところで、最近すごい案件受けちゃって」

「案件?」

「うん。あんまり公表しないでって、言われたんだけど。なんでも地球組っていうさ、あたしより十歳くらい若い子が設立した宗教があってね」

「宗教?」

 首を傾げるまいにゆうきが補足。

「姉ちゃんはネットに疎いからわからんかもしんないけど、地球組は今ネットで話題になってるんだ。なんでも、世界をあるべき姿に戻すというのを目的とした、宗教団体で、信者の数は数百万人と来てるらしい」

「へえ」

「で、その団体様から、発明品を作ってほしいと要望があって、なんでもどこでも動き回れるものがいいって言うからさ」

 りかは、懐から紙を一枚取り出した。

「じゃじゃーん! 白馬組たるものを作ってみましたあ」

「白馬組ー? ただの馬じゃん!」

 まいとゆうきが揃ってツッコむ。

「で、万一のために武器もほしいとのことで、電磁波ライフルたるものも作っちゃったりして」

 白馬組が描かれた裏に、電磁波ライフルのイラストが描かれていた。

「ん?」

「なんでそんな物騒なものをほしがるのよ? やばいとこじゃないんですか?」

 まいが呆れた表情でつぶやく。

「いやあ、でもバッグいっぱいの札束なんて見せられたらさあ」

 おどけた。その間に、ゆうきはあごに手を付け考える素振りをしていた。

(地球組、あかねの行方不明、爆発事件、殺人事件、発明品……)

 これらに関連性を疑うゆうき。必死に思考を巡らせる。

「いや、違う」

「え、なにが?」

 ゆうきの一言に疑問視するりか。

「あの、発明品を頼んだ人は女性だった? それとも男性?」

「うーん。男性だったよ」

「顔は?」

「顔ねえ。あ、金髪にしてたのは覚えてる。あと、ピアスをしてたね」

 すぐにゆうきはスマホをつけた。

「ゆうき?」

 彼の様子に、少し不安を感じるまい。

「りかさん」

「は、はい」

「地球組の場所はわかるの?」

「あ、いやあ。当日は待ち合わせ場所指定されてさ、リムジンでカラオケ大会しながらいつの間にか着いてたもんで」

「姉ちゃん。まなみとアリスちゃん、そしてりかさんも連れてみんなで地球組に行こう」

「え? な、なにを唐突に言い出すのよ!」

「この事件を解くカギは、地球組にあるはずだ」

 彼の目に迷いのない様子だった。

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