第41話 今カノとギクシャクし始める

ど、どうしたらいいんだこれ?


 由乃さんの機嫌を損ねてしまったみたいだが、まさかこんな事で怒らせちゃうなんて……。


 無理矢理迫って、怒らせちゃうことはある程度想定していたけど、奈々子みたいな娘が欲しいなんて言われたら、そりゃ嫌に決まってるよ。


「あ、あの……」


「ゴメン。ちょっと、きつく言い過ぎちゃったね。まだそんな事を考えるの早いんだから、今のは忘れよう」


「は、はい」


 由乃さんも少し冷静になったのか、申し訳な顔をしながら、そう言ってくれたので、俺もそれ以上、言うのは止める。



 気まずい空気になってしまったが、由乃さんが俺の事、どう考えているのか、わからなくなってきた。


「やらないの?」


「え? な、何をですか?」


「その……」


 しばらく気まずい沈黙が続き、俺がカップのお茶を一口飲んだところで、由乃さんが俺の手を握り、体を密着させて、そう言ってきた。



「陸翔君だって男の子なんだし、二人きりなんだから、もっと正直になっても、いいよ」


「えっ、えっと……」


 もうそんな気はすっかりなくなっていたので、由乃さんの方から迫ってきた事に困惑してしまったが、由乃さんは頬を膨らませ、


「ほら、こっち向いて。んっ……!」


 予想外の由乃さんの行動に戸惑っている俺に業を煮やしたのか、由乃さんは強引に接吻する。


「ん、んん……! んっ、ちゅ……はあ……ねえ、陸翔君。私の事、好き?」


「ふえ……あ、はい。好きです」


 あまりの激しい口づけに息が詰まりそうになったがが、由乃さんが顔を離すと、俺を潤んだ瞳で見つめながらそう訊いてきたので、素直に答える。



「そう。私も好きよ。だったら、遠慮しなくていいよ。ほら、おっぱい見たいんでしょ?」


「いいっ?」


 頬を赤くしながら、由乃さんはブラウスのボタンを開けて、胸元を曝け出して、俺の手を握って胸に押し付けていく。


 な、何だかいきなり積極的になってきたけど、どうしたんだ?


 まさか酔っている……訳はないよな。飲んでいるのは緑茶なんだから、酒なんか入っているはずはない。



「あ、あの……由乃さん、もしかして、怒っています?」


「怒っている? 別に怒ってはいないよ。それで、どうしたいの? 私としたいのか、したくないのかハッキリしてくれる?」


 明らかに怒っているようにも見えるが、そんな様子を見られたら、ますますビビってやる気がなくなってきてしまう。


「すみません、俺も調子に乗り過ぎましたんで、今日の所は……」


「はあ……別に私も嫌じゃないんだよ。あまりやり過ぎると、私も犯罪になっちゃうから、この辺にしておくけど……」


 半泣きになりながら、由乃さんに謝ると、由乃さんも溜息を付きながらそう言い、脱ぎかけていたブラウスを元に戻す。



 自分が情けなくなってきたよ。


 欲望のままに行動してやると意気込んでいたけど、由乃さんの方からちょっと迫られると、こんなにもビビっちゃうなんて……。


「奈々子はさ……私にとっては可愛い妹だから、陸翔君もあの子とは仲良くしてほしいの。自分をフった相手だから、嫌な気持ちがあるのはわかるけどさ……」


 それはむしろ、俺じゃなくて奈々子に言って欲しいんだけどなあ。


 俺も別に仲直りするのは良いんだけど、あんなにきつく当たってくる相手と仲良くするとか無理ゲーってもんだよ。



「ゴメン、変なムードになっちゃったね。もう、帰るね」


「あ、はい……送りましょうか?」


「大丈夫。また、連絡するから。今度の日曜は奈々子と一緒に出かける約束したから、その次の週末はまた二人で会おうね」


 そう言って、由乃さんは立ち上がり、そそくさと俺の部屋を後にして、帰っていった。


 はあ……由乃さんと付き合ってから、一番気まずい空気になってしまった。


 喧嘩ってわけじゃないんだけど、価値観が俺とは違い過ぎて、彼女とどう付き合えばいいのか、悩んでしまう。


 こういう場合、誰に相談した方がいいんだろうか……うーん、わからない。


 由乃さんが帰ってからも、モヤモヤした気分が収まらず、今週末、彼女とデートがなくてむしろ良かったとすら思えてしまったのであった。



 翌日――


「おい、奈々子。ちょっといい?」


「話しかけないで。耳が汚れる」


「ま、そういうなって。由乃さんの事でさ。ちょーっとだけ話、あるんだ」


 休み時間の時、ちょうど廊下を一人で歩いていた奈々子に声をかける。


 耳が汚れるって、どういう意味やねんと思ってしまったが、もはやこれでもかという嫌われてしまったな。


 ほんの数か月前までは、この奈々子と付き合っていたなんて、もはや信じる事が出来なかった。



「何よ?」


「いや、はは……由乃さんの事で、ちょっとな。由乃さんってさ……俺の事、どう思っているんだろうなって」


 近くの空き教室に、奈々子と一緒に行き、由乃さんの事を聞くと、奈々子はその場で溜息を付き、


「さあね。それを私に聞いて、どうするつもりなの?」


「昨日、ちょっとね。喧嘩って程でもないんだけど」


「へえ。それは良い機会ね。早く別れたら? そうすれば、金輪際、あんたに関わらないって約束してあげる。私って、超優しいわよねえ。人の姉に手を出した、ゴミみたいな元カレをそのくらいで許してあげるって言うんだから」


「…………」


 やっぱり、奈々子に話したのは間違いだったか……とはいえ、今はこいつ以外、由乃さんの事を話せる相手いないんだよなあ。



「由乃さん、昨日の様子はどうだった? 正直に教えてくれ」


「めっちゃ怒っていたって言ったら、別れてくれる?」


「頼むから真面目に答えてくれよ……一応、ラインでフォローはしていたんだけど、家での様子が気になって」


 由乃さんが帰った後、ラインでも謝っておいたが、別に怒ってないみたいな返事しか返って来なかったので、本心がどうなのか気になる。


 もう少し、奈々子との関係が良好なら、その辺のフォローもしてくれたのかもしれないが、今はこいつに殺されるんじゃないかってくらい憎まれているからな。


「ふん、どうせお姉ちゃん怒らせるような事、あんたがしたんでしょ。いい気味じゃない」


「お前みたいな娘が欲しいって、また言ってきたから、嫌だって言ったら、何か怒っちゃってさ……」


「へえ、そんな事で。お姉ちゃん、結構前から、そんな事言っていたからね。私もあんたみたいな父親は真っ平御免だけど」


 前から言っていたのかよ……どんだけ、奈々子の事、好きなんだ。


 妹だから当然なんだろうけど、こんな娘は俺はやっぱり御免だな。



「由乃さん、俺の事、好きなのかなあ……」


「うるさいわね。私に聞くんじゃないわよ。こんな女々しい男がお姉ちゃんの彼氏なんて、本当嫌すぎる……まあ、そんな情けない所を見せたら、すぐに幻滅されるだろうけどね。別れるなら早くしてよね。今度の日曜日、お姉ちゃんと遊びに行くけど、それまでに頼むわよ」


「誰が別れるか!」


 と、俺と由乃さんの仲にヒビが入りかけている様子を奈々子は愉快そうな顔をして見ており、心底不快な気分になってしまった。


 やっぱり、こいつに相談するんじゃなかった……

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