大人になったまいとゆかいな仲間たち
みまちよしお
大人になったまいとゆかいな仲間たち
私立中学校を卒業後、
「わ、私なんかが営業でいいんですか?」
上司に宣告された時、まいは当惑していた。
「君、中学から頭いいとこいんでしょ? 営業も余裕っしょ!」
「は、はあ」
嫌々だが、断れるはずもなく、了承してしまった。
その後はまいにとってズタボロな日々だった。彼女は人見知りで、企業に訪問に来た際、緊張のせいか、思っていることの半分も伝えられない。
「はあ……」
「!」
終いには、面談中訪問した企業の社長にため息をつかれる時もあった。営業から帰ってくると、本日の成果を上司に報告する。指で数えるほどにしか満たないことがほとんどだ。そして、残業をしてから帰ると、時刻はすでに夜九時頃を迎えている。
「ただいまって、そうだ。私もう一人暮らしをしている身だった」
まいは就職して一年経った頃、会社付近のマンションを借りて、一人暮らしをしていた。
「はあーあ。今日も何件か車を走らせて、ぺこぺこ頭を下げてる日々だったなあ」
と言って、スーツのままソファに深く腰を掛けた。
その瞬間、スマホのバイブが響いた。
「お母さんだ」
メールが来ていた。
『どう、一人暮らしは? ちゃんとご飯食べるのよ。たまには帰ってきなさい』
「わかってるわよ」
というメールを返した。
「でも、なんだか今日は作る気もしないな。最近は、図書館にも行ってない。そういえば、大学からパソコンを勉強するために、駅前のパソコン教室に通って、その日以来、まともに読書してないのよ」
まいは、幼い頃から読書家で、ゲームやテレビといった類のものに興味を示さなかった。パソコンに触れるようになったのは、大学時代のパソコン教室からだった。
「毎日働いて、お金は貯まってきてるけど、でも、どうしてこんなに疲れるんだろう? いや、一日中車転がして企業訪問してりゃ、疲れるけど。でも……」
ベランダの窓から見える月を見上げ、つぶやいた。
「私、このままでいいのかなって、思う……」
不安げな目で見つめる月は、黄金に輝いていた。
翌朝。
「うーん……」
眠気眼で布団から体を起こしたまい。
「あ、なんかメールが来てる」
枕元のスマホを手にした。
「まなみか……。まなみ!?」
久方ぶりの友人からの通知に驚がく。
『まいちゃん久しぶり。今度の日曜日暇? なら、ここに来てほしいんだけど』
メールとともに添付された写真に映っているのは、アニマルフォトショップという名のお店だった。
そして日曜日。
「ここ、新店舗よね。昔は畑になってたはず」
まじまじ見つめて、扉を開けた。
「まいちゃーん!」
突然、まいを抱きしめる何者か。
「ちょっとまっちゃん。いきなりすぎでしょ」
金髪のポニーテールの女性がツッコんだ。
「久しぶりなんだもーん! 実に一年ぶり? え、もうどれくらいかわかんなーい」
強く抱きしめられているまいが苦しそうにしている。
「あの、まいが苦しそうだけど……」
「あ、ごめん」
「はあはあ……」
ようやく離されて、息を切らした。
「ま、まなみ?」
「うん。大人になった
後ろに手を組んで、笑みを見せた。
「そして、あたしがいとこの
「まなみ、アリスも。一年ぶりね!」
まいも再会を喜んだ。
「でも、どうしてここへ? てか新店舗でしょ?」
「うん。実は、一年間、ここを開店するために、まなみたちは努力していたのです!」
「え?」
「そう! あたしたちで昨日開店しました、その名も……」
二人で手を繋ぎ、
「アニマルフォトショップ!」
店名を公表した。
「か、開店ー?」
「ちなみに、店長はまなみでーす」
開店する際に市町村から送られる、諸々の書類を見せた。すべてに新城まなみと記されていた。
「ウ、ウソでしょ。なにか新しいことを始めるから旅に出るとか意味深なこと言ったきりメールも既読が付かなくなるし……」
「いやあ。心配かけましたなあ。この時のためにねえ」
「で、でもなんでまたお店なんて開いたのよ?」
アリスが答えた。
「聞かなくてもわかるでしょ」
「へ?」
「まっちゃんは、昔からカメラが好きじゃない? その好きを活かすことをしてみたかっただけのことよ」
「じゃあ、アリスはなんでここにいるの?」
「あたしは衣装作りが好きだからね。ここ、犬やネコ、いやフェレットにカメ、ヘビや虫までなんでも衣装着せて写真撮影できるお店だからさ!」
「は、はあ?」
困惑するまい。
「ではでは。まなみたちのお店の概要を、詩にしてみたから、見てみて!」
それがこちら。
ああ 写真が撮りたい でも普通のは撮りたくない 変なのがいい
そうだ 犬に王様の服を着せようか ネコに嬢様の服を着せようか
ヘビにドレスを着せようか コオロギに宇宙服を着せようか
なんでも揃う なんでも叶う 人だって 動物になれる
「……」
唖然とするまい。
「まなみはこれまで、独創的で、誰も撮らないようなものを撮影してきた。だから動物ならなんでも撮影しちゃう。それが、アニマルフォトショップなのです!」
「あたしは衣装係ってところかな。ちなみに、人に着せるものも作れるからね。例えば、まいがネコになりたかったら、ネコ耳とかしっぽとか作っちゃうわよ!」
「え?」
まいの脳裏に、自分のネコ耳姿が浮かんだ。
「いいね! まいちゃんウサ耳でもかわいいよ~」
「そうだ! ねえねえ。まだお客さん来てないの。ネットでもさんざん宣伝してきたのにさ。まい、第一号になって?」
「そうだ! まいちゃんモデルになってよ。まいちゃんが、人がコスプレした時の例はこんな感じですって……」
まいがムッとして、
「やるわけないでしょーっ!」
「く、うふふ!」
怒られた瞬間、まなみとアリスが笑った。
「な、なにがおかしいのよ?」
「まいちゃん、相変わらず大声で怒るなーって」
「はあ? い、いやあんたらがねえ」
「昔と変わらなくて安心したってことよ。どうなのそっちは? 充実してる?」
アリスの問いに、言葉を詰まらせた。
「まいちゃんは、大学出たあと結構いい会社入ったんだよ? きっとタワマンの最上階に住んでて……」
「毎晩夜景を眺めながらワインを片手にってか? 羨ましい~!」
「あ、いや」
「まなみたちも一応はお金持ちだけど、結局お店の起ち上げは自分たちでやれって、補填してくれたのは五十万だけだよね」
「うんうん。やれやれ、しばらくは近くのパフェ行けないなあ」
「あ、あの……」
二人が盛り上がってしまい、まいは戸惑った。
「あ、あの! 私そろそろ帰るわ」
「ええ? もっといればいいのに」
「そうよ。まい、なんなら撮影していって。ネコとウサギどっちがいい?」
「結構です」
「あ、そうだ!」
「なに?」
「はい!」
まなみが手に差し出したのは、一枚のクッキーだった。
「これ、作ったんだ。三人で昔クッキー作ったの覚えてる? その日のことをなんか急に思い出してさ。それで、作ってみようかなあ、なんて」
照れくさく言った。まいとまなみが中学生で、アリスが小学生だった頃。まなみがアリスの不登校を解決してほしい旨を伝えたところ、週末に彼女の家(同じマンションの隣同士)に向かい、クッキーを作った。その後、ハイキングで低山へ向かい、山頂で街を見下ろしながら、手作りのクッキーを食べた思い出があった。
「まなみ、あんたもいっちょ前にこんなの作れるようになったのね」
「まあ、まなみも大人のレディですから」
「ありがと。また来るね」
まなみは少しはにかんだ顔で、ほほ笑んだ。
「今度は彼氏作って来なさいよー!」
去っていくまいに手を振るアリス。まいは、あかんべーで返した。
週末はにぎわう街。昔から変わらぬ光景だ。
「けど、これが土曜日出勤の時だと、ほんと見るに堪えないのよねえ」
まいが頭を悩ませていたものの一つに、土曜日出勤の憂鬱さだ。これまで、週末は休みだったから、時折土曜日も出勤になるのは痛手であるというよりも、営業に出て苦労するなら、週末をエンジョイしたほうがマシという気持ちから、憂鬱さが溢れてくるのだろう。
「あっ」
途中、書店に目を向けたまい。目を丸くした。入り口付近に、大好きだった小説家の本が並んでいた。
「ええ、これ新刊なんだあ。そういえば、私図書館の本しか読んだことないから、新刊情報なんて皆無だったなあ」
新刊を手に取り、感慨深く見つめた。
「もしかして、まいちゃん?」
「え?」
声をかけられ、とっさに顔を向けた。
「ああ、やっぱまいちゃんだね! 私だよ私、あの喫茶店オーナーの……」
まいは目を開き、
「
小坂ゆりは、まいがまだ中学生の頃、早帰りだった日にまなみたちと偶然立ち寄った喫茶店で出くわしたオーナーだ。当時まだ十九歳。長野県の軽井沢に住むお金持ちのお嬢様で、料理のいろはもわからないまま喫茶店を起ち上げたが、まいたちの懸命なサポートでなんとか売れる喫茶店になった。
「そっか。まいちゃん、もう二十三歳なのかあ」
「ゆりさんのが、人生の先輩ですね」
「そんなことないよ! いまだにお金持ちのお嬢様だもん」
「あ、あはは……」
苦笑するまい。
「喫茶店、今日はお休みなんですか?」
「うん臨時休業」
「お店はどうなんですか?」
「まあ、そこそこかな」
と言って、ゆりはお腹をさすった。
「お腹の調子悪いんですか?」
「ううん。ここだけの話ね。じ・つ・は」
と言って、薬指を見せた。
「結婚したんだよねえ」
「ぶーっ!」
まいは、飲んでいたコーヒーを噴き出した。
「ま、ま、ええ!?」
「まあ、驚くよね。半年前に、アルバイトを募集してさ。立地も駅から離れた住宅地だし、始めは誰も来なかったんだけど、そのうち付近に住む大学生の子がやってきてね。そのあとも募集はかけてたんだけど、しばらくは二人きりでさ」
「そ、それで発展したんですか」
「うん……」
ゆりは、はにかんだ様子で話す。
「だって、今まで男の子と二人きりなんてなかったし。それに、彼素直なんだ」
「い、いいんですかほんとに? も、もう行くとこまで行って聞くのもあれですけど」
「後悔はしてないよ。パパやママじゃなくて、自分で決めたことだもん」
「ま、まあ自分で決めたことなら……」
「実は、募集した時はね、内心自分が楽になるかなーとか考えてたことがあって、最初彼が来た時、仕事サボっていろいろ押し付けてたんだ」
と、苦笑い。
「ええ? それ典型的なブラック企業ですよ!」
「でもね。そんな私に彼言ったんだ。ここに何しに来てるんですか、僕は働きに来ています。サボるなら帰ってくださいって」
「堪忍袋の緒が切れたんじゃ……」
「多分ね。私はカッとなって、帰ればいいんでしょみたいに言って、帰ろうとしたら、彼が突然背中を抱きとめてきて」
「ほう」
「一緒に働きたいんですって、言ってくれたんだ」
と言って、お腹を両手で触れた。
「彼はまさか、元々ゆりさんのことを……」
「というわけで! 今日は臨時休業だけど、久方ぶりの旧友のためになにか作るよ?」
「え、そんなとんでもないです!」
「遠慮しないしない」
「え、でも」
キッチンに向かったゆりが、答えた。
「ママになるんだから、料理の練習しないとね」
まいはほほ笑み、うなずいた。
ゆりが振る舞ってくれた料理を口にしてお店をあとにし、帰路を辿っていた。
「明日からまた仕事か」
夜空を見上げ、憂鬱になった。
「みんな充実してるな」
まなみとアリスは互いに切磋琢磨して、お店を起ち上げた。ゆりは結婚し、喫茶店を続けている。
「自分はただ頭を下げてへこへこしているだけ。それで疲弊する毎日……」
ため息が出た。
「はっ」
ふと、後ろからいやな気配を感じた。
「!」
とっさにゴミ捨て場に置かれていた竿を持ち、振るった。
「たあっ!」
その竿を剣士のように振るい、つけてきたストーカーの男を追い払った。
「ふう。高校時代、剣道部に入っていた甲斐があるわね」
と言って、竿をゴミ捨て場に投げ捨てた。
「早く帰ろ」
と言って、その場をあとにした。
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