第3話 唐突な就任


「ちょっと、言ってる意味が分からないんだけど……」


 僕は居間にあるテーブルを挟んでリアと対峙していた。

 ここは、じいちゃんと二人で住んでいる僕の家。

 突如、リアがおかしな事を言い出したので、とりあえず落ち着いて話を聞こうということで、この場所に戻ってきたのだ。


「ですから、レクスが焔狐フレイムフォックス隊の隊長に任命されたのです」

「いやだから、それの意味が分からないんだけど。僕自身、騎士団に入りたいなんて言った覚えもないし、そんなこと考えたことすらないんだけど」

「それは私がレクスのことを上に推薦したからです」

「何してくれてんのっ!?」


 リアが穏やかな笑顔で言うものだから、思わず聞き逃しそうになったじゃないか。


「この村も良い所ですが、レクスにはもっと広い世界が似合ってると思うのです」

「いやいや、似合ってないから。ここでいいから。ていうか、いくらリアが推薦したところで僕なんかが騎士団に採用されるとは到底思えないんだけど……どういうこと??」

「『レクスは私を軽く超える才能の持ち主です』と伝えたら、あっさり通りました」

「うおいぃっ! 嘘言ったら駄目だろ……」

「嘘じゃないですよ。レクスは自分の才能に気づいてないだけです」

「……」


 リアはそう言うが、そんなわけない。

 僕は五人の幼馴染みの中でも一番出来が悪かったんだ。

 フォルカー先生の下で剣術を嗜んでいたから、それなりに剣は扱えるけど、それでも普通の人よりはちょっと使える程度だ。

 そんな僕が騎士団――しかも隊長だなんて冗談としか思えない。


「リアには申し訳ないけど、僕には荷が重すぎるよ。悪いけど断っておいてくれるかな?」

「それはちょっと無理かもしれないです」

「え?」


 リアは一枚の書簡を僕に見せてくる。

 そこには〝レクス・ハイドフェルトをベルグラント王国騎士団、焔狐フレイムフォックス隊、隊長に任命す〟との文言と一緒に国王の玉璽が押印されていた。


「っぇ!?」


 思わず変な声が出た。

 これ絶対断れないやつじゃん!

 全身から血の気が引いていくのが自分でも分かる。


「レクス、いい加減腹を括れ」


 僕が愕然としていると、窓際の方からそんな声が上がった。

 やや白髪交じりで無精髭を蓄えた初老の男。

 僕の剣術の師であるフォルカー先生だ。

 彼はじっちゃんと窓辺で盤を囲み、チェスゲームに興じている最中だった。


「そんなこと言っても……無理がありすぎでしょ」

「いいぞー騎士様は。王国騎士ってだけで女が寄ってくる。そりゃあもう選り取り見取りだぞ」

「なっ……」


 それに逸早く反応したのは僕じゃなくて、何故かリアだった。

 なんかソワソワしているようにも見えるけど、どうした??


「俺がもうちょっと若かったら変わってやりたいくらいだ」


 フォルカー先生は、そんなことを言いながらニタニタした笑みを浮かべる。

 彼は女絡みとなると急に水を得た魚のようになるのが悪い所だ。

 これでも剣の腕前は一級品なのだから、黙っていれば格好いいのに。


「じゃあ、変わって下さいよ」

「若かったらって言ったろ。ブツブツ文句言ってないで行ってこい。お前にとっても広い世界を知るいい機会だ」


 突き放された。

 こうなると、身内に頼るしか無い。


「ねえ……じっちゃんからも何か言ってやってよ」

「言うって何をじゃ? リアに訴えたところで王の玉璽がある以上、何かが変わることはあるまい?」

「じゃあ王様に」

「バカ言え、ワシが王様の所に行って、『孫はまだ、おしめが取れてないんで無理です』とでも言えというのか?」

「……」


 彼はつまらないことだとばかりに吐き捨てた。

 確かにじっちゃんの言う通り、無理な気しかしてこない。

 もう、やるしかないのか……。


「でもさ、僕がいない間、木こりの仕事はどうするのさ。じっちゃんは腰も悪くしてるし、もうそんなに動けないだろ?」

「そんなもの、いらん心配じゃ」

「ん?」

「裏庭を見てみい! お前がバカスカと木を切りすぎるせいで、丸太が山のようにあり余ってるんじゃ。先祖から受け継いだ土地をハゲ山にする気か!?」

「え……」


 そんなに切ったっけ?

 言われてみれば結構、調子良くスパスパと切ってしまっていたような……。


「これ以上、切り出したら売値も下がるし、ろくな事にならん。木材加工ならワシ一人でもなんとかなる。お前はとっとと王都に行ってこい。あ……そうじゃ、ある程度、身を立てるまで帰ってこなくていいぞ」

「は、はあ……」


 そう言われてしまうと、もう覚悟を決めるしかなかった。



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