クルトゥスと月桂樹の冠

林林<ばやしりん>

第1話

 クルトゥスは決意した。この国の最強の者になると、誰にも負けない男になると、そう胸に誓った。その誓いは誰よりも大きく、また、誰よりも尊い。

 王は老いた。その王はかつて邪悪の魔王を倒した勇者であり、世界最強の座へと君臨した王はこう言った。

「私はもう死ぬ。次の王の座はこの国で一番のつはものにする」

 そう言った。

 歓喜に咽ぶ者いれば、最強が暴君だとしたら、と不安に蝕まれる者もいた。

 ならば我がゆくと、武に余力がある少年らはゆうた。

「私がなろう、そして、必ずや月桂樹の冠を被ろう。」

 王は月桂樹の冠を背負っている。それは勇者の証、以前の王が魔王を倒した祝福に渡した冠。

 いつしかその冠が王の証となった。

 クルトゥスは辺境の村に住む少年だ。

 電報で、この世界の最強を王にすると伝わった。

 辺境へその事が届くのは四ヶ月もかかった。

「ああ、ただでさえ税で苦しい生活を送っているのに、王が変わったらどうなるのかしら。」

 クルトゥスの母が言った言葉。その言葉に、クルトゥスの心情は大きく動いた。

「もうご飯が食べられなくなっちゃうの?」 

 今年で十歳の妹だ。

 クルトゥスは妹が好きだ。愛している。

 クルトゥスにとって妹が苦しむことはクルトゥスが苦しむことと同じだ。

 決めた。私は絶対王になってみせる。王になって、必ず税を減らしてやるのだ。

「母上、妹よ、私は王になります。王になり、必ずや二人を笑顔にさせます。」

 クルトゥスには笑顔が絶えない、皆が幸せな未来が見えている。王になれクルトゥス、困難を乗り越えろ。

 クルトゥスは旅の準備をした。

 その準備とは、ただの準備ではない。彼は武人ほどの力はない。唯一使えるのは頭なのだ。そのためクルトゥスは三日三晩作戦を立てた。

準備から十日ほど経った。

 朝、山から朝日が漏れている。辺りが暗いせいかいつにも増して輝いている。眩しい。

 涼しげな空気がクルトゥスの顔を斬る。太陽はまだ、東の果て。王都の方向だ。

「行ってまいります。王になり、生きて帰ってまいります。」

「強く生きるのよ。」

「頑張ってきてください。」 

 善は急げ、そう言わんばかりの旅立ちに母と妹は驚いた。聞くと、まさか本当に行くとは、と冗談だと思われていた。

 だが、行くなら、とクルトゥスを激励した。

 二人からは涙が溢れている。

 二人はクルトゥスとの思い出を振り返った。その一つ一つがかけがえがなくて、大切で、そんな大事な存在が、今日旅去る。

 もしかしたら、今日が今生の別れになるかもしれない。

 そう思っただけで二人から涙が溢れるのだ。

「さようなら。」

 最後にそうひとつ呟いて、二人から背を向けクルトゥスは歩んだ。

 どんどんと母と妹から離れていく、その陰で実はクルトゥスが泣いているなんて二人に言えない。私が決めた事なのだ。涙を見せるわけには言わない。それが王になるってことだ。

 決死の決意で、彼は故郷から離れた。

 これからは長い道のりだ。きっと山あり谷ありだろう。それは決して比喩表現でなくて、もしかしたら、それよりも酷い旅になるだろう。そんな艱難辛苦にも絶え抜くのだ、クルトゥスよ、君の決意を忘れるな。その尊い思いを捨てるな。


 王都までの道のりは極めて長い。足のきく電報の者が四ヶ月もかかったのだ。クルトゥスは旅慣れてもいない。

 まずはここからか。王都までの道は酷、そこでクルトゥスはまず、王都までの道なりにある村を目標にした。

 現時点、村から離れて八十キロほど王都までは残り五百キロだ。そこで百キロ先のユピテスと言う街を目指すことにした。

 期間でいうと。五日ほどでだ。

 少し遅いだろうか。早く決めちゃいましたなんてことがないことを祈ろう。

 では向かおう。クルトゥスは己のテントをたたみ、背負子にしまった。

 一歩一歩力強く踏みしめる。

 あたりは草原だ。真っ平で地平線が続いている。各自に生命のざわめきを感じる。それは弱肉強食の世界の最弱者だ。

 蟻、兎、トンボがのどかに暮らしている。

 幸せそうだ。不意にこの雰囲気のまま暮らしていたいと思った。妹も母も喜ぶだろう。

 そんな風景に少し頬を緩ませながらクルトゥスは歩いた。

 すると、前方から馬の走る音が聞こえる。舗装されている土道はこの一本しかない。

すれ違うことは確定事項なのだ。

「どこへ向かうのですか、」

 数分もすると乗馬の民とすれ違った。クルトゥスは数日間、誰一人として話していない。私だって、少しは人肌恋しいさ。クルトゥスはそう思い、乗馬の民に話しかけた。

「西の果ての村まで向かおうと思っています。」 

 乗馬の民は、フードを被り、腰には短刀をぶら下げている。

「西の果ての村、それは私の故郷です。」

 私が住んでいる村、そこは西の果ての村と言う別名もある、それほど極東にある王都からは遠いのだ。

「そうでしたか。君はどこに向かうのですか。」

「私は王都へ、王になりにいくのです。」

 クルトゥスは胸を張って言った。その姿は勇猛果敢に戦う戦士だ。

「そうでしたか、何故王になりたいのですか。」

 乗馬の民はその言葉を聞いて少し動揺を示したが、何故王になるのかを質問した。すれ違った人がいきなり王になると言われた時の当然の判断だ。(普通そんなことないが。)

「私には大切な母と妹がおります、新たな王が暴君で、ただでさえ苦しい税をより多くされるのが怖く、ならば私が王にと思いました。」

 思えば、税は今までもきつかった。政治の政の時すら知らない奴が王になったとして、税収の標的にするのはどこか、答えは明白である。

「そういえば、なぜ西の果ての村へ参るのですか。」 

 西の果ての村には何もない、特出した工芸品も、鉱石が取れるわけでもない。唯一農業が盛んなだけだ。そして、果ての村は迫害を受ける対象である。普通は誰も行きたがらない。

「電報がありまして、王があと二ヶ月後には王を可決するらしいんですよ。」

「そうなんですか。」

 驚いた。私の想定ではあと一年はかかるだろうと考えていた。早く足を運ばせなければ向かう意味もない。

 王都まではあと三ヶ月はかかる想定をしていた。

 クルトゥスには時間がない。このままでは王になる術がない。

「その顔ですと、あなたは今野望を諦めそうですな。」

 クルトゥスの顔は酷かった。油汗を垂らして、絶望の表情をしていた。今にも死ぬと言わんばかりだ。

「そうです、このままでは王になるどころか、たどり着くことすら不可能です。どうすれば良いのだろうか。」

 私は言ってしまった。本当は、こんなことを言うつもりなどない。弱音は口にしてはいけないと思っていたからだ。

「そうですか、ならば、私のこの馬と短剣をもらっていってください。」

 乗馬の民はそう言って、馬を降り、短剣を鞘ごと取り出した。

「そんな、宜しいのですか?」

 クルトゥスにはわからなかった、なぜ乗馬の民が私に馬と短剣をくれるのか、疑問がクルトゥスの中を駆け巡った。

「いいですよ、私だって、世界最強を王にするとはあまり好まない。君は優しそうな青年だ。君が王になってくれれば、この世界をより良くしてくれるだろう。」

 乗馬の民は笑顔になった。私へ手綱を渡してきた。こんなに良くしてもらっていいのだろうか、私はきっと今、運命に好かれている。

「西の果ての村なら、歩いても間に合います。先を急いでください。」

「わかりました。」

 私は馬に乗った。乗馬は、昔からよくしている、得意だ。だが、数年前に全頭死んでしまった。数年ぶりの乗馬。体が揺れる、その揺れも懐かしく心地よい。

 短剣をベルトの横に刺す。

 本当に騎士のようで、勇者のようで、様になっているとクルトゥスは思った。

 馬を走らせる、ふいに振り向く、協力の民は、もう米粒のように小さくなっていた。

 そこからは早かった。

 草原が永遠のように続いた。

 だが、その永遠のように思えた草原もついには終了し、谷に突入した。

 谷は道が細い、馬を気を付けさせて歩ませる。

 断崖絶壁のその谷道は人一人通るのが限界だ。そこで馬とはおさらばする。申し訳ない。だが、それも自然の摂理と言おう。私は谷の途中で馬を解放した。

 何かに使えるかもしれない、と思い、サドルと手綱は背負子に入れておいた。

 谷を壁を伝って下る。思ったよりも、深くないのか、

 気づいた時には、もう谷の最深部へ到着していた。ここからは折り返し地点だ。

 また、細道の谷を登る。

 帰りの方が長いのだろうか。

 さっきほどの時間でも、三分の二ほどしか進んでいない。

 そうやって足を進めている最中。

 クルトゥスの足場が崩れた。

 な、何、落ちる。ここで終わるのか。母と妹の笑顔はもう見れないのか。否、必ず見てやる。

 その時、クルトゥスは手を岩に掴ませた。それは死ぬと言う恐怖との対峙の末、それは、大切な存在への想いの具現化。

 体が、一つの手によって支えられている。今にも落ちそうな危機だ。もう片方の腕を掴ませようとするが、肝心なる掴める岩そのものがないのだ。どうしよう、このままだとただの時間稼ぎにしかならない。そうだ。

 ふと、クルトゥスは、腰に短剣があるのが見えた。

 それは強力の民から貰い受けたものだ。

 これだ、と思ったらクルトゥスはその短剣を直ちに鞘から抜いて、谷の石へと刺した。これなら、体重を支えられる。生きられる。

 クルトゥスは短剣を抜いてはさして、掴める岩に掴んだ。

 奮闘の末、クルトゥスは危機を乗り越えたのだ。

 谷の細道に立ち、短剣を見た。

 ボロボロだ。斬ることは難しいだろう。多分、野菜が切ると言うよりも潰れてしまうだろう。

 だが、投げたり、刺したり、することには使えるだろう。だが、それだけだ。そうクルトゥスは思い、谷底へ短剣を捨てようとしたが、協力の民の残してくれた、信用の証を全て捨てるのは冒涜だ。そこで、また鞘に短剣を納め、谷を歩んだ。

 そこからは足が早く進んだ。

 あたりを気をつけながら、それでも早く足を進ませた。

 そう進んだら、谷のてっぺんまでついていたのだ。ようやく上り詰められた。それは山の頂上でもあった。下を展望できる。

 そこにはユピテスがみえた。

 西の果ての村とは比べ物にならない、何十倍も大きな街だ。

 そして、その先には海が見えた。ユピテスは港の街としても有名だ。それは王都との貿易港にもなっている。何ともユピテスから出た王都の大陸のユピテス第二都市は王都から近い、距離にして三十キロほどだ。

 さて、ではユピテスに向かおう。クルトゥスはまた、この過酷な谷を下るのだ。簡単な道だ。

 谷と言ったが、こちらから見れば山か。

 クルトゥスは谷を下り登った。そんな彼にとって、山は谷よりも簡単だ。進みやすいのだ。

 ぐんぐん進んだ。気がついたら、私は山の下までついていたのだ。のどかな雰囲気だ。一本の土道が、また続いている。先ほどまでは、草原で地平線が続いていたが。今回は違う。周りに木が生い茂っていて、土道の先にはユピテスの街が見えた。

 小鳥の囀りが聞こえる。それはここまできたクルトゥスを称えるようにも聞こえた。クルトゥスよ、第一目標はあと目と鼻の先だ。目指すのだ。決意を忘れるな。

 クルトゥスは歩いた。その姿は勇ましく、勇者を体現していた。数分歩くと、目の前に大きな壁があった。ユピテスだ。ユピテスはこの国最大の貿易港の町として名を馳せているが、要塞都市としても有名だ。だが、要塞都市ということだけあり、入るのも困難だ。だが、クルトゥスにはれっきとした理由がある王になることだ。

 そこで大きな壁のうちに見える門。その門の前に来た。ひび一つ入っていない壁に、王国らしさを象徴する月桂樹の冠のマークが入った門。その門の両隣には門番がいる。

 よし、ここからが本番だ。必ずや、王になって見せるのだ。

「君、何故ユピテスに来たのかね。」

 門番の右側。大きな髭を蓄えた、ドワーフの番人は私に向かって聞いてきた。

「私は王になるために来ました。西の果ての村から。」

「うむ、ここを王都への港に使うということで良いかね。」

 ドワーフの番人は目を光らせた。

「はい、この街を経由すれば王都が最短の距離だと考えました。」

 作戦の一つだ。様々な経路と距離を考えた結果、この町に行くのが最適だと思ったのだ。

「わかった、君、足を急ぐのだろう。ならば今日一番の船に駆け込むが良い。」

「はい、わかりました。」

「ではとおるが良い。」

 そう言って門番二人はクルトゥスに町を紹介するように道を開けてくれた。

 美しい町だ。王都と言われれば信じてしまうだろう。白こそないが、白を基調とした町で、あたりには月桂樹の冠のマークの看板や噴水などが広がっている。王国の具現化だ。貿易港であるからだろう。この国の顔にもなる町なのだ。だからこんなに煌びやかなのだ。

 あちこちをみながらクルトゥスは港へ向かう。その道中も美しい。町の民一人ひとりが笑顔に満ち溢れている。西の果ての村とは大違いだ。

 きっとクルトゥスやその家族、村の民から集めた税はこの町に使われるのだ。

 そう思うと、このユピテスの町の煌びやかさも見せかけのもの、裏には陰が潜んでいるというその町に好感を覚えられなくなった。

 そうこうしていると港へと近づいてきた。港には様々な人がいる。年若い青年。白い髭を蓄えた老人。ガタイの良い男など多種多様な民族がそこで移動を求めた。クルトゥスは今日乗る船はどれかと探す。すると、とある船を見つけた。王都行きの船だ。その船に乗り、受け付けへと走る。目の前には受け付け人がいる。またもやガタイの良い男だ。人族だろうか。

「どこからきたのだ。」

 考えていると、受け付け人は問いかけてきた。

「西の果ての村です。」

「ほう、そんなチンケな町から何をしにここに。」

 その言葉にクルトゥスは腹が立った。故郷をあしらわれた気分になったからだ。

「お、王になるために参りました。」

 少し怖かった。きっと今のクルトゥスではこの男に勝てない。王になるのは夢のまた夢なのだ。

「あはは、貴様が王か、我らを従えるのか。ああ面白い。」

 そう言った受け付け人はクルトゥスのことを嘲笑した。ふざけるな、何もわかっていない野郎が何をいうのか。それはクルトゥスの限界だった。

 ただでさえ、故郷を馬鹿にされているのに、志をも馬鹿にされるのだ。今、様々な果ての村が新たなる王への恐怖に怯えているのに。

「ふざけるな。何もわかっていないお前に何がわかるのだ。ユピテス暮らしの貴族が抜かしたことをほざくな。」

 それはクルトゥスの、いや、今ある果ての村全ての答えだ。それを代表してクルトゥスは言ったのだ。ポツリと、その言葉のみを残して、ユピテスは背を向けて走った。受け付け人の顔も言いすぎたか、と少し真顔になる。だが、その顔もクルトゥスには見えていない。怒りや悲しみ、故郷への寂しさを胸に、クルトゥスは船を降りた。

「どうすれば良いのやら。」

 数分経った末、クルトゥスは冷静さを取り戻した。クルトゥスには移動手段がない。これがなくなれば、もう王になる術はないのだ。

「そこの君よ。」

 考えていると、先ほどにもいた白髭を蓄えた老人がいた。

「私ですか。」

 何故話しかけられるのかが疑問だった。話したこともなければ目を合わせたこともないからだ。

「そうだ。君よ、今王都へ向かいたいのだな。」

「はい。」

 私は王都に向かいたい。理由はなど言わなくてもわかるだろう。

「ならば——よろしい、この船を使いなさい。」

 そういうと、白髭の老人は小さな船を指差した。

 その船は小さかった、船というよりボートだ手で漕ぐタイプだ。

「これを、私に?。」

 クルトゥスは戸惑いを隠しきれなかった。初対面の人がいきなりボートを上げるなど言われたら当然だろう。

「ああそうだ。君、西の果ての村の民だよな。」

 白髭の老人はあたかも当然のように言った。何故知っているのか。

「はい、そうですけど。」

「さっき小耳に挟んでな。実はな私も西の果ての村の出なのだよ。」

 この一言でクルトゥスは少し納得が言った。私に優しくしてくれるのはこと方が同郷だからか。

「そうでしたか。」

「ああ、君がここにいることにも色々察しはつく。私だって同郷の民が傷つくことは嫌だ。私も行くことはできるが、年老いてもうまともに動けない。乗るが良い。」

 白髭の民は私にオールを渡した。そのオールはかつて使われたであろう跡があり、使用感があった。きっと、白髭のたみが使っていたのだ。

「ありがとうございます。」

 クルトゥスは感謝して、船に急ぎ乗った。漕ぐ距離はそこまでない。 歩いていけばあと三百キロほどだが、この船を使えば五十キロにも減る。

 あと目と鼻の先には王都があるのだ。クルトゥスはオールで漕いだ。四六時中。眠らないように、睡魔との葛藤もしながら。手に豆ができても漕いだ。オールが血だらけになっても漕いだ。なんとしてでも漕いだ。すると岸が見えてきた。岩場に船が何隻も滞船している。私はその隙間に入って船を止めた。海を越えたのだ。クルトゥスは疲弊していた。いつもならぐったりと寝ているだろう。だが、あと数日後には王が決まる。私はあと数日後までには王都に行かねばならない。クルトゥスは足を急がせた。まずはこのユピテスの街から出た。あたりは草原だ。だが、西の大陸とは違く、ここには弱肉強食のつわものが揃っている。馬やカマキリ。明らかに強者だ。まてよ。クルトゥスは、背負子の中を確認した。これならいける。クルトゥスの背負子の中には、サドルと手綱があった。あとは、馬を狙うだけである。クルトゥスはしゃがんだ。抜き足差し足。足音を立てないよう、細心の注意を払いながら。クルトゥスは馬の尾まで来た。サドルと手綱を握っている。クルトゥスは今だと思い、馬の上にサドルを乗っけて、手綱を結ばせた。かなり高度な技術を要するが。馬を死ぬ気で宥めて、安定させた。馬が飛び跳ねる。蹴ろうとしてくる。蹴り上げる。やっとの思いでかわしたクルトゥスは、そのまま馬に駆け上る。

 馬が静まった。最初は気性が荒いかと思ったが、それほどまで荒くはなかった。よし、あとは馬を走らせるだけだ。

 そう言い、舗装された石道を馬でかける。疾風の如く、姿は命を急ぐ兵士のようだ。

 日は照っている。快晴だ。まだ正午を回っていない。まだ間に合う。なんだかんだ寝てしまった私は今日実は王座が変わるのだ。急がねば、そうしなければ母と妹がもっと苦しむ。それはクルトゥスの死とも同然。駆けろ、駆けろ、かけろ。クルトゥスは祈りながらかけた。

 すると王都が見えてきた。

 非常に大きな白だ。白い装飾の施された城壁に、黄金が施された紋章や鳥などがいる。誰がみても素晴らしい王都だと、圧感をする。そんな王都だ。あとは町の中心で行われるだろう王座変換の式の前に、世界最強の勇者を倒せば良いのだ。

 急げ、急げ。

 そう言い、門番の前に立った。

 ユピテスの町とは比べ物にならない防具だ。高級さが身に染みてわかる。

「なんのようだ。」

「王になるために参った。通せ。」

 私は態度を大きくした、いつしか故郷が田舎というだけで迫害を受けると聞いた。そのため舐められないよう私は言った。

「今日王座変換の式だ。それまでに間に合わせられるのか。」

 門番は大きな槍を向けて言った。

「そうだとも。私は王になるのだ。」

 もちろんと言わんばかりの言い様だ。クルトゥスはそれほどまでの自信と大切なものを守りたいという気持ちがあるのだ。

「————よろしい。ここを通れ。」

 そういうと、門番は槍を離して、道を広げた。

 王都が見える。いつもなら綺麗だな、と圧倒されるだろうが、今は王になることが優先だ。クルトゥスはそう言い聞かせ、王都の中心部へと向かった。

 足が痛い。眩暈がする。それは長旅の疲弊だろう。死ぬ思いを何度もして、何度も助けられてやっと辿り着けたのだ。この機会は無駄にできない。

 クルトゥスは足が痛いのもいくら気持ち悪くても我慢して走った。王になるために。愛する家族を新たなる王から守るために。

「この度は————」

 声が聞こえる。きっと王の声だ。人もここら辺から増え始めた。クルトゥスは中心部へと近づいたのだ。あと少しだ。気を抜くな走れ、走れ。

「王をかのものに託そうと思う。」

 やっとの思いで走ったクルトゥスは中心部へと着いた。目の前の段の上には王がいる。その隣には、目つきの悪い男がいる。王が彼に向かって王を託すと言った。私は怖い。彼が王になり、私たちの故郷を粉々にされるのが。だが、現状私には彼を倒す術はない。段があるせいで距離がとてもある。もちろん高低差もだ。何かないか、どうすればかれを殺せるか。考えた末。私は一つの結論を見出した。

 それは、かの強力の民からいただいた短剣だ。谷に刺し、命に変わってもらったその短剣はボロボロだったが、投げるくらいのことはできる。一応刃物であるから。思い至っての行動は早かった。集まる人を押しのけて投げれる距離まで近づいた。そこで短剣を抜いた。近くの人は驚いた顔をして去っている。そんなの関係ない、私が王にならなければ幸せは手に入らないのだ。クルトゥスは短剣で狙いを定めた。完全に不意をつくのだ。

「————そんな貴様には我が勇者の証にして、王の証である月桂樹の冠をやろう。受け取るが良い。」

 王が言って。己の頭から月桂樹の冠をとった。

 クルトゥスはその瞬間短剣を投げた。

「まったぁぁぁ。」

 クルトゥスは必死に叫んだ。私が王になるのだ。私がならなければ、いけないのだ。

 その決意は一家を背負う男の叫び。迫害される様々の果ての村の代表の叫び。その叫びは天地をも響かせた。

 気がついた時には王の隣の目つきが悪い男の背中に刃がささっていた。

 ちょうど中心部だ。私の思いは届いた。母、妹よ、私はやったぞ。王になるぞ。

「君が彼を殺したのかね。」

 王は冠を頭に戻し、私に向かって言った、

「はい、私がやりました。」

「うむ、ならば其方が王となれ。」

 王は頷いた。

「初めからそのつもりです。」

 そう言い、私はゆっくりと段を登った。その一歩一歩は力強く、誰にも負けない強者の歩みだ。その姿は凛々しさが溢れる、大切なものを守ろうとした勇者の歩みだ。

「私が勇者だ。」

 そう勇者はポツリと言った。段を登り切った末、私は現王に跪いた。

「其方、なはなんとゆうのかね。」 

 王は勇者に名を尋ねた。王は胸を張っていて、独自の存在感があった。

「クルトゥスと言います。西の果ての村からはるばる参りました。」 

「うむ、よき名だ。」

 王はそういうとマントを払って、集う国民に向かって言った。

「今日より、このクルトゥスという名の男が王になる。我はクルトゥスを認めた。我はクルトゥスを勇者として王とする。国民よ、我の最後の願いだ。どうか彼に従え。」

 王は力強い声で言った。その声はきっと西の果ての村までも響き届くだろう。勇者の勇姿は世界に響くだろう。

「では、クルトゥスに国を託そう。勇者の証であり、王の証であるこの月桂樹の冠をもらうが良い。」

 そういうと、王は月桂樹の冠を頭から外した。

 王は王ではなくなった。

 その証が、ゆっくりと、勇者の頭へと乗せられていく。その姿は何よりも凛々しくて何よりも美しい、こんな光景を目にできるのはこの世でここだけだ、と誰もが思うように勇者へ月桂樹の冠が乗せられた。

 王は言った。

「これからは私が王となり、この国の全ての国民が幸せになれるような国を築く。安心していろ。私は暴君ではない。私は家族を愛する者だ。この世界に協力の念と愛情を知れ渡すのだ。」

 その姿は、決意の象徴だ。母と妹の笑顔がやっと見えるのだ。今すぐにでもみたい。王はそう思った。

「うむ、其方に王を任せて正解であったな。」

 旧王は王に向かって言った。その肉声はこの国の全てを炊くせると安心した声だった。その肉声は、誰よりも力強く、芯の通った声だった。旧王の声に王は少し大丈夫かと思うも胸を張った。

「任せてください。必ずやこの王国を発展させ、幸せにさせます。」

 王は誇った。王になることを。王になったことを。この国を背負うということの重大さを。協力してくれたみんなのおかげで、クルトゥスは王になれたのだと。愛する家族への愛がここまでクルトゥスを強くさせたのだと。ここにいる今の王は全ての奇跡から成り立っている。クルトゥスもとい王には、政治が少しできないかも知れない。だが、そんな時にもこのような仲間がいれば少しは頑張れる。そうだ、いけるのだ。国を任されたのは他でもない私だ。だが、私は一人では無力だ。それゆえに力を借りるのだ。そうすればより良い社会になるのだ。

 旧王は王にマントを被せた。

 そのマントはずっと昔から受け継がれる王の証、初代王から受け継がれる王の証だ。

 思いは短期的な者ではない、長く受け継いでの想いなのだ。今王は以前の王の意を背負っている。誰がみても王と認めれる方になっている。

 月桂樹の冠が太陽に照らされ輝いている。マントが風にたなびかれて揺れている。

 そんな王をみて、国民一人一人が、安心の念を示した。

 協力と、決意と、愛があればできないことはないのだ。

 王は静かにそう心に秘めた。

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クルトゥスと月桂樹の冠 林林<ばやしりん> @hayashi_rin

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