第36話 “大事な何か”を垣間見た後、癒したお礼に教えてもらえばよくない?



「こ、こんにちは! 雪奈せつな先輩!」


   

 先頭にいた、リーダーだろう少女が慌てたように挨拶する。

 後ろの二人も、彼女にならうように頭を下げた。


 すぐに、東條の知り合いだと察する。


 東條も相手を見て、気を許すように近づいていった。

 


「ええ、こんにちは。学校外で会うなんて珍しいわね――って、あなたたち、ボロボロじゃない!」

 

  

 東條が、少女たちのケガに気づいた。

 3人中2人が、体のあちこちに擦り傷や青あざを負っている。



「あっ、えっと……えへへ。モンスターと戦闘になったんですけど。勝てなくて、撤退してきました」



 髪色の明るい、元気そうな少女。

 リーダーだろうその女の子は一瞬、誤魔化そうかどうか迷った風に見えた。

 

 だが東條に隠し事をできないと察したように、照れながら白状する。

 


「見た目は確かにこんな感じですけど。二人とも実際には軽傷です、ご心配ありがとうございます」


「そう。ならよかったわ……」



 東條が、安堵するように息を吐いている。

 接する態度や仕草から、東條にとって大事な子たちなんだなと伝わってきた。



「――ごめんなさい。雨咲君、西園寺さん。彼女たちとは中学からの付き合いで、今は“高校”の後輩でもあるの」



 東條の紹介で、少女たちが再びを頭を下げてくる。 


 三人とも、冒険者科高校の1年生らしい。

 皆とても可愛らしく、クラスにいれば間違いなくトップカーストの住人になるであろう容姿だった。


 それぞれ冒険者科高校の制服を基調とした、冒険者ウェア風の格好をしている。

 俺たちの学校でいう体操服・体操着みたいなもので、しかし無料の支給品だと説明された。 

 

 髪色の明るい両手剣の子が、やはりリーダーのようである。

 小森こもりと名乗った。 


 大人しそうな女の子は盗賊シーフで、唯一無傷な黒髪の少女は魔法使いだと自己紹介してくれる。  



「――それで、こっちは雨咲君と、西園寺さん。別の学校だけど同い年よ。とてもお世話になっていて、今は一緒にパーティーを組ませてもらってるの」


「っす。雨咲だ」


西園寺さいおんじ耀ひかりです。よろしくね?」 



 西園寺とともに挨拶すると、少女たちは恐縮するようにペコペコとしていた。

 素直な反応で、とても可愛らしい。



「……あ~軽傷とは言え、ケガしたままは辛いでしょ? 東條さんの大事な後輩さんなら、私、治すよ」



 西園寺が小森さんの側まで近寄る。

 腕にできた分かりやすい青あざに向けて、ゆっくりと手をかざした。



「えっ!? あの、えっと……」      



 小森さんが、困惑したような表情になる。

 東條や、西園寺のれである俺に、戸惑うような視線を向けて来た。



「……西園寺さんは、回復魔法が使えるのよ」


 

 東條はそう答えながらも、視線で俺に問うてくる。

 西園寺に【ヒール】をしてもらって本当にいいのか、と。

 

 そもそも西園寺がそう決めたのなら、俺はそれをできるだけ尊重するのみだ。


 ……それにまあ、全くの他人ならともかく。 

 東條の後輩でかつ“冒険者科高校”の生徒ということなら、恩を売っておくのも悪くはない、か。



「一応俺も【ヒール】を使えるから。東條の後輩価格ということで、今ならタダで治すけど、どうする? えっと……」  


 

 もう一人のケガ人、無表情な少女へと近づき、尋ねてみた。

 ……それとごめんね、1回で名前覚えれなくて。 


 

「……柚木ゆずきです。その、治していただけるなら、嬉しい、です。お願いします」



 声も小さく人見知りで、口下手そうだった。

 だが無意識に擦り傷や青あざをさすっているところを見るに、やはり痛みがあるらしい。

   


 視界の端では、西園寺もすでに小森さんの治療を始めていた。

 


「よし、わかった。じゃあまずは腕から行くか――【ヒール】」



 そうして一時立ち止まって、東條の後輩たちへ治療を開始した。



◆ ◆ ◆ ◆



「……凄い。やっぱり【ヒール】って、市販の“安物ポーション”とは全然違うんだ」


 

 腕の傷がすっかり治って、柚木さんは純粋に驚いたように呟いていた。

   

  

「そっか。【ヒール】受けるのは初めてか。……んじゃ、次。脚の方、見せてくれ」  


「あっ……んと。はい、これ、です」


 

 柚木さんは急に我に返ったというように、わかりやすく声が小さくなった。

 そしてとても恥ずかしそうに、左脚を前に出す。


 ……可愛い。


 盗賊シーフという役割柄か、柚木さんはとても丈の短いショートパンツ型のボトムスを身に着けている。

 そこから伸びた細い太ももは肌が大きく露出しており、そこには痛々しい青あざがあった。 


 うわっ、こりゃ痛そう……。   

【ヒール】を発動しながらも、視線は柚木さんの太ももから逸らさない。

  

 ……いや、別にいやらしい意味はないですよ? 

 ただ【ヒール】中は他に見るものも特にないから、目の前にある太ももをただボーっと見てるだけっす、ええ。


 

「――へぇ~! じゃあ東條さんって、やっぱり中学の時から凄く頑張り屋さんだったんだ?」 

  

 

 隣から、西園寺と小森さんの楽し気な会話が聞こえてきた。



「はい! 私たちが入学した時からずっと優しくて、綺麗で、成績も優秀で! なんなら生徒会長だって2期連続でやってたんですよ! もうずっと私たち3人の憧れの先輩なんです!」



 東條のことを語る小森さんは、とても熱が入っていた。

 初対面相手にとは思えないほどに熱く、そして真っすぐである。

    

 それを聞く柚木さんも嬉しそうで、無言ながらも同意するように頷いていた。

  


「もう、やめてちょうだい。昔の話よ……」



 その話題の東條はというと。

 とても照れ臭そうに、ほんのりと顔を赤らめていた。



「それに今だって! 【ヒール】を使えるお二人のパーティーに加入してるわけですよね? やっぱり雪奈先輩は凄いですよ!」



 小森さんの言った意味が、一瞬わからなかった。

 だが以前に東條が言っていたことを思い出して、ようやく理解する。


 俺と西園寺はそれぞれが【ヒール】を使える、いわばヒーラーだ。

 一つのパーティーに、二人も【ヒール】を使える人材がいる。

 それはとても稀で、冒険者界隈では凄いことらしい。


 つまり“その凄そうなパーティーに加入できてるってことは、やっぱり雪奈先輩も凄いお人なんだ!”という理屈なんだろう。   


   

「それを言うなら。私だってあなたたち3人のこと、とても誇らしい後輩だと思ってるわ」



 小森さん、柚木さん、そして……うん、そうそう、知林ちばやしさんだ。

 

 その3人を順々に見て、東條は優しく微笑む。



「“冒険者科高校”でも優秀な2組に入って。冒険者ランクだって、すでにEランクじゃない」  


 

 え~Eランクなんだ!

 年下なのに、俺たちより上か……凄い。 



「いやいやいや! 私たちはそんなこと関係なく、雪奈先輩が大好きで!!」


「そ、そうですよ!」


「う、うん、クラスの数字も、ランクの上下も、関係、ない!」

  


 なのに、彼女たちがそれを鼻にかけたり、おごったりする様子は一切ない。


 3人が東條のことを慕い、尊敬しているのは十分に伝わってくる。


“冒険者科高校”、そして“冒険者”という実力主義の世界で。

 立場が逆転することなく、お互いを思い合える先輩・後輩の関係が続いている。

  

 それは間違いなく、東條の人徳があってこそのことだろう。

 


「……素敵な関係だね」


 

 西園寺も同じようなことを思ったらしい。

 俺の方を見て、尊い光景を目にしたというように優しく笑っていた。



「……ああ」


 

 冒険者として少しも芽が出なかった西園寺。

 それを全く気にせず。

 変わらずに大切な友人として接し続けていた、クラスメイトの一軍女子たち。



 東條と後輩たちとの関係は、それとはまた少し違っている。

 しかし共通した“大事な何か”があるように思えたのだった。


   

◆ ◆ ◆ ◆  



「――ほいっ、おしまい」


 

 柚木さんの治療を終える。

 細い太ももにあった青あざは消え去り、血色のいい元の綺麗な肌色が姿を取り戻した。



「あ、あの、ありがとう、ござい、ました!」


 

 つっかえながらも、柚木さんは精一杯に感謝の気持ちを伝えてくれた。


 ふぃ~。

 グヘヘ。

 がらじゃないと今まで避けてきたが、良いことするとやっぱり気分が良いぜ。 

 


「【ヒール】をしてもらって、しかもタダなんて……」


  

 柚木さんの感情がわかり辛い両目に、明らかに尊敬の念がこもっていた。

 だが“タダ”という言葉に、グサりと刺された気分になってしまう。 

 

 ……そっか、そういえば俺“東條の後輩価格”とか言ってたな。

 クソッ、言ってしまったものは仕方ない。


 だがどうせタダなら、もっとどさくさ紛れにガン見したり、触っておけばよかった。



 腕の治療だって『ちょっと見辛いな~肘上げたりできる?』とか適当言って、柚木さんの脇をペロペロめ回すように見れただろう!

『ほいっ、おしまい』と言った拍子に、柚木さんの太ももをポンとタッチする機会だってあったはずなのに!

 

 バカっ、ドジッ、俺の真面目! 

  

 ぐぬぬ……。

 この恨み、必ず晴らさせてもらうぞ。



 ――東條のエッチなボディーでな!! 



 ……これを八つ当たり、または逆恨みと言います。

 マネしないようにね!



「そうだよ! 何もお返し無しだなんて、雨咲先輩や西園寺先輩に悪いよ! 雪奈先輩の顔を汚すことにもなるし、何かないかな?」



 東條の顔を汚す!?

 その話、詳しく!!


 ……ああ、何だ、エッチな意味じゃないのか。

 てっきり東條の顔にブルーベリー味の飲むヨーグルトでもかけて、あられもない姿にしちゃうのかと。

 

 ……いや、自分でもそれは無いなと思ったわ、うん、ごめん。

 


「……えっと、じゃあ、“あれ”は? どうせ私たちはこうして逃げてきちゃったわけだし。先輩方に教えちゃってもいいのでは?」



 知林さんがほのめかすように言う。

 “あれ”が何なのか、すぐに他の二人にも通じたらしい。



「あ~そうだね!」


「……うん、それが、いい」



 そして意見も簡単にまとまっていた。

 リーダーである小森さんが、代表して教えてくれる。



「――えっと。【隠し部屋】を見つけたんです。そこで戦闘になって、無念にも敗走してきたわけですが。その場所を、雪奈先輩たちにお教えしますね」



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