生き霊使い
七倉イルカ
第1話 生き霊使い
「そこのお嬢さん」
週末の夜。同僚の美里のグチを聞きながら夕食を終え、駅に向かってアーケード商店街を歩いていると、しゃがれた声を掛けられた。
見ると、シャッターを下ろした店の前に老婆がいた。
テーブルに布を掛け、『占い』の文字の浮かぶ小さな行燈を置いている。
老いた占い師であった。
「髪の長いお嬢さん」
老婆の言葉は、私ではなく美里を呼んでいた。
「珍しいものが憑いてるね。
代金はいらないから、少し見せてくれないかい」
「美里、行こう」
私は美里をうながした。
こういう詐欺まがいの手口を聞いたことがあるのだ。
「代金は不要」と誘って占いをし、「事故に遭う、身内に不幸が起こる、金運が最悪」などとロクなことを言わない。不安になって「どうしたらいいですか?」と聞くと、「ここからは、有料になるよ」と返してくるのだ。
私たちが、若い女性の二人組だからカモに見えたのだろう。
「部屋の窓ガラスが割れたね」
老婆に背を向けて立ち去ろうとした私たちは、その言葉に思わず立ち止った。
「冷蔵庫の食材が腐ったね。
家の鍵を失くしたね。
指を火傷をしたね」
老婆の言葉に、私たちは振り返った。
さっきまで美里が話していたグチを言い当てられたのだ。
「恋愛関係のグチ」が続けば完璧だったけど、それは無かった。
「生き霊の仕業だよ」
「生き霊?」
美里が聞き返す。
「生きている人間の恨みや妬み、黒い部分が霊魂となって体から離れ、色々と悪さをしたりするのさ。お嬢さんに起こっている不運は、とり憑いている生き霊の悪さだよ」
老婆は目を細めた。
「今もお嬢さんの横に立っているよ。
癖のある髪の毛、ソバカス、丸いメガネをかけた女性だね」
「それって、経理の黒原さん?」
「うん。癖毛でソバカス、丸メガネだよね」
私の言葉に美里もうなずいた。
「でも、あたし、黒原さんに恨まれることなんて無いわ。
むしろ仲が良い方だけど」
「嫉妬だね」
老婆が言う。
「癖毛の女の子の好きな男が、お嬢さんのことを好きなんだよ。
お嬢さんに対する抑えきれない嫉妬がどろどろと溜まって溢れ、本人が意識しないまま、生き霊になっちまったんだろうね」
「営業の滝本くんのことじゃないの?」
「あたし、滝本くんと付き合ってないよ」
私の言葉に、美里が困った顔になる。
「滝本くんが、美里に片思いしている噂、聞いたこと無い?」
「やめてよ。あたし、滝本くんなんて全然タイプじゃないよ」
美里が顔をしかめる。
「お嬢さんの気持ちは関係ないんだよ。
その男が、お嬢さんに気があることが原因なんだからね」
「どうしたらいいんですか?」
美里が老婆を見た。
「どうしようもないさ。お嬢さんは巻き込まれただけだからね。
癖毛の子の嫉妬がひどくなり、今より酷いことが起こらないよう祈るしかないね」
そう言った後、老婆は続けた。
「癖毛の女の子が、その男と付き合うことになれば、生き霊も姿を消すだろうけどね」
私たちは老婆の前から離れた。
最初の言葉通り、代金を請求されることは無かった。
美里は怖いだろうな。
そう思って、横を歩く美里を見る。
なぜか美里は小さく微笑んでいた……。
三ヶ月後。
美里に彼氏が出来た。総務主任の遠藤さんである。
占い師の老婆に出会った日、生き霊騒動とは別に「恋愛関係のグチ」も聞いていた。
美里が好きな遠藤さんには、理沙という受付嬢の彼女がいる。
理沙さえいなければと言うグチである。
その理沙が本当にいなくなったのだ。
理沙がいなくなる前、こんな噂が女子社員の間で広がった。
『営業の滝本くんが本当に好きなのは、受付の理沙さん』
『しかも、理沙さんから気のある素振りを見せて、滝本くんをからかっている』
『滝本くんは、理沙さんに騙されている』
この噂が広がると、すぐに理沙の元気がなくなり、情緒不安定になると退職したのだ。退職した彼女が、地方の実家に帰ったと言う話が出るとその噂は収まった。
その後、フリーとなった遠藤主任に美里が言い寄り、彼女の座をゲットしたのである。
「美里。あんた、ひどいんじゃないの」
休憩室で一緒になった美里に対して、私は呆れ顔で言った。
「でたらめな噂を流して、黒原さんの生き霊を理沙さんに憑かせたんでしょ」
「だって、あたしも幸せになりたいし」
美里は笑って言う。
「けど、黒原さんにバレたら怖くない?
生き霊を出すような子だよ。呪われたらどうするの?」
「大丈夫。あのお婆さんが解決方法を教えてくれたじゃん」
「解決方法?」
「滝本くんとくっつけたら、収まるって。
だから黒原さんに、メイクの方法や服のコーデをしてあげて、応援してあげたのよ。
滝本くん、あっさりと落ちて、今じゃラブラブのカップルよ。
生き霊は消えちゃったよ」
「ちょっと美里。あんた、ひどいんじゃないの!」
今度は本気で怒った。
「それじゃ、もう生き霊が出ないってことでしょ。
私は山崎くんが好きで、山崎くんには彼女がいるって知ってたでしょ!
私だって、自分の好きな人が好きな人に消えて欲しいのに!」
生き霊使い 七倉イルカ @nuts05
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