スマイリング・マン

十文字イツキ

前編

アメリカ合衆国 ノースウェイド州、ダスクホロウ。


都会とも田舎とも言えない、中途半端な地方都市。

かつては黄金時代ゴールドラッシュに湧き、やがて自動車産業で栄えた時代もあった。だが、今は違う。産業は衰退し、犯罪率の上昇と人口の流出が止まらない。今や州内でも「中堅どころ」にすら届かない、落ちぶれた街。


その郊外、荒野の中にぽつんと取り残された廃倉庫がある。

使われなくなって久しいその場所には、一日に何台も車が通ることはない。風が吹き抜けるだけの、寂れた建物。


今夜、この場所で、一つの出会いがある。ある種、歴史的な邂逅だ。


十年間、この州を恐怖に陥れたシリアルキラー。

地元警察も、州警察も、連邦捜査局FBIですら、その尻尾すら掴むことができなかった存在――スマイリング・マン。

彼の名は、都市伝説のように囁かれ、現実と虚構の狭間で語られるようになっていた。


そして、もう一人の男。

かつて州警察で長年スマイリング・マンを追い続けた捜査官。

過去形なのは、彼がすでに職を辞しているからだ。


彼は引退してもなお、個人的にスマイリング・マンを追い続けていた。

それは正義感なのか、知的好奇心なのか、それとも単なる執着なのか―― 彼自身すら答えを持たないままに。


そんな彼の元に、一通の手紙が届いた。


それは、招待状だった。

長年追い続けた相手スマイリング・マンからの。


そして彼は、その招待を受け入れた。


十年間、影を追い続けたシリアルキラー。

その存在に、今夜、初めて真正面から向き合うために――



それは、いつの間にかそこにいた。

まるで暗闇の一部が形を成したように、奇怪な仮面をつけた人物が姿を現す。

声も機械で変えられ、性別も年齢も判別できない。

(性別すら不明だが、便宜上「彼」と呼ぶことにする)


(スマイリング・マンはゆっくりと歩み寄る)

(仮面の奥の視線が、じっと主人公を見つめている)

 

スマイリング・マン:

「やあ、ようこそ」

「まさか君とこうして直接話せるとはね。嬉しいよ」


(静かな声が、倉庫の闇に溶けるように響く)


都市伝説ではない。彼は、現実に存在する。

判明している被害者は二十人――だが、捜査班の見立てではその数倍に及ぶとされていた。


そんな“怪物”が、長年自らを追い続けた元捜査官に向かって問いかける。


「君は何を求めてここへ来た……?」

「知識か――それとも、真実か……?」

 

主人公:

「知識か、真実か……真実とはその時々で異なるものだ」

「だが知識はどんな時でも異なる事はない、普遍であり真理だ……私は君の事をもっと知りたい」


(主人公は腕を組み、一歩も引かずに立っている)


スマイリング・マン:

「なるほど。君は知識を求めるタイプか。だが、皮肉なものだね」

「君が知識を手に入れようとすればするほど、真実は遠のくものだよ」


(微かにマスクの奥で笑みが滲む気配)

 

「私のことを知りたい? それはいい。でも、君はすでに私のことを知っているはずだ。私の影、私の足跡、私が遺した痕跡……君はそれを辿ってここに来たのだから」


(少しトーンを落として、囁くように声を紡ぐ)


「でも、もし私が何も存在しない幻だとしたら? 君が見てきたもの、聞いてきたもの、すべてが誰かの作り上げた虚構だったとしたら?」


「私の正体を知る前に、君自身に問いかけてみるといい。君は本当に、“私のことを知りたい”のか、それとも“私を理解したい”のか?」


主人公:

「理解か…君の様なシリアルキラーは知る事は出来ても理解する事は出来ないよ」


彼は静かに息を整えた。冷たい空気が肌を撫でるのを感じる。

 

「もしも全てが作り上げられた虚構だったとしても、君と相対してる私は虚構ではない……」

「私の存在そのものが君が存在している証なんだ」


驚く程冷静に、臆する事なく彼は答える。

倉庫の冷たい闇の中、その答えだけがはっきりと響く。


スマイリング・マン:

「素晴らしい。まるで詩人のようだね。君の言葉には情熱がある。だが、それこそが君の弱点でもある」


(少し微笑みながら、静かに歩くような間を置く)


「理解できない、か……」

「確かに、普通の人間には私のような者を理解することはできない」


(ゆっくりと歩み寄る。闇に溶けるような足音が響く)


主人公は僅かだが無意識に指先を軽く動かした。スマイリング・マンの歩み寄る気配を感じた反射だった。だが、すぐに拳を握り直し、冷静を装う。


「人は自分が理解できないものを恐れ、否定し、排除しようとするものだ」


倉庫の隅で何かがわずかに軋む音がした。それすらも彼の言葉の重みに聞こえる。


(ふと、少しだけ興味深げに首を傾げる)


「しかし……君は違う」


(わずかに身を乗り出し、声を低く落とす)

 

「君は私を排除しようとはしていない。むしろ、こうして対話を続けている。なぜだと思う?」


仮面の奥の視線が主人公の奥深くを探るように動かない。

 

「君は私を否定しながらも、心のどこかで惹かれているんじゃないか?」


(わずかに間を置き、低く囁く)


「そうでなければ、なぜ君はまだここにいる?」


主人公:

「惹かれている、か…それはお互い様じゃないか?」

「君は自身を探ったり興味本位で接触してきた人間を皆殺している。にも関わらず私は今ここにいる」


(彼は腕を組みながら、一歩も動かずスマイリング・マンを見据える)


「私に興味があるからこそ生かしているんじゃないのか…?」


倉庫の闇は深く、ひんやりとした静寂が漂う。二人の声だけが、鈍く響いていた。


スマイリング・マン:

「ほう……これは実に興味深い」


(微かに微笑み、ゆっくりと頷く)


「君は鋭いね。そして、正しい」


(少し間を置き、柔らかい声で続ける)


「確かに、私は興味のない者を長く相手にしない。彼らの人生は退屈で、予定調和で、何の変哲もないものだ」


主人公の言葉に反論するでもなく、むしろ楽しむように語る。マスクの下の表情は読めないが、彼の声音からは微かな愉悦が滲む。

 

「しかし、君は違う。君は私と同じように、思考の深淵を覗こうとする者だ」


(少しトーンを落として、穏やかに)


「だからこそ、私は君と話している。私は君を生かしているのではない。君が、ここにいることを選んだのさ」


その時何かが風に揺れ、微かに音を立てた。だが、二人は動かない。


「だが、もし私が本当に“君に興味を持っている”のなら、君はそれをどう思う?」


(短い沈黙)

 

「君は私を探り、私を分析し、私を否定しようとする」

「しかし、もし私がすでに君を知っているとしたら?」


仮面の奥から発せられる声が、まるで耳元で囁かれたかのような錯覚を生む。


「 いや、それどころか、君自身すら気づいていない“本当の君”を、私が知っているとしたら?」


(穏やかに、しかし核心を突くように)


「さて、君は今どう感じている?」


主人公:

「本当の君、か……」


(ふと視線を落とし、言葉を選ぶように小さく息を吐く)

 

「人は中々自身を客観的には見れないものだ。私も自分自身のことは大抵の人々よりも真摯に分析し知っているつもりだが……」


(倉庫の闇が静寂に満ちている。スマイリング・マンは動かない)


「当然他人から見ればそれは唯のナルシストな思い込みに見えるかもしれない……」


主人公はゆっくりと顔を上げ、スマイリング・マンを見据える。


「でも実際私はナルシストなんだ、ナルシストだからこそ君が私をどう分析しどんな人間だと考えているのか興味を持ってしまう」

「良ければ君の言う、本当の私と言うものを教えてくれないか?」


(微かに口元に笑みを浮かべる)


スマイリング・マン:

「フフ……実に見事だ」


(柔らかく微笑み、まるで親しみを持つような口調で続ける)


「君は、自分自身を理解しているつもりでいる。だが、面白いことに、人は誰しも、自分の“見たい自分”しか見ていないものだ」


(静かに歩を進める。マスクに覆われた顔が、ゆっくりと主人公の方へ向く)


「ナルシスト、ね。それは君自身がつけたレッテルだ」

「しかし、私から見れば、君は“自己を客観視しようと必死な者”にすぎない……」


主人公はわずかに眉を動かすが、すぐに冷静な表情を取り戻す。


「君は、自分がナルシストであることを認めている。でも、それは本当に正しいのかい? あるいは、“ナルシスト”であることで、自分の本当の姿から目を逸らしているのではないか?」


(ふと、ささやくように声を落とす)


倉庫の外で、風が吹く音がかすかに響く。何かが揺れ、擦れる音が静寂を切り裂いた。だが、スマイリング・マンの声はなおさら深く響く。

 

「君は人にどう見られるかを気にしている。そして、自分をどう定義するかにこだわっている。それは何故か? 」


(ゆっくりと微笑みながら)

 

「それは、君自身が“定義されること”に怯えているからだ」


(微笑を深め、わずかに首を傾げる)


「君は私に自分を分析させた。なぜだと思う?」

「それはね……君が“自分では気づけない自分”がいることを知っているからさ」


主人公は瞬き一つせず、ただ目を細める。

 

「そして、君はそれを知りたくないがゆえに、“ナルシスト”という仮面をかぶっている」


(小さく笑う)


「……なるほど、見事な視点だよ」


静寂が二人の間に流れる。


主人公は静かに息を吐き、スマイリング・マンの仮面を見つめた。あの奇怪な顔は、何も表情を持たない無機物のはずなのに、どこか楽しげに見えた。


主人公:

「ペルソナ……人は誰しも仮面を被っているものだ。」

 

彼は淡々とした口調で続ける。


「被りたくて被っているものもあれば、知らずに被っているものもある。だが……君の場合はどうだろう?」


(ゆっくりと視線をスマイリング・マンに向ける。マスクの奥の表情は読めない)


「私から言わせてもらえば、君も”スマイリング・マン”というカリスマ殺人鬼の仮面を被っているだけだと思うがね」


スマイリング・マンは数秒沈黙した。

そして、まるで可笑しそうに喉を鳴らす。


スマイリング・マン:

「……やはり君は面白いね」


(仮面越しの声は柔らかく、それでいてどこか愉悦を滲ませている)


「ペルソナ……か。確かに、人は誰しも仮面を被っている。それを自覚している者と、していない者がいるだけだ」


(軽く指を組み、まるで考えるように沈黙する)


「だが、君の推測には一つ欠けている要素がある」


彼はゆっくりと前のめりになり、仮面の奥から静かに囁く。


「もし私が”スマイリング・マン”という仮面を被っているのなら、その下にいる”本当の私”は何者なのか?」


(まるで試すような口調で、ゆっくりと問いかける)


「私を作り上げたのは誰だと思う?」

「世間か? それとも、私自身か?」


(彼は、わずかに首を傾げる。仮面の奥の視線が、主人公の内側を見透かすように感じられた)


「それとも――君のような者か?」


主人公は黙って彼を見つめた。

彼が何を言いたいのか、すぐに理解できた。


スマイリング・マンは、答えを求めているのではない。

試しているのだ――“自分という存在”を、主人公がどう定義するのかを。


そして、その瞬間、ふと彼が口を開く。


「面白いものだよ」


(ゆっくりと微笑むような気配がする)


「結局のところ、人は”自分が作り出したもの”に囚われる生き物だ……」


(穏やかな声で、しかし核心を突くように続ける)


「君は”私”を定義しようとしている。だが、その瞬間、君自身が”私の存在”に囚われてしまう」


(軽く肩をすくめ、まるで当然のことのように)


「そうは思わないか?」


(沈黙が流れる)


「君が私を”カリスマ殺人鬼の仮面を被った男”だと考えるのは自由だよ」


(彼はふっと肩をすくめる)


「でも――もし私が最初から仮面など被っていなかったとしたら?」


(仮面の奥で、彼は何を考えているのか)


「もし、これが――本当の私だとしたら?」


主人公は、ふっと息を飲む。

今の問いかけは、まるである種の”解答”のようでもあった。スマイリング・マンは、最初から”怪物”だったのか?

それとも、彼を怪物として作り上げたのは、世界の側だったのか?


その答えは、まだわからない――


しかし、彼が次に語る言葉が、その真実に近づくのかもしれない。


静かに、対話は続いていく。

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