カレくらべ
まさつき
比べちゃってごめんね
あっさりとフラれた。
付き合い始めて4年が過ぎた次の日に。
5年目に入る最初の日に、フラれたんだ。
大学出て就職して社会人になって、1年目から付き合い始めた同期の彼氏に。
定番の言葉を、突きつけられた。
「
それだけ言って、あいつは行っちゃった。
ついでに転職までしちゃってさ。
そろそろ結婚の話が出るのかなあ……て思ってた矢先に、あいつは私の前からいなくなった。
部屋の荷物が半分になって、身体の中身を半分勝手に捨てられたみたいになって、毎日右足だけで歩いてる気分になって――そんな、ある日。
「好きです」――て、言われた。
総務の
それが今付き合ってる、私の彼氏。
ぽっかり空いた身体の空洞なんて、簡単に埋まるもんじゃない。
都合よく埋め立ててくれる男なんて、現れないって思ってた。
埋めてほしいのは生身じゃない、心のほうだったから。
そしたら、来たんだ。
都合の良い男が。
それなりに顔もよかったし、元カレほどじゃないけれど、まあ――いいかなって。
私は経理だから、総務の加藤君と部署は隣だったけど、特に意識したことはなかった。そりゃま、営業のエースがずっと彼氏だったんだし、眼には入らない。
加藤君は私のこと「ずっと気になってたんです」なんて言いだして。2年後輩の今カレは、まるで高校生の男の子がやるみたいにかしこまっちゃって。
「真奈美さん、今フリーなんですよね。俺と付き合ってくださいっ」
入社したときから憧れてました――なあんて、総務との合同会議の後片付けを二人でしてたときに、大きな体で頭下げられちゃってさ。
なんだか少しかわいくって、つい「いいよ」ってOK、しちゃったんだ。
――酷いことしてるって、分かってる。
バックオフィス務めの身だもん、営業の元カレみたいに稼げるわけじゃない。
デートで行ける場所も、どうしたって安上がりになる。
どうしたって、比べちゃう。
ホテルのラウンジやレストランが、良くてせいぜい個室の居酒屋になるのだって仕方がない。真っ赤なクーペでの移動が、私鉄になるのも仕方がない。
懐具合だけじゃなかった。
元カレは二人で歩くとき、必ず車道側を歩いていたけど、加藤君は違う。
好きだって言ったくせにそんな気遣いも無いんだって、最初は思ってた。
でも――。
隣りで一緒に歩くとき、必ず私の速度に合わせてくれてるって気がついた。
私より頭ふたつ背が高くて、歩幅だって広いのに。
元カレに私は小走りにして追いついて、息を切らすのをごまかしていたけれど。
加藤君は、私の呼吸に合わせてくれてる。
話をするときだって、そうだ。
私が観たい映画の話をしていると、元カレはいつの間にか自分の観たい作品の話をし始めて、結局その映画を観に行ってた。面白く観れたけどね。
加藤君は違う。私の見たい映画を一緒に見て、泣いて、笑って――。
だからいつだって、心地いい。気持ちが軽いんだ。
――で、とうとうこの日が、来ちゃった。
二人の行きつけになってた居酒屋の帰り道。
酔った勢いも、あったと思う。
でも勢いだけじゃない。空っぽだった身体の半分が、いつの間にか加藤君で埋められてたって、感じていたから。
ベッドの中でも、加藤君はとても……やさしかった。
耳を撫でるささやき声、首筋を這う甘い吐息。
肌に触れる羽毛みたいな指先、大事なところに落ちる唇のぬくもり。
なにからなにまで、全部やさしい。
元カレなんかと比べ物にならないくらいに、やわらかく、あったかい。
慈しむって言葉が、ぴったりで。
だから――私、泣いてた。
何の前置きもなく、ふいに、口にしていた。
「ごめんね、ずっと――」……比べちゃって。
加藤君の大きな手がそっと頬にふれて、すっと涙をぬぐってくれる。
「いいんですよ、真奈美さん」
全部……全部、気づいてたんだ。なんて広い、
顔が熱くなってた。
きっと私、真っ赤だ。
恥ずかしくて隠したくて、厚い胸に顔をうずめた。
胸と顔の隙間から、小さなお願いをひとつ、ねだってた。
「もう……彼氏なんだから、〝まなみ〟って呼び捨てにして」
「ヤです」
「えっ……なんで?」
「ずっと、大事にしたいから……大切に、呼びたいから」
トゥンクッ……て、なんかヘンな音が胸の奥で鳴った気がした。
「ならせめて、タメ語にしよ?」
「えっと、それぐらいなら……いい、かな」
かっ、かわいいっ! 愛おしすぎて、ぎゅっと広い体に抱きついてしまう。
彼の腕が、やさしく身体を包みこむ。
穏やかな声に、私の髪が撫でられた。心地の良い、安心感――。
「真奈美さん。俺もお願い、あるんだ」
「なあに?」
「名前呼びしてほしくて。加藤君、じゃなくて」
「うん……
彼の腕が、ギュッてなった。
体も心も、距離がずっと近くなる。
ばいばい、元カレさん。
私いま、すぅっっっごく――幸せです。
カレくらべ まさつき @masatsuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます