第10話 国治編 / 碧緑の倭

人知れず山中さんちゅうで起こったその事件から3年


2人の男が戦場いくさばあとを歩いていた


1人は猟銃りょうじゅう背負せおったったマタギ風の男


もう1人は羽織はおりにはかま一本差いっぽんざししの


顔に清明桔梗せいめいききょうもん


描かれた雑面ざつめんつけた若者


(かなり大きな戦だったのか)


あたり一面 亡骸しがいが目に映らない場所はなかった。


亡骸はけものに食い荒らされそれていた。


この数の死肉しにく片付かたづけるのに

獣だけでは足りないほどだ 


肉は腐り甲冑かっちゅうから溶け流れ、


辺りには頭痛と吐き気を模様もよおす臭いが


立ち込めていた。



若者「賢牛様けんぎゅうさまの言う通り、


   ここには何かが居るようだ」


マタギ風の男は雑面ざつめんの若者を振り返り



「そうかぁ? 国治くにはる


 こんだけ死体があれば気持ちも悪いし


 居心地いごこちも良くないのは当たり前だ 


 俺はお前より長く賢牛様に支えてるが

 

 何を考えてるか全くわからん 


 皆は神様だというが


 俺は疑っている。


 神様なら何で何にもしないんだ


 何であんなにまわりくどい話し方なんだ?」



国治はマタギ風の男を見た


 雑面のせいで表情を読み取ることはできない


兵吉へいきち 賢牛様を疑ってもいい事はないよ

 

 それに悪口わるくちを言うのはひかえた方がいい 


 誰が聞いてるか分からない


 僕も賢牛様が何をしていて


 何をしていないか知らないが


 あんなヨボヨボの牛に何ができると言うのだい?」


兵吉は下を向き笑うと 嬉しそうに国治を見た。


兵吉「俺お前のそういう所 気に入ってるんだ」


戦跡いくさあとを見ている二人に老人が話しかけた。


「若いの 暗くなる前に帰った方がいいぞ


 この場所には鵺様ぬえさまが住み着いている


 鵺様は無暗むやみに人をおそったりはせんが、


 れいを守らぬ者には何をするか分からん」


兵吉は振り返り老人を見た。


兵吉「礼とは? 俺らは他所よせもんで 


   その礼が分からんのよ

   

   うっかり怒らせてしま うかもしれない」



老人「鵺様の姿を見ぬ事 鵺様の獲物えものれぬ事」



国治も振り返る



清明桔梗せいめいききょうの雑面を見た瞬間


老人は少し焦った様子で目を伏せた」



農夫「賢牛様の所の式様でしたか」



国治「ご老人 なんで鵺様の怒りを買うほうをご存知ぞんじで?」


   

農夫「いや、昔からみんな言っているさ」 



国治「私はぬえ信仰しんこうしている


   方を見るのははじめてです

   

   なんにせよ、鵺であれ鬼であれ


   魂の法をおかすものを


   裁かねばなりません」



老人は目を泳がせた


「それでは私は仕事がありますので」




3日前

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薄暗うすぐらい部屋の中


2人とも定位置ていいちについている



「最近、問題なく過ごしていたから、


 久しぶりの仕事はキツイ  


 軽めの仕事お願いしますよ」



兵吉は腕を頭の後ろに組み、だるそうに言った。


国治は姿勢正しせいただしく中央たゅうおうが挙げられた御簾みす左側ひだりがわに座っていた


御簾の奥には三つ目の牛のミイラが置いてある


国治とは違う色の雑面の青年が


青白い浮遊物ふゆうぶつの入った瓶を2人の間に置いた



置物と思えた牛はゆっくりと目を開き姿勢しせあえただす。


因縁物いんねんぶつようなこの牛こそ碧緑へきりょくやまとを治める三柱みはしらの一つ 賢牛けんぎゅうなのだ。


賢牛「これを見てどう思う?」


兵吉「色はくすんでおり死者ししゃのそれ

   大きさからして経験けいけんの少ない子供だな」


賢牛はやれやれといった風に首を横に振った



国治「表面がザラついている これは


   死んだ大人の魂の外層がいそういだものですか?」


賢牛は国治を見てうなずいた


国治「何のために?」


賢牛「それを2人に調べて欲しい 場所は 


   そんなに遠く無い戦跡」


賢牛は尾を一振りすると眠りについた


兵吉は大きなため息を付くと部屋をでていった



国治も片膝を付き立ち上がると


部屋を出ようとした時、背後から声をかけられた


賢牛「ついでに1人連れてきて欲しい者がいる」


振り向いて賢牛を見たが、さっき寝入った


姿のまま、動いた様子はない


賢牛はこうして直接話しかけてくる


国治(きっとあの牛の姿に何の意味もないのだろう)


国治はそんな事を思いながら旅支度たびしたくのため部屋に戻った

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覇情(はじょう) 夢楽亭 六瓜 @yumerakutei-rokka

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