旅立ちの搭乗口

あたりめ

第1話

 私は空港のエントランスでチケットを持ち立ち尽くしていた。

「……えっと、どこが搭乗口だろう?」

 広いエントランスには多くの人々が行き交っていた。

「あっちの方だろうか……」

 空港内の一部に人が集まっていた、私は少し歩き最後尾に近づいて行く。


 押さないで下さい!ひとりひとり対応しますので列にお並び下さい!

 大きな声でカウンター越しに叫ぶ受付職員。そのカウンターに人々が押し寄せていた。

 押し寄せる人々も老若男女様々で職員の声が掻き消えるほどの大声で叫んでいる。

 どうやら搭乗券を持っておらず、我先にと職員のところで対応してもらおうとカウンターに殺到しているようだ。

 チケットを持っている私は踵を返し再びエントランスを彷徨う。


「どこに行けばいいんだろう……?」

 そう呟きながら俯いていると、エントランスを巡回していた職員の女性に話しかけられた。

「搭乗券はお持ちですか?」

 私は頷き、そっと手に持っていたチケットを職員さんに見せた。

「こちらの搭乗券ですと1番ゲートからの出発になります。あちらのゲートからお進み下さい。」

 そう言って手のひらでゲートの方向を促す職員さん。私はお辞儀をして一言お礼をするとゲートの方向を目指した。


 ゲート前に行くと綺麗な一列で人々が並んでいた。私の番になってゲート入口の職員さんにチケットを見せ、ゲートをくぐる。

 ゲートを越えると大きなロビーに出た。

 搭乗開始まで少し時間があるようなので、ロビー端にある椅子に腰かけた。

 ロビーを見渡すと同じように椅子に座ってじっと待っている人が多かった。

 私も目をつぶり考え事をしながら待つことにした。


「ここ、よろしいかしら?」

 声を掛けられた事に気付き目を開ける。

 そこには優しい顔をしたお婆さんが立っていた。

 横の席が空いていたのでどうやら座って良いかの確認をしているのだと分かった。

「どうぞ」

 特に断る理由も無いわたしは快く承諾した。

 お婆さんはゆっくりと隣の椅子に腰かける。


「若い子がひとりで居るものだから気になっちゃって」

 そう言って私は周りを見渡す、たしかに若い人は見当たらない。

「あなたは何歳なの?」

「17歳です」

「そうなのね……わたしの孫と同じくらいだわ、それなのに落ち着いてて偉いわね」

 お孫さんと重なるのだろうか、お婆さんはゆったりと語るように話しかけてくる。

「……さっき考え込んでいた様に見えて、思わず話し掛けちゃったんだけど、こんなお婆ちゃんで良ければ話してみない?」

 あくまで私のペースでと、気を使ってくれているのが分かった。

 何故だかこのお婆さんは信用できると思い、私もぽつぽつと言葉を出した。


「……私……病気だったんです。小さな頃から病院で入院していて……学校に通えた思い出もほとんど無くて……」

 横で聴くお婆さんは優しい顔のまま「そうなのね」と相槌をうってくれる。

「……いつも両親を悲しませてばかりで……親孝行なんて一度も出来なくて……」

 そう言って私は下を向いてしまった、膝の上に置いた手にあふれた涙がしたたる。

 そんな手をお婆さんの手が上から優しく包み込む。お婆さんはただ「ええ、ええ」と頷いて私の話を聴いてくれた。

「……それなのに両親より先に、こういう事に…なってしまって……」

 最後の方は嗚咽おえつしてしまって上手く声にならなかった。

 涙が止まらずひとしきり泣いてしまった。そんなお婆さんは優しくただただ寄り添ってくれた。


 私が少し落ち着いて来たのを確認し、今度はお婆さんが口を開いた。

「あなたが優しい子だったって言うのはご両親もちゃんと分かってると思うわ。そうでなくちゃ、ご両親のことでこんなに涙を流すなんてことないもの。あなたの想いはきっとご両親に届いているわ」

 そう言ってお婆さんは優しく私の頭を撫でてくれた。

 名前も知らないお婆さんにここまで自分の内側をさらけ出してしまって恥ずかしさもあるが、それよりも話を聞いて貰えて良かったと言う思いの方が大きかった。


【1番ゲートまもなく搭乗開始となります。搭乗の際は航空券を係員にお見せ下さい。】


 ロビーアナウンスで搭乗時間が近づいて居ることを知る。

 私はポケットに入れていたチケットを取り出し、再び記載内容を確認する。

 搭乗券には行き先と席番号が書かれている。


【 現世うつしよ  ⇒  天国  25A  】

 横に居たお婆さんも自分のチケットを取り出し、私のと見比べた。

「偶然ね!席、あなたの隣みたい!」

 お婆さんのチケットも行き先は同じで席は25Bと書いてあった。

「長い付き合いになりそうね!今度はわたしの孫の話でもしようかしら?

 」

 そう言っていそいそと席を立つお婆さん、気を使って話題を変えてくれようとしているのだろう。

 お婆さんに手を引かれながら搭乗口へ足を進めて行く。

 涙はいつの間にか止まっていた。



 飛行機の中では今度はお婆さんの話を聞いてみよう。どんな人生でどんな楽しいこと辛いことがあったのか。

 私の話をじっと聞いてくれたお返しをさせて貰おう。

 窓から見上げた空は今の私の気持ちのように澄み切っていた。





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旅立ちの搭乗口 あたりめ @atarime83

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