第44話 今カノの罠

「くす、時間も惜しいし、そろそろやろっか♪」


「え、えっと……何をですか?」


「セックス」


「…………」


 どうしようか考えている最中に、由乃さんが俺の頭を優しく撫でながら、きっぱりとそう言い切り、頭が真っ白になる。


 まいったな……言い逃れの余地も許さないとばかりに、ハッキリと言っちゃったよ。



「は、ははは……その〜、本気ですか?」


「あら、陸翔君。最近、会うたびに私にやらせてって、迫っていたじゃない。良いわよ、そんなにしたいなら、させてあげるよ」


 は、はい。確かに言ってましたね……この前、俺の家に由乃さんを招いた時は本気でやろうとしてたし。


 しかしだ……今の由乃さんはちょっとだけ、いつもと様子がおかしいというか。


「でも、由乃さんは嫌って言ってましたよね? だったら、無理しなくても良いですよ」


「くす、あらあら。陸翔君も減らず口を言う様になったわね。確かに言っていたけど、可愛い彼氏がそこまで言うなら、私もそろそろ良いかなって思って。だから、ね? 早くしよ?」


 うわあああ……これ、もう完全に逃げ場を塞がれちゃってるじゃん!



(どうする? 覚悟を決めるか?)


 元々、俺の方から言ってきたんだから、今更嫌だって言いにくいし、そんな事をしたら、由乃さんとの関係も終わりかねない。


 それは嫌だけど、だからといって、ここで流されるのは危ないと俺の本能が訴えかけていた。


「あー、その……シャワー、浴びてきますね」


「そう。じゃあ、一緒に浴びようか」


「ふえ? あ、いや……恥ずかしいですし」


「んもう、陸翔君、ウブなんだね。散々、私のおっぱい見せてってせがんでいたよね? だったら、遠慮しないで良いんだよ」


「あはは……いやー、由乃さん、おっぱい見せてくれるんですか。嬉しいなー」


 それは是非とも見たいんだけど、とにかく今はここから脱出したい。



 ここから逃げ出す言い訳を、何とか考えないと……どうにか、考えるんだ。


 何か思いつかないか……?


「あ、そうだ。俺、ちょっと喉が渇いちゃったなー。水飲んできますね」


「ふふ、そう言うと思って、麦茶買っておいたよ。はい」


「あ……そうだったんですか」


 咄嗟にそう発言し、ベッドから起き上がって、部屋から出ようとすると、由乃さんが俺の手を掴んで、そう言って制止する。


 よ、用意が良いなあ……流石は由乃さんだ。



「いただきます」


「うん。ふふ、私も飲むから、一口、ちょうだい」


「は、はい」


 ペットボトルの麦茶を何口か飲んだ後、由乃さんに残りの麦茶を手渡すと、由乃さんもグッと飲む。


 間接キスになってしまったが、そんな事は今はどうでも良い。


「じゃあ、シャワー浴びようか」


「あー、その……」


「駄目よ。陸翔君、彼女の方から誘ってきているんだから、断ったら、失礼じゃない? 大丈夫よ、私も初めてだから、わからないことだらけだし。ねー、行こう」



 ヒイイイっ!


 由乃さんに手を引かれて、シャワー室へと強引に引っ張られていく。


 いつもはお淑やかな彼女の豹変ぶりに混乱して、もはや、断る理由も思いつかなくなってしまい、そのまま流されるがままに、シャワー室に連れ込まれそうになったが、


「し、仕方ない……由乃さん」


「なに? んっ!」


 彼女を抱き寄せて、強引にキスをする。


 向こうから誘ってきたんだから、このくらいは許されるはずだ。



「んっ、んん……ん、もう……」


「えへへ、シャワー何かいいですから、早速やりましょうよ」


「え? でも、汗を掻いちゃってるし……」


「ほら、ベッド行きましょう」


 シャワーなんかいいから、とにかくやらせろと言うと、由乃さんも恥ずかしそうな顔をしながらも、了承して、ベッドへと連れて行く。




「もう、やっとその気になったのね」


「へへ……じゃあ、早速、おっぱいを……」


「あ、もう♪」


 ベッドにまた座らせて、後ろから胸を揉む。


 よし、背後を何とか取れた。


 これなら、いつでも……逃げれるぞ。



「へへ、それじゃ、これで……」


「あ、うん……」


 由乃さんをゆっくりとベッドに押し倒し、馬乗りになる。


 おお、こうしてみると、やっぱりスタイル良いなあ。


 下着姿の彼女を見て、やっぱり、このままやっちゃおうかなー……何て、誘惑にかられそうになったが、


「あー、す、すみません。ちょっと、お腹が急に~~」


「え? だ、大丈夫?」


 何て言いながら、蹲り、そのままベッドからずり落ちる。


 当然の事ながら、仮病だが、今の内に財布とスマホを確保して……。



「ああ、あまりに痛くて、辛いなあ……ちょっと、トイレに行ってきますね」


「ふふ、そう。でも、そんな事で逃げられると思う?」


「は?」


 ベッドの上から、由乃さんがニコニコ顔で俺を見下ろしながら、そう言う。


「陸翔くんって、本当に可愛いわねえ。子供っぽいところも、奈々子そっくりよ。やっぱり、あなたとの子供なら、奈々子そっくりになりそうね」


「え、えっと……あ、あれ……」


 由乃さんは何を言っているのかと、首を傾げていたが、急に眠気が襲ってくる。


 な、何だ……いきなり、眠くなってきたんだけど……昨日、寝不足だったかな……?



 バタンっ!


「くすくす、やっと効いたみたいね」


 意識を失う瞬間、由乃さんのそんな言葉が耳に入る。



「…………はっ! え、ここは?」


 急にハッと目が覚め起き上がると、そこは見知らぬピンク色に輝く部屋だった。


 ああ、由乃さんと一緒に入ったラブホの室内か……はいっ!?


「ゆ、由乃さんは……っ?」


「う……ふふ、陸翔君、起きたんだ……」


「は……はい? いいっ!」


 ベッドのすぐわきを見ると、由乃さんが俺の隣で寝ており、起き上がると、一糸まとわぬ姿で現れた。


 こ、これって……え?




「あ、あの~~……」


「どうしたの? 陸翔君、そんなに顔を真っ赤にしてえ……」


「こ、これはどういう事でしょう……?」


 一瞬、由乃さんの裸体に魅入りそうになったが、直視できなかったので、思わず視線を逸らしながら訊くと、


「どういう事? 見ての通りじゃない? やーん、遂に陸翔君としちゃったなー」


「へ……へ?」


 な、何をしたって? いや、何かいつの間にか俺も裸にされているし、若いカップルが裸でベッドでする事なんていったら、それは一つしかないよね?


「ふふ、もう陸翔君、激しすぎだよー♪ やっぱり、元気だよねえ」


「あ、あの……本当に?」


「え? 何を言ってるのかなー?」


 といたずらっぽい笑みで由乃さんは言ってきたが、全く記憶にない。



「う、嘘ですよねっ!? だ、だって……」


 そんな記憶全くないぞ! これは罠だ! そうだよ!


「あ、もう時間になるね。じゃあ、出ようか」


「あの……」


「ほら、着替えて。詳しい話はあとでするから。ね? ちゅっ♡」


 と、混乱していた俺にそうウインクしながら言ったあと、頬にキスをし、由乃さんは着替え始める。


 本当に由乃さんと……いや、これは何かの間違いだって!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る