第32話 元カノとの特訓は地獄
「いち、に……いち、に……」
その後も、何度か由乃さんと河川敷で二人三脚の練習を行い、次第に二人の息も合い始めて来た。
これなら体育祭も完璧……と思ったけど、俺が一緒に走るのは由乃さんじゃないんだけど、それでも練習しないよりはマシだろう。
奈々子が真面目にやればの話だけどな。
「はあ、はあ……疲れたね……」
「ですね。この位にしておきましょうか。ありがとうございます、練習に付き合ってもらって」
「ううん。私も良い運動になったよ」
由乃さんもかなりバテてきてしまったようなので、この位で練習を切り上げることにし、また二人でベンチに座って休憩する。
近くのグランドで、少年野球チームが試合をしており、周囲に人も多くなっていた。
「はい、由乃さん」
「どうも。ん……ぷはあ……たまには運動するのも良い物だね。少しは練習になった?」
「もう、バッチリですって。あはは、由乃さんと一緒に出たかったんですけどね」
「それは流石に無理だけど、二人が出るんなら、見には行きたかったかなあ。終わったら、結果教えてね」
平日にやるから、由乃さんは来れないのは残念だけど仕方ないか。
由乃さんが見ていれば、奈々子も俺に変な事をしないと思うけど……まあ、体育祭は生徒や教師がみんな見ているから、大丈夫か。
「今日はこれからどうする?」
「そうですね……ホテルでひと休みしますか」
「んもう、ふざけないの。お昼ご飯食べに行く?」
「そうですね。今日は俺が奢ります!」
「え? ふふ、そう。じゃあ、ご馳走になろうかな」
普段、甘えっぱなしだから、たまには解消のある所を見せないとな。
二人三脚の練習もしっかり出来たし、由乃さんともイチャイチャ出来たしで、最高の日曜日だったわ。
「よーし、今日は明日の体育祭に向けての練習をするぞ」
体育祭前日になり、体育の時間で各自、体育祭の練習をすることになった。
実質自習みたいなもんだけど、今日は奈々子とやらざるを得ないな。
「ほら、奈々子。一緒にやるぞ」
「うん」
憮然とした表情をしながらも、奈々子はそう頷き、二人で二人三脚の練習を始める。
はあ……自分で立候補した事とはいえ、やっぱり憂鬱だな。
「ねえ。この前、お姉ちゃんと二人三脚の練習したんだって」
「まあね。由乃さんにちょっと付き合って貰ったんだ」
「ふーん」
と、無味乾燥といった口調で俺にそう訊ねてきたので、俺も出来る限りぶっきらぼうな態度で応じる。
ほんの数か月前までは考えられないような冷えた関係だな……。
こんなのと一緒に居たくないんだけど、由乃さんに見てやってくれと頼まれている以上、無視も出来ないんだよなあ。
「これでよしと……よし、いくぞ」
二人の足を襷でぎゅっと結び、奈々子と肩を組む。
由乃さんよりは少し身長が低いので、ちょっとやりにくいが……まあ、一番を狙うつもりもないし、適当にやれば良いか。
「いち、に……」
「ああ、もうっ! ちゃんと足出しなさいよっ!」
「出しているだろっ! お前が呼吸を合わせないから……」
「うるさいっ! 男なら、女子に合わせないよね!」
いやいや、お前がちゃんと合図通りに足を出さないから……ああ、もう嫌だ。
奈々子と話すだけで、ストレスが溜まる。
こいつ、俺と顔を合わせるたびに、悪口ばかり言いやがって。
前はこんなんじゃなかったんだ……俺と付き合っていたころはもちろん、その前も顔を合わせれば可愛い笑顔で俺に話しかけて来てくれてさ……。
もはや、その時の奈々子とは別人としか思えなかったし、もしかして今の奈々子は誰かと入れ替わっているのか?
だとすると、しっくりくるんだが……。
「ったく、由乃さんとは大違いだな……」
「お姉ちゃんの名前を出すな」
「は?」
「出すなって言ってるんだよ、聞こえないのかっ!?」
「いてっ! な、何だよっ!?」
思わずそう呟くと、奈々子は俯きながら、鈍く低い怒鳴り声でそう叫び、俺の足を思いっきり踏みつける。
「何だよじゃない……あんたさ……本当にお姉ちゃんのこと、好きで付き合っている?」
「あ? 好きに決まっているだろ。お前なんかより、何百倍も……いや、ゼロにいくら数字をかけてもゼロだからな」
俺の奈々子の現在の好感度はゼロどころかマイナスなので、こいつを基準にする事自体間違いだ。
「嘘ね。陸翔、お姉ちゃんの事、エロイ目でしか見てない」
「しかとは失礼な女だな。そういう目でも見ているけど、それ以上に……」
「嘘を付くな。何かにつけて体をベタベタ障りやがって……お姉ちゃんが甘い顔をしているのを良い事に調子に乗ってるじゃない。こんな男に言い寄られた上に、体も汚されて……ああ、ムカつく。誰かあんた殺してくれないかな」
「…………」
まるで、俺を眼力で殺してやるとばかりの殺気立った視線で、俺にそう呟いてきたが、もしかして、この前の由乃さんとの特訓の様子をこいつ見ていたのか?
だったら、覗きは趣味が悪いとしか言いようがないな……てか、やっぱり奈々子ってシスコンなんだな。
お姉ちゃんの事が心配なのはわかるけど、そもそもこうなったのはお前の責任って事、わかっている?
「前から思っていたんだけど、お前は大事なことを忘れているな。俺達、付き合っていたけど、別れようって言ったのは誰だ?」
「それが何? 陸翔が飽きたから別れた。それだけなんだけど。そう言えば、何やっても許されると思ってるの?」
あっさり言いやがって……まあ、良いよ。
別れた直後だったら、こいつをぶん殴っていたかもしれないけど、今は何を言われようが何ともない。
俺には由乃さんと言う最高の彼女が居るんだからな。
お姉ちゃんを取られて悔しいのかもしれないが、こいつが何を言おうが、負け犬の遠吠えでしかないね。
「そんな事、今はどうでもいいけどよ。今、体育祭の練習してるんだから、もっと真面目にやろうぜ。優勝したいんだろ」
「体育祭なんかどうでもいいのよ。この、このっ!」
「いてえってっ! いちいち、足を踏むなっ! 由乃さんに言いつけるぞ!」
「言えば? あんたが何を言おうが、お姉ちゃんは私の味方だし。陸翔みたいなクズ男、その内に飽きるに決まっているけど、その間に既成事実でも作られちゃ堪らないから、あんたに触れて欲しくないの。わかる?」
こ、こいつ……開き直っていやがる。
というか、由乃さんはどんだけ奈々子に甘いんだ?
彼女はお前の事を心配しているっていうのに、その気持ち、わかっていないのか?
「あー、あんたなんかと肩を組まれると、体が腐るわ」
「おい、何処に行くんだよ?」
「保健室」
「あ? おい、まだ授業終わってねえだろ……」
パチンっ!
足を結んでいたヒモを勝手に解いて、俺の前から去ろうとする奈々子の肩を掴んで引き留めようとすると、ぱちんと振り払われる。
「どうせ、今日は自習だしいいのよ」
そう言って、奈々子は俺の元から足早に校舎に入ってしまい、俺が一人残されていった。
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